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あおいうた−第一章 緑と青 第06話






「よう、良縁」
「おう、真治。おはようさん」

 登校途中、学校近くの緩い坂道で声をかけられる。
 だいたい先に見つけるのは真治だ。
 まぁ、人一倍背が高いので当たり前と言えば当たり前なのだが。

「なにか、あったのか?」
「?! なにかってなにがっ」

 こいつ、心が読めるのか?!

 ビクッと身体を震わせる良縁に、真治はサッと手を伸ばしてワイシャツの襟を下げる。
 はたして、その下には見事なキスマークが見えていた。

「昨日、鶴沢先輩が泊まったのか」
「な、なんで分かったんや」

 ワイシャツの襟を正しながら良縁はたずねる。

「無理に隠そうとするから余計に目立つんだよ。もっと堂々としていろよ、そんな背筋丸めた状態じゃなくて」
「無理でもかくさんと後がこわいんやけど」
「幸福税だと思って割り切れ」
「俺は清い男女交際を求めてんやけど」
「あきらめろ。というか普通は逆だろ。鶴沢先輩は積極過ぎだけど、お前は消極過ぎ」
「仕方ないやろ。俺、美澄先輩以外と付き合った事ないんやから」
「中学の時はどうだったんだ? お前、もてそうなタイプだと思うけどな」
「知らん。男子とばかりつるんでたから」
「なるほど」

 坂を上がりきるとすぐ校門が見える。
 校庭に入ると二年校舎を見る。そこには蒼一がいた。
 思わず軽く手を振った。
 すぐに姿が消えてしまったが。

「なにやってんだ」
「いや、何ってあいさつ」
「『姫』に?」
「あ、話してなかったっけ。昨日偶然、蒼一先輩に会ったんだ」

 不審げな視線に、良縁は慌てて弁解するように言う。

「もしかして昨日の昼休みか?」
「ああ、おかげで午後の授業、腹すいて仕方なかったわ」
「まぁ、なんでもいいけど」

 真治も、もう誰も見えない二年校舎を見て。

「あんまり、深入りするなよ」
「……なんで?」
「取り込まれるぞ」
「そんな、妖怪みたいな」
「伊達に『姫』なんてあだ名がついてる訳じゃないんだ。お前はただでさえ、やっかい事に耐性ないんだから」
「……普通の人に見えたけどなぁ」

 ブツブツ呟く良縁を見て真治は言った。

「たぶん、普通の人だったんだよ。ただ周りの環境と人が悪かっただけでさ」





 昼休み。床に座って壁を背にし、いつもの通り音楽室で『オールグリーン・オールブルー』を歌っていた。
 手には一枚のCDケース。ブラウン・マカリスターのCDを焼いたものだ。
 自分でもなぜ昨日あんな事を言ったのか分からない。
 別にCDを欲しがっていた様子じゃなかったは明らかだったのに。
 あれで終わりの関係にしたくなかったから?
 自分の事なのに疑問は尽きない。
 ただ、『オールグリーン・オールブルー』の世界。人類が滅びた世界。蒼一にとっての理想の世界。そこには間違いなく彼がいる。
 そっと音楽室の戸が開く。
 彼が来た。
 歌を止めようと思ったが、どうやら止めないよう気を使っているようだ。大きな身体を縮めて、なるべく音を立てないように戸を閉めている。
 気遣いに答えて、蒼一は最後まで歌いきる事にした。
 歌い終わると良縁が拍手をする。
 そんな反応は初めてだった気がする。悪い気はしない。
 微かに口角を上げながら。

「はい。これが焼いたCD−R」
「あ、すんません」

 CDを持った手を伸ばすと、彼は受け取ろうとして、覆いかぶさるかのように上半身を下げる。

 ん? あれは……。

 特に深くは考えていなかったが、良縁のワイシャツの襟に指を引っ掛けて少しずらす。

「あ、ちょっと。なにすんですかっ!」

 良縁は首筋を押さえて真っ赤になって下がる。

「ふうん。意外だったな。君だったら、例え付き合ってる相手がいても、手をつなぐのがやっとって感じだと思ったけど」
「……なんで、みんなそんな印象なんですか? 俺」

 がっくりと肩を落とす良縁。

「ちなみに相手はこの学校の生徒かい?」
「美澄せん――じゃない。鶴沢先輩です」
「ああ、彼女か。なるほど、取って食われたわけだ」
「なんで、そんな表現になるんですか? ……まぁ、間違ってもいない気がしますけども」

 肩を落としたままの良縁。
 鶴沢美澄の事は蒼一も知っていた。自分ほどではないにしても、そこそこに名前が知られている。主に男がらみで。

「まぁ、君は食いでがありそうだから、そうそう別れ話もでないだろうね。あれで付き合ってる時は一途らしいから」
「それは疑ってないですけど、表現が……」
「好きになったら身体まで欲しくなるのは当たり前だろう? 恥ずかしがる事ないじゃないか」

 蒼一はゆっくり立ち上がった。
 そして、少し距離が出来ていた良縁に近づく。

「……蒼一先輩?」

 まだ乱れたままの襟から見えるキスマーク。
 蒼一の心臓が一瞬高鳴った。
 キスマークのすぐ隣に口付ける。
 彼が凍りついたのが分かった。そうするのが自然かのように、彼の首に手を回していた。
「ちょ、ちょっとっ。蒼一先輩?!」

 いったいどれくらい時間がたっただろう。
 彼が僕を引き離す。

「本当に。鶴沢さんが気に入るのも分かる。スキだらけなんだな」

 なるべく感情が表にでないように笑う。
 本当は心臓が早鐘を打っている。それを彼に気付かれたくなかった。

「し、失礼しますっ」

 首を押さえたまま真っ赤になったまま、良縁が音楽室を出て行く。
 そして、蒼一はまた床に座りこんだ。

 何をやっているんだ? 僕は。
 彼はあの人じゃないのに。






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