あおいうた−第一章 緑と青 第13話
悲鳴?!
公園の入り口。だが、石壁に邪魔されて良く見えない。
先程の悲鳴は蒼一のものでも美澄のものでもない。聞き覚えのない男性の声。
すぐに飛び込みたいところだったが、もし無関係な喧嘩だったら巻き込まれて時間を潰されたくない。
俺は正義の味方やない。ただ、好きな人を守りたいだけや。
良縁は携帯を取り出し、蒼一にコールする。
そして、同時に着メロが耳に届いた。
『オールグリーン・オールブルー』!!
迷いなく公園の中に飛び込んだ。
そして、そこでみたものは蒼白な顔をしている美澄、鮮血にブルゾンを汚した蒼一、そしてその血の主と思われる赤く濡れたズボンを押さえて涙目でうめく男。そして、それを取り囲んでいる仲間と思しき者達。
「バカヤロウッ。だから言ったろうが。こいつはバケモノを心に飼っているって!
こいつはなっ、自分は勿論、他人だって同じように平気で切れるんだよっ! 刺せるんだよ!! 俺らみたいなハッタリの道具じゃねぇんだよ、あれはっ!!」
リーダー格らしい男が言うように、蒼一の手には血の付いたバタフライナイフがある。
だが、良縁には関係ない。
蒼一がなんであろうと、良縁は蒼一を守る為にここに来たのだから。
「良縁……」
美澄が呻くように名を呼んだが、あえて目をそらした。
どんな理由があろうとも。
どんな事情があろうとも。
かつて恋人だったとしても。
許せなかった。
もうそこまで蒼一に心を奪われていた。そして、美澄から心が離れていた。
良縁は蒼一を背で庇うように前に出る。
「良縁……良縁あたしね」
「やめて下さい、美澄先輩」
懇願の声が、釘となって心臓を打ち付ける。
それでも。それでも、鬼になろうとヒトデナシになろうと。言わなければいけない。
「俺は蒼一先輩が好きです」
その言葉を聞いて蒼一が目を見開いていたのに気付かなかった。
「筋の通らん事言うてるのは分かってます。美澄先輩とキチンと別れもせんと。それでも俺、この人が好きなんです。どうにもならへんのです」
「良縁……」
そして、美澄以外の男達を見た。リーダー格以外はナイフを手にしている。
「蒼一先輩に手をだすんやったら、俺が相手する。償いにしばかれてやるなんてやらへんからな。そんなんただの自己満足やからな」
「……そうだな、とっとといけよ。誰かに警察呼ばれてややこしくなる前にな」
「ちょっとっ! 力也?!」
悲鳴のような美澄
だが、それが聞こえないように男は言う。
「とっとと行っちまえ。そいつは、そしてそいつを好きだというお前は、いるだけで人を傷つける、そんな存在になっちまった。だから、お前に出来るのはさっさと去る事だけだ」
良縁は自分が着ていたブルゾンを蒼一に被せる。返り血を隠すためだ。
「行きましょう、蒼一先輩」
「……ああ」
良縁は一瞬だけ美澄を見た。
すがるような目に背を向けて蒼一と共に歩き出した。
「……君は僕が怖くないのか」
良縁の部屋でインスタントのホットコーヒーを渡された時、蒼一がポツリと聞いた。
手にしていたバタフライナイフはとっくにしまわれている。
「何が怖いんですか? 俺が知ってる蒼一先輩はきれいな歌を歌う人です」
「金石が言っていただろう。僕は心の中にバケモノを飼っている。その通りだ。自分が嫌いだった。他人も、世界も憎んで呪ってたんだ」
たぶん、蒼一自身も気付いているだろう。過去形の言葉。
「俺は、あなたの過去を知りません。どれだけ傷ついてきたのかも。今の海姫蒼一という人しか知りません。それじゃ、あきまへんか」
良縁の携帯が鳴った。ディスプレイの名前は美澄。
一瞬の躊躇。しかし、蒼一の青い目と視線があった瞬間、その通話ボタンを押していた。
「出てくれないかと心配だった」
「美澄先輩……」
「ねぇ、知ってる。私、振った事はあっても振られた事ってないんだよ」
「よく知ってます」
「だから、私を振るなんて許さない」
「………………」
「振るのはいつだって私からなんだから」
「美澄先輩」
「バイバイ、良縁君」
それだけ言って美澄は通話をオフにした。
そして、しゃくり上げる。
大通りの真ん中。通行人の誰もが振り返る。
気にしない。
いつだって本気だった。嘘の好きなんてなかった。
ただ今回だけ、好きが終わるのが相手の方が早かっただけだ。
ただそれだけ。
良縁が携帯を切った。
「彼女はなんて?」
ティーカップをカウンターテーブルに置きながら聞くと、良縁は節目がちに。
「振られました」
「そうか……」
「で、まだ聞いてません。蒼一先輩の気持ちを」
「蒼一でいい……」
体をカウンターテーブルに乗り上げ、両手をその向こう側にいた良縁の首に回す。
「僕にとって『オールグリーン・オールブルー』は呪いの歌だった。自分も他人も滅びた世界を想像しながら歌っていた。でも、いつからか、その世界にキミがいた。そして、キミが僕を呼びかけていた。何故かなんて知らない。でも、僕は良縁、キミを欲してる」
陶器の割れる音がした。蒼一の体に押されてカウンターテーブルのティーカップが落ちたのだ。
だが、二人とも気にしなかった。
「蒼一せ――」
蒼一は良縁の唇を指で押さえた。
「蒼一だ。良縁」
そして、そのまま彼の唇に口付けた。
第一章 完
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