あおいうた−第一章 緑と青 第05話
階下の風呂場から鼻歌が聞こえる。
このマンションは壁が厚くとなりの声など聞こえないが、さすがに自室のバスルームからの声くらいは聞こえて来る。
歌、と思うと昼休みの蒼一の歌を連想してしまう。
歌詞が分からないので鼻歌くらいは再現できるかと思ったがうまくいかない。
何度もトライし続けていると。
「何してるの?」
怪訝そうな美澄。いつの間にかバスルームからでて、バスタオル一枚巻いた姿でロフトを上がってきていた。
「一応、『オールグリーン・オールブルー』……のつもりなんやけど」
「どっかで聞いた曲名ね」
「ああ、今日の昼休み。偶然蒼一先輩に会ったんやけど」
「そっか、よく『姫』が歌ってたやつね」
「美澄先輩も聞いた事あるんですか?」
「聞いた事があるも何も。『彼氏』に振られた直後はどこでも歌ってたわよ。リスカもあの時が一番酷かったなぁ」
そう、蒼一先輩の『姫』のあだ名は苗字と、中学当時に社会人の男性と付き合っていた事から……、ってあれ?
「美澄先輩?」
「なに?」
「蒼一先輩って、振られたからリストカットし始めたんじゃなかったでしたっけ?」
「蒼一先輩?」
ピクンと美澄の眉が一瞬跳ね上がるが続ける。
「リスカが酷くなったのは確かに『彼氏』に振られてからだけど、もともとリスカ癖持ちよ、『姫』は」
「なんでまた」
「カテイノジジョーって奴かな。『姫』がイギリス人とのハーフだって知ってた?」
言われて首を振る。そんな事一言も聞いてないし、第一黒髪黒目と典型的な日本人の特徴があったので、そんな事は露ほども思っていなかった。
「『姫』は高校に上がってからはカラーコンタクトしてるって話だけど、本当は目が青いのよ。父親がイギリス人だって話だけど、母親を捨てて国に帰ったらしいわ。で、ショックでまだ子供だった彼はネグレクトにあったとか」
「ネグレクトって……たしか育児放棄の事?」
「そ。で、一度死にかけたところを保護されたけど、この手の話には良くある親戚のたらいまわし状態。リスカもその頃からみたい。
で、もてあました親族が、寮のある色彩付属に押し付けた訳。
一応、『姫』の実家は名家で学校に多額の寄付もしてるから、追い出すわけにもいかないらしいわよ」
「えらい、詳しく知ってはるなぁ、美澄先輩」
「まぁ、それだけ色々と問題起こしたって事よ。まあ、それより」
美澄は勢いをつけて、良縁をベッドに押し倒した。美澄は体格が小柄なため、ただ押すだけじゃ良縁を押し倒せないのだ。
勢いで、バスタオルがはだける。当然、その下は一糸纏わぬ裸身。
「すぐ前に彼女がいるのに、男の話なんていい度胸じゃない。良縁クン?」
美澄はベッドに倒れた良縁に馬乗りになる。
良縁からは下から双球が丸見えだ。小柄な彼女だが、そのスタイルは健康な男子なら誰もが目を吸い寄せられるだろう。
「美澄先輩。肉食系すぎません?」
「良縁クンが草食系すぎるのよ。ここまでしないと手を出さないなんて、あなたが始めてよ」
美澄にとって、良縁が初めての男ではない事は知っていたし、むしろ年齢に吊り合わないくらいの男性遍歴の持ち主である事も真治から聞いていた。
告白……というか、交際を持ちかけたのも美澄からである。
ただ、付き合ったのは常に一人ずつであり、付き合っている時には相手に本気であった。
それは美澄自身から聞いており、良縁もそれを疑った事はなかった。
「じゃぁ、好きに食べて下さいませ」
良縁はもろ手を挙げた。
「そうするわ」
喜色を浮べて、美澄は良縁のバスローブを脱がしにかかった。
翌朝。良縁が目を覚ますと美澄の姿はすでになかった。
学校に向かって、途中の喫茶店でモーニングでも食べているのだろう。
良縁はため息をついた。
「せめて、週末に来るとかしてくれたらええのに」
言っても仕方がない。
とりあえず、顔を洗うためにロフト下のリビングに降りて洗面所に向かう。
そして、それに気付いた。
「美澄先輩……やめていうたのに」
首筋にアザのようなもの。というか、キスマークはアザそのものなのだが。
彼女は毎回のように痕をつけていく。
曰く、自分の所有物のようで気分がいいそうだ。
ただ、所有物の立場からすると、クラスメイト達にばれると色々と面倒なので隠すしかない。
幸い、今は冬服。ワイシャツの襟でなんとか隠れるだろう。
良縁は疲れたようなため息をもらした。
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