四分割の魔女−第二章  −設計の魔女−






 フェンは反射的に飛び下がった。唇が触れた額に無意識に手を当てる。
 疑問が脳裏を飛び交う。

 設計の魔女? 魔女ってウィザードって事か? 一体こいつは何を言っている? それにこいつ、オレの名前を知ってやがる。

 フェンの様子を見てフィーアと名乗った彼女は、何かを納得したように頷いた。

「所長? 私の事は――」
「わ、私は何も見ていない。何も聞いていない。それが私の出来る精一杯の譲歩だ」

 所長は身体全体を震わせて目を伏せた。
 彼女は仕方ないとでも言う風にため息をついた。

「承知しました。ただ、ここから先へ進む事は、この第二収容所の所長であるあなたの義務よね?」
「分かっている。私は私の義務を果たす」

 そう言うと、所長は残った二人にかまわず歩きだした。
 残った二人、フェンとフィーアは足を止めたまま向き合っていたが、彼女は薄く微笑んだ。あの岩だなに座っていた時のように。

「まずお詫びするわ。まだ何も説明を受けてないのね。私の思慮が足りなかったみたい。ごめんなさい。でも、今はついて来て。説明は私と直接会ってからするから」

 フィーアの言葉にフェンは眉を潜める。

 私と直接会ってから? まるでここに自分はいないような言い方じゃないか。

 だが、疑問を口にする前にフィーアが通路の奥に向けて歩きだす。
 自分一人立ち止まっていても仕方ないのでフェンも歩きだす。だが、広いはずの通路がなぜか、踵を返す事すら拒む細道のように思えた。





 先を行く二人とやや距離を取り歩くフェン。
 前の二人はフェンが付いて来ているのを確信しているのか振り向きもしない。

 いや、いまさら逃げようがないけどさ。

 恐らくここのポータルは所長権限でしか動かないだろう。そして、それ以前に縛としたものが身体を先へと引き寄せるのを感じる。護送屋としての危機回避の警告に反して。
 フィーア達とフェンとの距離は、ある意味彼の心の葛藤をあらわしていた。
 やがて、通路の終わりと思わしきものが見えて来た。特徴的な青白い光、マナ光。

 マナクラフトがあるのか? しかもあの様子じゃかなりの大型。まさか、ゴーレムでもあるんじゃないだろうな?

 ゴーレムとは魔法文明時代に造られた兵器級マナクラフトの事だ。人型を模して造られたが、その大きさは人間の数倍。中には十数倍のものもあったという。全身が金属で出来ており、通常の武器では傷一つ付ける事すら困難であろう。
 政府のマナクラフター達が再現を試みていると聞くが成功の噂一つ聞かない。また、すでにマナを使い果たしたゴーレムが発掘された例もあるが、起動に成功したとは聞いていない。通常のマナクラフトとはマナ回路が桁違いに複雑らしいのだ。
 フェンの目が無意識に厳しいものになった。
 実はフェンは知っている。稼動しているゴーレムが存在している事を。その事が護送屋になった理由の一端を担っている。
 前を行っていた二人の足が止まっている。通路の先は開けた空間になっているらしい。
 フェンにも、マナ光を放つもの、その正体が見えて来たが、あまりの事に言葉が出ない。程なく、二人の横に並ぶと全貌が見えるが、それの存在を二人に尋ねる事すら思いつかなかった。
 そこは半球状の部屋だった。そして、床、空間のいたるところにマナ光が走り、それは鎖、あるいは檻を連想させた。
 一見マナ光は線状に見えるが、良く見るとそれは文字の羅列である事が分かる。
 ミスティックコード。規模の大きなマナクラフトの操作や調整を行うと発露するのが見られるものだ。だが、それは炎が上げる煙のように、マナクラフトを扱う際の副産物的なもので、本来は何の効果もないはずであった。
 しかし、この部屋のそれはフェンにある言葉を思い起こさせた。

「魔法陣……なのか?」

 それは魔法文明崩壊によって失われた技術。マナクラフト、マナ回路を経由せずに、直接マナを利用する術。魔法と呼ばれしモノ。
 そして、魔法陣の中央に立つ人物。それをフェンは知っていた。いや、それ以前の問題だ。
 魔法陣の内にいる人物は、フェンの隣にいた。
 フィーアと名乗った彼女の背格好、ローブ、髪、顔。全てが同じであり、違いと言えば魔法陣の内にいるほうは目を閉じて、意識がないように感じた。
 そして、フェンの隣にいるほうが、フェンに薄く微笑みかける。

「じゃぁ、こっちは消えるから、後は向こうの私から話を聞いてね」

 その言葉通り、彼女の姿が消えた。まるであの岩だなの時のように。
 それはまるで幻や映像。しかし、フェンは確かに気配を感じたし、なにより額に口付けたあの感触は本物だった。
 フェンの混乱に拍車をかけるように、異変が起き始める。
 マナ光が明滅を始め、部屋を縦横無尽の如く駆け巡っていたミスティックコードが次々に崩壊、消滅していく。

「所長。何が起こっているんです? いいかげん少しくらいは教えてくれてもいいでしょう?」

 所長はか細く搾り出すように一言だけ口にした。

「解き放たれるのだ。伝説の稀代の魔女が」
「……もしかして、第三隔離エリアってのは稀代の魔女の封印そのもの?」

 所長は言葉無く頷く。そして、いい訳するがごとく、フェンを見ないようにして付け加える。

「仕方ない。仕方のない事なのだ。全てを知ってしまった以上、彼女に賭けるしか道はない」

 どういう意味ですか? と問いかけるより先に声がかかった。

「お待たせ」

 全てのミスティックコードが消え、マナ光の残滓が辛うじて残る中、中央にいた彼女が目を開き、こちらに歩いて来る。それは間違いなく先ほどまで隣にいた彼女だった。
 しかし、何か違和感がある。そして、それはまったく逆である事に気付く。

 圏が読める!

 消えたほうはまるで霞が如くだったが、こちらに歩いて来る方はフェンの圏も、相手の圏も把握出来た。ただ、奇妙なのはその女性の圏が皆無――とまではいかないまでも恐ろしく狭い事だ。

 なんなんだ、こいつ?

 警戒も何もなく、フェンの目の前で彼女は足を止めた。

「所長にはこれ以上、問いかけないであげて。追い詰めるだけだから」
「追い詰める?」

 フェンから視線をそらす所長の様子は、確かに何かに怯えているようだ。それこそ、罪を犯した囚人を連想させる。

「では、改めて自己紹介。一応、初めましてと言っておこうかしら、フェン。
 私はかつて稀代の魔女と呼ばれた者が一つ。設計の魔女、フィーア。
 たぶん、長い旅になるとは思うけど、よろしくお願いね」

 旅? 何の事だ?

 その問いかけよりも早く、彼女はフェンの額に口付けた。





 第二収容所を出たところで、フェンは傾きつつある太陽を見て、ため息をついた。
 本来ならば、今夜は第二収容所に泊まるつもりでいたのだが、フィーアが所内をうろつく事を、所長が難色を示したのだ。

 まぁ、それは分からなくもないけどよ。

 ウェーブキャンセラーの件もそうだが、いくつか第二収容所内でやって起きたい事があったのだ。特にフェン個人が契約している情報屋からの情報は、鮮度が落ちるほど価値を失っていく。
 食料、水、消耗品、そしてマナクラフトのマナも補給したかった。

「何も追い出す事ないだろうに。こっちだって予定たてて行動しているってのに」

 ため息と共に額を押さえる。
 そこへ、そうなった元凶から声がかかる。

「ねぇ、フェン」

 呼びかけにあえて無視で応じた。そもそもこの女のせいでこうなったのだ。

「ねぇ、もしもし。私の声、聞こえている?」
「聞こえない」
「……聞こえているじゃないの、フェン」
「ったく、あーもー」

 フェンは諦めて、フィーアの方を向いた。彼女はいかにも不満です、と顔に書いてあるが如くの顔つきだった。

「フェン? これから旅の連れになる相手にちょっと冷たくない? それにこれからの行き先もまだ聞いてないでしょ?」
「その前に問いたいんだけどな」
「ん? なに?」
「オレはあんたの依頼を受けた覚えはないはずだが?」
「はい?」

 何言っているの? とでも言いたげに首を傾げるフィーアだが、それはこちらの台詞だというのがフェンの思いだ。

「あんたが本当に稀代の魔女かどうかは知らない。そして、どうでもいい。問題は依頼を受けるか否かは俺の意思だということだ。依頼の報酬とリスクを天秤にかけて吊り合うか否かで判断した上で、だ。
 それ以前の問題として、オレは護送屋だ。運ぶのは囚人であって、あんたは囚人ではない。そうだろ」
「融通きかないわね。別に護送屋だからって、囚人以外を運んじゃいけないってルールはないでしょ。
 それにフェンが革命軍政府から公認もらっているのは護送屋だけじゃないでしょ?」
「なんで知ってんだよ……」

 ため息をついた。普段なら追及するところだが、今は余計に深みハマる気がしたからだ。

 フィーアが腰に手を当てて、フェンを真似るようにため息をつく。

「意地張っていたって、結局フェンは引き受ける事になるんだし」
「なんでそうなるんだ?」
「あなたが言ったじゃない。報酬とリスクを天秤にかけるって。すでにリスクは天秤の片側に乗っているわよ」

 聞き捨てならない言葉だった。リスク管理は護送屋としての基本だ。

「どういう意味だ?」
「そのまま。より正確に言うならリスクじゃなくリミットかしら。放っておけば、確実となる不利益」
「だから、なんなんだよ。その、リスクだかリミットってのは」

 フィーアの顔が急に影が差した。

「世界の破滅」
「……は?」
「世界は滅ぶの。そう遠くない未来に。もって後、数年」
「おい、ふざけ――」

 さすがに風呂敷の広げすぎが癪にさわって怒鳴ろうとしたが、フィーアが醸し出す言い知れぬ圧力に口を閉ざさせる。年齢こそ上だろうが、護送屋として数々の修羅場をくぐってきたフェンを、である。

「世界の破滅。それはすなわち世界に住む全ての存在の破滅。フェン、勿論あなたも例外ではない」

 気圧された事に意地になってフェンが言い返す。

「世界の破滅? だからどうした。それが本当か嘘か、オレが知る術はないが、仮に本当だとしてオレにどうしろと? 世界を救う英雄になれとでも?」

 フィーアは手を合わせ顔を明るくした。

「その通りよ」
「……はぁ?」
「ま、英雄ってのは言いすぎだけど。あなたにお願いしたいのは世界を救う術を持つモノを護送して欲しいの。
 すなわち、私達を」
「私……達?」
「私は設計の魔女、フィーア。あなたが最初に出会った稀代の魔女が一にして、次の魔女が封じられし場所を指し示す。
 そして、全ての魔女を揃え、稀代の魔女を再現し、旅の終の場へ誘うコンパス。
 どう? 少しは話を聞いてくれる気になった」

 無駄に壮大なスケールの話になっている気がする。が、否定する材料がない。
 そこらのヨッパライが言っているならいざしらず、彼女はあの魔法陣に封じられていた存在だ。

 リスク……か。

 第二収容所の第三隔離エリアでの縛とした感覚を思い出した。

 ちっ、仕方がねぇ。

「分かった。いや、話がじゃなくて。聞いてやるから、場所移すぞ。いくらなんでも、ここでする話でもないからな」

 ここは第二収容所内ではないにしても、恐らく監視ポッドの認識範囲内だろう。
 監視ポッドとは、配置された周囲の映像や音を、別の情報処理型マナクラフトに送る機能を持ったマナクラフトだ。
 わざわざ目の鼻の先にいるフェン達を随時監視しているとも思えないが、所長の様子から他の所員に知られるとまずいかもしれない。

「とりあえず、竜車に乗れ。適当な場所で野営するから、話はその時に聞く」
「了解、フェン」

 薄く微笑み、フィーアは竜車の後部に回る。フェンも御者台に乗り、格子窓からフィーアがちゃんと乗り込んでいるのを確認する。フィーアは、こちらに気付いて手を振っている。

 たくっ、気楽なもんだ。

 急速に世界云々も怪しくなってくる。だが、こんな所にとどまっていても仕方がない。
 フェンはハーネスでトテラ達に発進の合図を送った。





 適当な高さの岩を見つけ、少し離れてそこで野営する事になった。
 少し距離を取るのは視界の確保と、落石防止の為だ。
 ただ、嵐の時は落石のリスクをとってでも風避けのために、岩場にぴったりつける事になるが。
 日が落ち、木屑に燃焼用油をかけた焚き火を二人で囲む。
 砂漠の夜は冷え込むので、毛皮で作られた防寒用ジャケットを羽織っている。フィーアはさらに足が寒いというので、同素材のひざ掛けをだしてやった。

 さて、ここから一日以内でつける街やオアシス集落は――。

 地図に頼らなくても、護送屋に関係する範囲の地理は頭に入っている。何にしろ、第二収容所で補給を受けられなかったのだ。勿論、食料、水、消耗品、マナ、全てに余裕は持たせているが、だからと言ってそれを計算に入れるようでは余裕を持たせた意味がない。早急に補給を済ませたい所だ。
 明日の行く先を模索するフェン。

「ねぇ……。フェン?」

 恐る々々と言った風にフィーアが尋ねる。
 その声は昼間の様子と打って変わって、か細い。

「これ。本当に食べるの?」

 これとは焚き火で炙っている金串だ。そこには保存が利くように燻したトカゲが刺してある。

「……何が食べられると思ってたんだ?」

 言われてフィーアは考える。

「えっと……。牛、豚とか」

 フェンは呆れて、嘆息した。

「な、何よ!」
「あのな、そんな高級品。政府役人でも祝い事で出るぐらいだぞ。何を寝言言っている。そのトビトカゲだって、今ある食料じゃ、最もいいものだぞ」
「……マナ枯渇化で牛、豚など四足一種恒類が激減。馬にいたっては絶滅したのは知識として知っていたし、竜種蓄温類が今じゃ一般的な食料源になっているのはわかっていたけど」
「分かってたんだったら、食え。つべこべ言わず」
「うー」

 歳も身長もフェンを上回っているのに、フィーアは金串のトカゲと涙目でにらめっこしながら悩ましげな唸り声を上げる。そして、時折上目遣いにフェンの方を見る。

「ちなみに待っていたら別のモノが出るとか期待するなよ。そのまま飢えて死んでくれると、オレとしては平凡な護送屋に戻れてありがたいんだが」
「イジワルッ!」

 フィーアはキッとフェンを睨んで、目をつぶってトカゲにかぶりつく。

「これでいいんでしょ、これで!」
「いいも何も。食事如きでこのザマでどうやって世界を滅びから救うつもりだ?」
「うっ」

 痛いところを突かれたとばかりに視線をそらし、再びトカゲにかぶりつくフィーア。どうやら味は合格点だったらしい。

 世界が滅ぶだの救うだの、オレが言ったら気が狂ったと思われるだろうにな。

 心の中でそう思いつつ、フェンはフィーアに見せる態度ほどには疑ってはいなかった。
 第二収容所第三隔離エリア、魔法陣、所長の態度。一時に尋常でないものを見た。

 糸車はすでに回っていると見た方が良い。

 糸車とは、神話を元にしたことわざ。運命の糸車の事だ。神々が糸車をまわすたびに、時は流れ、世界のあらゆる事象が糸として紡がれていく。全ては予め定められ、ただよじられ、一本の糸となるのを待っている。
 フェンは運命というものを信じている訳ではない。だが、ウノが新しい家族を得たように、目に見えない縁(えにし)はあると思っている。フィーアとの出会いもまたそういった縁の手によるものかも知れない。
 だが、疑問もある。

 何故、オレなんだ?

 フェンは一介の護送屋だ。少々のマナクラフトの知識と技術、複数の情報屋を雇っているが故の情報量、そして、いつくもの政府公認を持つが故、手が空いている時に限り小遣い稼ぎ程度の案件に手を出すが、どれも本職には及ばない。
 フェンである理由がないのだ。
 武力がいるなら傭兵や追跡屋。スピードなら伝達屋か配達屋だろう。
 何よりも、フィーアの言う世界の破滅というスケールなら、まず動かなければならないのは革命軍政府。政府軍だ。

「……食べないの?」

 炎を見つめながら考え事をしていたが、体感より時間が過ぎていたらしい。フィーアが怪訝そうに見ている。

「まさか、人に言っておいて自分は食べないなんて言わないでしょうね」
「食うよ。好物だしな。言っておくがこれでも選んだんだ。明日以降、同じものを食べられるとは限らないぞ」
「…………え?」

 フィーアの表情が凍り付いている。それを横目にフェンはトカゲの腹にかじり付く。
 嘘は言っていない。今ある食料で見た目、味ともに、現在で言えば政府の人間にあたると思われるウィザードの口にあいそうなモノ、という基準でチョイスしたのだ。
 フェンは咀嚼し、飲み下し、予めしておいた味付けの余韻に浸りながら、本題を切り出した。

「じゃ、聞かせてもらおうか。世界の破滅を救う旅とやらを」





「まぁ、と言っても一度に全てを話すわけじゃないけど」

 思わず握った金串から食べかけのトカゲを引き抜き、投げつけてやろうかと思ったフェンだった。
 フェンの様子からフィーアは困ったように微笑む。

「文句を言いたい気持ちは分かる。だけど所長の様子を見たでしょう?」

 言われて第三隔離エリアでの所長の様子が脳裏に浮かぶ。

『全てを知ってしまった以上、彼女に賭けるしか道はない』

 所長はそう言っていた。

「私はフェンがそうなるとは思っていない。だけど、他には違う考えのコもいる」
「……他に?」
「私が一体何者なのか? だいたいの所はフェンも分かっているでしょう?」

 フェンは頷いた。

「恐らく、切り分けられた稀代の魔女の一つ。
 方法は分からないが、その一部が一人の人間として存在している」
「まぁ、近いかな。ただ、切り分けられたと言っても、刃物で四分割した訳じゃないわ。フェンの言った通り、さすがにウィザードでも死ぬわよ。
 所詮ウィザードも人間に過ぎないもの」
「聞いていたのかよ」

 あの時、聞こえる距離にいなかったはずだ。だが、そもそも封印されているはずのフィーアに、先に会っているのだ。いちいち問い詰めては切りがないので、そのまま聞く事にした。

「私達は四つに分けらて封印され、四人の人間として存在している。なぜ、四人の人間としてなのかは封印の方法によるものよ。
 ただ、ウィザードじゃないフェンにうまく説明出来るとは思えないし、他のコを直接見てもらった方が直感的に分かると思う」
「見た目に違いがあるのか?」
「ええ、一目で分かるくらいね。
 で、すでに言ったと思うけど、私は設計の魔女。稀代の魔女が一にして、設計を受け継いだウィザードよ」
「設計……を受け継いだ?」
「そもそも、なぜ稀代の魔女は四つに分けて封印されたと思うの?」
「そりゃ、稀代の魔女があまりに強大だったからだろ。伝説でもそう言っているし。そのままじゃ自力で封印を破られるとおもったからじゃないか?
 さすがに四分の一なら――」

 言って、フェンは言葉に詰まった。今目の前にいる魔女は自力で封印を解いてなかったか?
 フェンの様子にフィーアは薄く微笑む。

「まぁ、正解ね。そして、たぶんフェンが疑問に思っている事も。
 レジスタンスが稀代の魔女を四つに分けて封印なんてした訳は、その通り。ただ、誤算があった。稀代の魔女は四つに分けられる前に、自身の魔法を四つの系統に分けたの」
「四つの系統?」

 フィーアは人差し指から順番に指を立てていく。

「設計、力、物質、そして時空」

 そして、彼女は人差し指を残して折りたたむ。

「これらを4つに分けられた私達は、一つずつ受け継いだ。4等分ではなく、それぞれの分野で稀代の魔女と同等になるように。
 そして、私が受け継いだのが設計ってわけ」
「設計の魔法。名前からピンとこないんだが、あんたはどんな事が出来るんだ?」
「あんたじゃなくてフィーア。フィーアって呼んで。これは稀代の魔女ツェーン=タウゼントと区別する為に、私達が自分達に付けた呼び名よ。
 で、質問の答えだけど、私が稀代の魔女から受け継いだのは魔法というよりも知識と技術に近いものなの」
「知識と技術?」
「稀代の魔女は優秀なウィザードであると同時に、優秀なマナクラフターでもあったの。聞いた事はない?」
「いや、初耳だ」
「まぁ、そうね。あれから五百年だものね。
 で、話の続き。主なものはマナクラフトの設計、開発、運用に関わる知識と技術。魔法の理論とか直接の行使に関わらない知識全般。
 ウィザードでは魔法扱いされてないけど、魔法陣もほとんど私が受け継いでいるわ。元々マナクラフトは平民にも仕える簡易魔法陣だから」
「そうなのか?」
「ええ。ウィザードがいない現在でもマナクラフトが作られているみたいだけど、見よう見まねで造っているから、大規模なのになるとエラーを起こしてミスティックコードが漏れているのがあるでしょ?」
「……あれ、エラーだったのか。よく事故が起きないな」
「まぁ、なんだかんだで見よう見まねで造ったにしては良くやっていると思うわよ。ウィザードが作ったものだって、ゴーレムクラスとかだと漏れていて当たり前って感じだし。
 少なくとも、政府謹製のマナクラフトとかはまず事故は起きないわ。マナ管理を徹底している手前、面子があるから安全管理も徹底しているの」

 フィーアが説明しながら、トカゲを食べ終わったのをみはらかって、フェンは小粒な実がなった枝を取り出し、実を一つ千切って彼女に向けて放る。
 受け取って、フィーアは目を丸くする。

「これなに?」
「キコの実。一応、消臭効果がある。もっとも、どっちかと言うと食後のデザートって感じだがな」
「デザート? 甘いの?」

 フィーアは実を口に放りこむ。

「……フェン。これ、物凄く硬いんだけど」
「まぁ、煮たら柔らかくなるんだが、味が落ちるんだ。噛んでいるうちに柔らかくなるさ」
「本当に?」

 疑心暗鬼の視線でフィーアが噛むのに苦心している。
 フェンも自分のトカゲを一気に食べつくして、キコの実を噛み潰した。微かに口内に甘い香りが漂う。噛んでいるうちにペースト状になり、甘さが口中に広がる。
 値が安く日持ちする為、砂漠を旅する者の多くが携帯している。
 フィーアの方も柔らかくなってきたようで幸せそうな顔になる。

「さて。続きをどうぞ。設計の魔女さん」
「え? なんだっけ?」
「これ、今日だけにすっか」
「あー、まって! もう、フェンのイジワル。
 と、言ってもちょっと話がそれちゃっていたわね。私が稀代の魔女から受け継いだものは説明したと思うけど。逆にフェンは何が聞きたい?」
「そうだな。例えば、どんな事が出来るのか、とか」
「そうね。一部はすでにその目でみていると思うわ。ほら、砂漠とか第三隔離エリアの通路とかで」
「あれか」

 フェンは思い返す。封印されているはずの彼女が別に存在した。そして、一瞬で消えた。

「あれは映像か何か?」
「まぁ、映像ではあるけど。近くにあるマナクラフトを利用してつくったの。それを通して触れた感触も追加していたわ」
「あ、ああ。たしかに」

 額にまだ感触が残っている気がした。

「近くにマナクラフトがあれば出来るのか?」
「さすがにマナクラフトの種類にもよるけど。
 映像を作るには当然、投影系の機能が必要になるし、話を聞こうと思ったら集音系の機能がって感じ。
 第三隔離エリアはそれ自体がマナクラフトみたいなものだから、どこにでも『私』はつくれるし、第二収容所自体もマナクラフトの塊だから、作れない場所のほうが少ないわね。
 砂漠の『私』は監視用ポッド経由ね」

 待て、今この女はなんと言った? 監視用ポッド? あそこはすでに第二収容施設の監視範囲なのか? とすると――。

 フェンは動揺を表に出していないつもりだったが、フィーアに悟られたようだ。

「大丈夫よ。ちゃんと監視部門に送られるデータには細工をしておいたから。彼らがアビス送りになる事はないわ」
「そうか。それについては礼を言うべきなんだろうな。しかし、まいったな。第二収容所はあんな所まで監視しているのか」
「うーん。元々はそうじゃなかったのよ。ただ、私が監視ポッドの機能の限界を拡張した結果、あそこまで届くようになったの」
「拡張したって、どれくらい?」
「まぁ、機能によって差があるけど、だいたい五十倍かな?」
「……なんの為に」
「第二収容所の目や耳は私にとっての目や耳だったの。でも、第二収容所内とその周辺だけじゃ退屈だったから。
 ただ、結果データ処理系のマナクラフトが回路とんじゃって大騒ぎになっちゃって。慌てて、そっちのマナ回路を新しく作り直したの。
 所長に監視系のマナクラフト一式の機能アップをしたって口裏合わせてもらって」
「それ、本当に封印状態でやったのか?」
「勿論。封印を解いたのは、フェンが来たあの時よ」

 封印内でそれだけ自在にマナクラフトに干渉できるのなら、封印外にいるも同然だろう。フェンは所長が怯えていた気持ちが少し分かった気がした。

「いつでも封印が解けるなら、なぜ今まで封印の中にいたんだ?」
「私一人の封印が解けた所で意味がないからよ」
「それは?」
「すでに説明したけど、私が稀代の魔女から受け継いだのは設計。魔法文明時代の知識を持ち、現代においては最高位のマナクラフター。……ただ、逆に言うとそれだけなのよね。
 その場にいれば自分以外、つまり他のコの封印は解ける。これも言ったと思うけど、マナクラフトは簡易魔法陣。私達を封じていた時間凍結の魔法陣もマナクラフトと同じ要領で解除できる。でも、問題はその場に行く方法。私にはそこに行く為の足もなければ、危険な状況に陥った場合に身を守る手段もない。
 私一人だけ封印解除してもどうしようもないのよ。無駄に歳をとるだけ」

 確かにトカゲを食べる事だけであんなにうろたえていた様子から考えると、彼女一人で第二収容所から外に出るのは無理だろう。だが……。

「だったら、なぜ政府に頼らない? 政府はこの事を知っているんだろう?」

 フィーアが首を横に振った。

 政府が知らない? そんなバカな?!

「ちょっとまてよ。世界の破滅がどうこうって、政府が把握してないのはおかしくないか? 第一、所長は知っていたじゃ――」

 フェンの脳裏を所長の言葉が過ぎる。

『何も見ていない。何も聞いていない。それが私の出来る精一杯の譲歩だ』

「そう、政府にも知っている人達はいるわ。でも、それは封印を管理している人達だけ」
「なぜだ? 世界が破滅するって話だろ? いくら現政府が旧レジスタンスだからって、あんたを拒否するとは――」
「あんたじゃなくてフィーア。そして、これは危機感の問題なの」
「危機感?」
「私達が封印された場にいる人達と、彼らから報告をワイングラス片手に聞くだけの人達。後者の人達、すなわち革命軍政府幹部達は私の話を決して信じない。この五百年平和だった。だから、これからも平和なはずだと。
 年々、マナ枯渇化現象は進行し、いくつもの街やオアシス集落は砂漠に埋まり、人間の平均寿命はどんどん短くなっていっている。それのどこが平和なの。
 彼らは誰よりも安全な場所にいる。そして、自分達の安全が確保されていればいいのよ。政府軍は彼らを守る鎧。彼らに自分達が裸になる勇気などないわ。
 だから所長に全てを話したの。この世界に残された時間は少ない、と。所長は理解したわ。そして彼を通じて、他の封印管理者を説得したの」
「なんだよ、その残された時間が少ないってのは」
「……それは悪いけどまたの機会に。でも、いずれ分かる。私と旅を続ければ、ね」
「まてよ。オレはまだ引き受けるとは言ってない。それに、政府が知らないとすれば、フィーア。お前といる事自体がリスクになるんじゃないのか?」
「確かにね。政府についてはあまり気にする必要はないと思うけど。
 ……そうね、私達の旅について言えば、リスクはお世辞にも低いとはいえない。だけど、私達は、私は五百年待ち続けた。探し続けた。
 そして、フェン。あなたを見つけた。そして、次の人を探す猶予はないの」
「だから、なんでオレなんだ! 護送屋だったら他にもいるし、護衛がいるなら護送屋である必要もないだろう?!」

 フィーアは目を伏せた。焚き火が照らすその表情はそれまでのものとはうってかわって、悲しげに感じられた。

「フェン。あなた、アビスへの護送を引き受けた事があるでしょう? それも一度や二度じゃない」
「っ?!」

 フィーアがその事を知っているのは不思議ではない。第二収容所のマナクラフトが彼女の手の内だった以上、フェンのグローミングカードの情報は全て筒抜けのはずだ。
 だが、そうではない。フェンは彼女が何を言いたいのか理解出来てしまった。

「アビスはこの世界において最もマナが枯渇した場所。流刑地でありながら、それを管理する政府の役人はいない。……理由は説明要らないわよね」
「ああ。あまりにもマナが薄い環境に、人間は長時間耐え切れないからだ。第二収容所のような隔離エリアも作れない。完成より先にマナクラフターの全滅が先だろうな。
 流刑地と言いながら、送られた囚人が生きていける環境じゃない」
「そう。だから、アビスへの護送を引き受ける護送屋は限られる。どれだけ報酬が高くてもね。死期が近いか、寿命を縮めてまで大金が必要か。
 でも、フェン。あなたはそのどちらでもない。そして、アビスのマナ希薄な環境――いいえ、マナドレイン現象の影響をまったく受けていない。
 この五百年であなただけよ、そんな人間は」
「……なぜオレがこんな体質なのかは知らない。確かにオレはマナが一切失せたようなあそこでも平気でいられる。
 もし、それがあんたがオレを必要としている理由なら納得だが、俺が引き受ける理由にはならないよな?
 単にアビスに運ぶだけの人間が必要なら、金を積めば引き受ける奴はいるぜ」
「そのなぜを私が知っていると言っても、引き受ける理由にはならない?」
「な……に?」
「私は五百年待ち続けた。あなたが現れるのを。あなたが見付かるのを。五百年という時は決して短くなかった。
 その重みをあなたは理解出来る? フェン」

 顔を上げたフィーアの目尻には涙が浮かんでいた。そして、その理由を聞ける程、フェンは傲慢にはなれなかった。





 翌朝。フェンはフィーアを先に竜車に乗せて、野営の片付けをしていた。
 結局、昨日は依頼を引き受けるとも引き受けないとも言ってなかった。
 幸いというか、補給の件があるので今日の行き先はあった。
 だが、いつまでもこのままでいる訳にはいかない。
 正直に言えば、気持ちは半分固まっていた。ただ、それを言葉にする踏ん切りがつかない。
 しばしフェンは迷ったが、竜車の中のフィーアに問いかけた。

「なぁ、昨日の話。オレの体質の事」
「……ええ」
「それも旅で分かるのか?」
「ええ。それに、その事に関しては私が直接説明するのが正しいのか分からないの。たぶん、客観性に欠けると思うから」
「どういう意味だ?」
「……説明できないって事」
「そうか」

 二人はしばし、そのまま無言の時を過ごした。
 そして、後片付けが済んだ時だった。フィーアが竜車の後部から顔をのぞかせた。その表情は笑顔だった。フェンは少しホッとした。

「昨日はリスクとかの話ばっかりだったけど、メリットの話は一切してなかったわね」
「世界の破滅と吊り合う程のメリットってどんなだよ」
「そうね。まぁ、とりあえず依頼の手付けとしてこんなのはどう?」

 フィーアの手にはグローミングカードが握られていた。五百年間封印されていた彼女にそんなものが発行されるはずもなく。恐らく第二収容所で勝手に作ったのだろう。
 つまり偽造。
 そのフィーアのグローミングカードがタイプウィンドウを開いている。画面の内容は送金待機画面だった。

「金か?」

 グローミングカードは個人情報の管理だけではなく、様々な機能を持っている。通貨の管理もその一つ。カード一枚が所有者の全財産とも言える。

「手っ取り早いでしょ」

 フィーアが仕草で急かしている。フェンはトラブル防止のため、受付処理をしないと送金を受け取らないよう設定している。

「世界の破滅と吊り合う金額っていくらだよ……」

 半ば呆れながら、フェンは自分のカードのタイプウィンドウを開き、送金受付画面を開く。受信通知の表示が点滅している。タイプすると相手の名はフィーアと表示され、政府が個人毎に割り当てる革命軍政府コードまで出ている。

 こんなもん、どうやって取得したんだ?

 そんなどうでもいい事を考えながら、受付許可をタイプする。すぐに処理完了の通知が表示される。

 さて、拝見するか。救世の金額は、と。

「………………」
「ん? 少ない?」

 してやったり。そんな表情でフィーアがクスクス笑って舌を出す。
 フェンのタイプウィンドウに表示された金額は、首都一等地に豪邸を立てたとして桁どころか、左側の数字が微動だにしないものだった。

「……お、お前」
「お前じゃない。フィーア」
「フィ、フィーア……。こんな金額をどうやって」
「どうやっても何も。初めから私のグローミングに入っていたわよ。まだほんの一部だけど」

 つまり偽造。しかも通過偽造はマナ盗掘と同じく第一級犯罪である。

「ちょ、まて! 返金させろ! オレをアビス送りにする気か?!」
「あら。返金してもらってもいいけど。ログは残るわよ? 私がいればなんとでもしてあげられるけど」

 紛れも無く脅迫であった。

「お前ぇぇぇ」
「何度も言っているでしょ。お前じゃなくて、フィーア。設計の魔女フィーアよ」
「あー、もー」

 切れた。
 吹っ切れた。

 たくっ、どーしよーもねーな。この女は。

「分かった。受ける。依頼受けてやるよ! どこだって行ってやる!」
「え、本当に?」

 ワザとらしく両手を会わせて疑わしそうな顔をするフィーア。フェンは殴ってやりたいと思った。
 だが、昨日彼女が見せた涙。あれは嘘じゃない。護送屋としての勘がそう告げていた。

「ああ、本当だ!」

 フェンは御者台に乗った。

「だが、先に近くのオアシス集落に寄るぞ。補給に、護送屋の依頼受付の中止。その他済ませなきゃいけない事が山ほどある」

 チューニング用工具も売っているといいが。

「あ、私の服も! ローブ姿じゃ目立つでしょ?」
「それは好きにしてくれ! 街の一つや二つ買える程の金持っているだろ!」

 フェンはハーネスでテトラ達に発進の合図を送った。

「フェン」

 竜車の格子窓にフィーアが顔を出した。

「なんだよ」
「ありがとう。依頼を受けてくれて」

 彼女は薄く微笑んだ。

「何だよ、オレはただちょっと風変わりな依頼を受けただけだぜ?」

 竜車が動きだした。
 悲鳴を上げてフィーアの顔が格子窓から消える。

「ほら、大人しく座っていろ。怪我するぞ」

 痛そうな呻き声に笑いをこらえながら、フェンは前を見据えた。


 第二章 完






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