あおいうた 交わる色






 あ、むせた。
 質問が唐突過ぎたのか、わが友人たる良縁は口の中のうどんと格闘している。

「し、真治。いきなり、なんちゅーこと聞くねん」

 やっぱり突然すぎたか。
 でも、これでいきなりじゃなくなったな。

「で? 『姫』とはもうヤったのか?」

『姫』といっても、某桃姫のようなゲームの話ではない。
 というか、そもそも女性ではない。
 一学年上の二年生。その名も海姫蒼一のあだ名だ。
 色々あって、友人のコイツ。陸谷良縁と付き合っている……はずなのだが。

「友人として。同姓として。年頃の男の子として非常に関心が高いんだが」
「真治……友人だからって言える事と言えない事くらいあるやろ。というか昼飯時に言う事か」

 ごまかすように良縁はテーブルに所せましと並んだ皿を、片っ端から片付けていく。
 でかい体格に比例するかのように良縁はよく食べる。
 学食ではあまりにも注文するものが多いので、指定席が出来ている。
 皿の量を見た上で、スペースの取り過ぎなどと文句を言う剛の者は今の所いない。
 しかも、その上で完食のスピードは人並みだというのだから恐れ入るしかない。
 だからこそ、その恋も規格外だったのかもしれない。

「まぁ、まだ早かったか。……で、結局はどこまでいってんだ」
「お前、人の話聞いてへんやろっ!」





 はぁ、心が落ち着く。それにしても真治の奴め。

 昼休みの音楽室。いつものように蒼一の歌を聞きに来た。
 いちいち合図などしなくとも蒼一は歌いだす。二人に言葉はいらないかのように。

 何がもうヤったか? じゃ。そんな不埒な事は――。

 蒼一は歌に没頭している。時には目を閉じて、時には両手を開き、身振り手振りが自然と入る。

 首ほっそいなぁ。いや、俺みたいなのと比べたらあかんのやろうけど。身体とかも全然、俺と違うんやろうなぁ……。

 慌てて首を振る。

 ちょ、待て俺。今、何考えた。

 蒼一を想像した裸体が頭から離れなくなってしまった。
 そして、いつの間にか歌が止んでいた事にも気付かなかった。

「良縁? どうかしたのか?」

 まっすぐに覗き込んでくる。

「だ、大丈夫です。なんでもありませんからっ」
「ああ、それならいいんだが……」

 だが、良縁自身が傍目に大丈夫に見えない事を自覚していないのは非常に問題だった。





 その日の夜。蒼一は寝付けなかった。
 より正確に言うならば、ここ数日ろくに眠れていなかった。
 原因は分かったいた。
 もう忘れたと思っていた他人の体温の心地よさを思い出してしまったから。
 一度、失って二度と戻らないと思っていたもの。
 寝付けぬため息がいつの間にか、熱くねっとりとしたものになっていく。
 だが、いくら自分を慰めても達しない。
 誰かを求めての身体の火照りを知ってしまっているため、もう自分だけでおさめる事が出来なくなっていた。

 気がクルイそうダ。

 心の中のバケモノは欲望の出口を求めて荒れ狂う。
 蒼一は心を決めて、寝巻きの上着のボタンを外し始めた。





 丁度寝入りばなだったところに携帯が鳴っていた。

 こんな時間に誰だ?

 携帯のディスプレイで相手を確認すると蒼一となっていた。
 慌てて通話ボタンを押す。

「もしもしっ」
「ああ、良縁。悪いけど開けてくれないか?」
「……開けて?」

 一瞬理解出来なかったが、すぐに玄関に駆けつけてドアロックを外す。
 果たしてそこに蒼一がいた。
 カラーコンタクトをしていないその青い目はどこか思いつめているように見える。

「蒼一先輩っ、とりあえず中に入って。身体が冷え切ってるじゃないですかっ」

 良縁は慌ててエアコンのスイッチを入れる。
 そして、ロフトの上のベッドまで抱えるように連れて行く。
 ベッドから毛布を引き抜いて惣一にかけようとするが、その前に蒼一がベッドに倒れ込む。

「キミの匂いがするな」

 下から青の瞳で見上げられながらそういわれると、背筋に冷水でも浴びたかのような感覚がした。

「蒼一先輩?」
「……いつまで待たせる気だ?」
「え?」

 ベッドの蒼一の様子を伺おうと前かがみになっていたところを、蒼一に手を引かれベッドに引き込まれる。
 抵抗しようにも、熱く絡みつく蒼一の吐息が肌にふれ、まるで強い酒でも一気にあおったような眩暈がした。

「お前が悪いんだからな。僕だって男だ。身近に相手がいるのに……いつまでも抑えられないんだっ」

 そう言って蒼一は良縁が寝巻き代わりにしていたジャージのズボンを下着ごとずらす。
 その下にあるものはすでに起立していた。
 良縁は真っ赤になって狼狽したが蒼一はそれにかまわず、舌をそれに這わしていく。
 裏筋からくびれ、鈴口、一度、口を離すと舌から糸を引いていた。それがあまりに蠱惑的でますます良縁は自分のものが固くなるのを感じた。

「蒼一先輩って――」
「蒼一。せめて二人だけの時くらいはそう呼んでくれ」
「蒼一って、結構肉食系?」
「……誰かさんが火を入れて放っておかれたおかげでね」
「火を入れたってそんな」

 それなら良縁の身体の奥底から湧き上がるような、この熱さは誰のせい?
 蒼一は再び良縁の股間に顔をうずめた。今度は良縁のものを口に含んでいる。

「そ、そういち……」

 呻き声が漏れる。息が熱い。身体が燃えそうだ。
 耐え切れずに、蒼一を引き離す。
 一瞬、不服そうな顔をする蒼一だったが、次の瞬間良縁にのしかかられて挑発的に笑った。
「やっと、その気になったか」
「俺……その、初めてなんで。蒼一の事傷つけるかも」
「いいよ。自分を傷つけるよりもお前に傷つけられたい」

 蒼一のセーターの下に来ていたワイシャツのボタンを外していく。そしてその下のインナーシャツもセーターと一緒にたくし上げる。
 華奢な上半身が露になる。
 良縁が掌を這わすと、その都度かすれた声が上がる。胸の固く尖った部分を舌で転がし吸い上げる。
 首に回された蒼一の腕に力がこもる。
 だが、その腕をすり抜け、舌は蒼一の中央を下っていく。へそを通りさらに下へと。
 ベルトを外し、ズボンと下着を一気に脱がす。
 さすがに恥ずかしかったのか、蒼一が腕で顔を隠す。が、良縁の手が蒼一のものに触れると身体をのけぞらし、腕はベッドのシーツをギュッと握る。
 上気した頬、動物のように少し舌をだしつつ浅い呼吸を繰り返し、その青の瞳は快楽に酔っていた。
 もっともっと、と言葉にされなくても伝わってくる。

「蒼一、うつぶせになって」
「こ、こうか?」

 蒼一の背に舌を這わす。汗ばんでいるせいかしょっぱい味がする。低く呻くのを聞きながら、手は彼の後ろに届いた。
 蒼一が息を飲むのが伝わる。
 本当は優しく扱いたかった。だが、良縁のものは昂ぶりすぎて始めてしまえば、自分でも止められないのが分かっていた。そして、いまさら引き返せない事も。

「蒼一、ごめん」
「ばか、謝る――」

 最後まで言わせず、良縁のものが蒼一を貫いた。
 苦しそうな吐息が聞こえるが、それすら良縁を炊き付ける燃料となった。

「あっ。やっめっ」

 せめてと思い、狂ったように腰を叩き付けながら蒼一のものに触れる。
 蒼一の苦しそうだった吐息が甘いものになっていく。
 そして、それは良縁のものが弾けるまで続いた。





 真治は口にほおばっていたとんかつを思わず吐き出しそうになった。

 ええい、学食じゃ高額なものを無駄に出来るかっ。

 意地で飲み干した。
 そもそもの原因となったのは良縁の『報告』である。
 昼食を食べてる最中に。

「ヤったぞ」

 などと言われればリバースしかかるのも無理はない。

「え、えーと。良縁君? いったい何の事をいってるのかな?」

 しかし、良縁は報告義務が終わったとばかりに、声を無視してもくもくと大量の皿を平らげていった。






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