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四分割の魔女−第六章  −時空の魔女−






「じゃぁな、コーティー。またな、皆」
「無事でな。フェン」
「どこへ行くか知らないけどよ、たまには顔出せよ」
「ああ、必ず!」

 別れの言葉は短く、だけど万感の想いを込めて言った。
 ウィンの政府軍に見送られ、フェンは竜車を走らせる。
 彼らの姿が見えなくなった所で、フェンは後ろの格子窓に疑問を投げかける。

「なぁ、ツヴァイの封印が解けた訳だけど、コーティー達はずっとあそこのままなのか?」
「そーねぇ」

 フィーアがおとがいに指をあてる。

「あくまで彼らの任務はウィンの護衛。まぁ、それは建前として封印の監視が裏の任務な訳だけど。政府幹部に封印解除の事実を伏せている以上、あのままでしょうね」
「……そうか。確かにそうだな」
「でもー」

 アインスが会話に割って入る。

「全部終わったら、ウィンの事隠す必要なくなるかもー」
「なぜ?」
「だってねー、って痛い!」

 アインスが悲鳴を上げる。ツヴァイの頭を拳骨で叩いたのだ。

「お喋りはよくないな、アインス。少なくとも全員揃うまでは余計な事は言わない。それがフィーアと決めた方針じゃなかったか?」
「だ、だからって何も叩かなくてもいーじゃない! ビーの暴力魔!」
「酷い言われようだな」

 ツヴァイは格子窓から見ているフェンに向かって肩を竦める。
 同じ稀代の魔女から分かれた存在ではあるが、年齢差もあるのだろうが、性格的なものは三者三様のようだ。
 そして、恐らくはこれから向かう四人目の魔女も例外ではないだろう。





「しかし、最後の一人が政府立図書院とはな。ほとんど逆走じゃないか。先にそっちに行けば良かったんじゃないか?」

 竜車を走らせながらフェンは、竜車内に問いかける。
 ツヴァイの重苦しい声が返って来た。

「仕方ない。あいつだけは問題があるからな」
「……問題?」
「気難しい。そんなところだ。なぁ、フィーア」
「そうね。そんなところかしら」

 話を振られてあからさまに、適当といった感じで相槌を打つフィーア。

 まぁ、会えば分かる事か。今向かっている訳だし。あせる理由もない。

 フェンはそう考えて、それ以上の詮索を止めた。
 それ以外にも考えるべき事はある。
 目的地までは、何事も無く順調だとして十日はかかる。
 いくらなんでも、無補給という訳にもいかないので、街やオアシス集落経由になる。
 ただし、補給や食事、湯浴みなどはそこで済ませても、宿等はとらずに砂漠での野営という事にしていた。
 それはツヴァイとの対ウィザード戦に対する特訓の為だった。
 フェンのリングブレイドも、フィーアの改良により常軌を逸していたが、ツヴァイに至っては正真正銘のウィザード。その力を衆目に晒すのはさすがに問題があった。

「準備はいいか? フェン」
「ああ、いつでもいいぜ!」

 野営の準備をフィーアとアインスにまかせた事を若干不安に思いながら、フェンはリングブレイドを構える。ツヴァイは右手に両刃の長剣、左手にダガーを物質化させ構えている。

「?!」

 何が起こったのか、フェンには分からなかった。理解出来るのは、フェンの首にツヴァイの長剣の切っ先が突きつけられていた。

「いつでもいい、確かにそう言ったね? これが殺し合いなら死んでいたよ、あんた」
「ぐっ!」

 ツヴァイの目は普段の好意的な眼差しではなく、鋭く険しい光を放っていた。
 それは殺意と取り違えてもおかしくない威圧感だった。
 フェンはなぜこうなったのか、原因を振り返る。だが、記憶はまるでツヴァイの接近を切り取られたかのように、長剣を突きつける姿しか残っていない。それ以上に衝撃だったのは、易々と自らの圏に侵入を許した事と、長剣を突きつけられる前のツヴァイの位置は明らかに彼女の圏外だった事だ。
 まだ、始まったばかりだというのに心臓が早鐘を打っている。ウィザードと相対するのはツヴァイが始めてだ。これまでフェンの数々の危機を救ってきた圏という概念、それがウィザードには通用しないのではないかという疑念が、心の奥底から滲んでくる。
 ツヴァイが長剣を引いて背を向ける。フェンは一息ついた。

 彼女の圏は確かに読める。ならばなぜ?

 稀代の魔女の武器術は、たったの一合でフェンの自信を根底から崩していた。

「なぜ?」
「え?」

 背を向けたままツヴァイは問いかける。

「なぜ攻撃してこない?」
「なぜって――」
「チャンスだろ? 敵がわざわざ振り向くのを待つつもりか?」

 その声はまるで責めるようだった。

「ちょっと待て。いくらなんでも実戦じゃないのに、それはないだろう?」

 呆れたようなため息が聞こえた。

「フェン。あんたの目的はなんだ? 何と戦うつもりだ?」
「それは黒の――」
「正々堂々。それで勝てるとでも思っているのか? あんたの力で」
「っ!!」

 それは胸を抉るような言葉だった。

「フェン。あんたは勘違いしているよ。間違いと言ってもいい」
「……それは、なんだ?」
「あんたと師との試合、その映像をフィーアに見せてもらった。あんたは強い。それは間違いない。自信を持っていいよ。ただ、それは普通の人間相手の強さだ」
「それじゃダメなのか? ウィザードだって人間だろう?」
「ダメだ。そこが間違っている。あんたは魔法というものを過小評価している。……それはある意味仕方のない事なのかも知れない。
 フィーアは闘いに向いてないし、アインスに対しては先手を取る事も可能だろう。あたしにいたっては単独では武器を作るのがせいぜいだ。こう言ってはなんだが、あんたが知るウィザードは全員半端者なのさ。
 だが、黒は違う。稀代に敗れたとはいえ。いや、稀代の魔女が手を下さざるを得なかった程のウィザードだ。
 本来なら平民、ただの人間如きが敵う相手じゃない。それを倒そうっていうなら、戦いの礼儀、作法、ルール。全て無視しろ。全てを捨て去って、ようやく手が届く可能性がある」
「オレに獣にでもなれと?」
「フェン。あんた人を殺した事は?」
「……ある。護送している最中の囚人が脱走して、手加減出来る奴じゃなかった」
「殺す意思はなかったのだろう? 結果として殺してしまっただけで」
「ああ、そうだ。オレは護送屋だ。脱走した囚人を殺してもペナルティを受ける訳じゃないが、オレは奴らが死んでもかまわないとは思っていない」

 ツヴァイの険しい気配が幾分和らいだ。

「それはそれでいいよ。殺人鬼になれとまで言わない。ただ、相手によって自分を切り替える事を覚えろ。
 獣になれと聞いたね? その通りだ。スキを作るな。相手のスキを見逃すな。そして、何が起きても瞬時に対応しろ。
 さっき、剣を突きつけたとき、あんたは負けを認めて何故そうなったかを考えたろう。獣はそんな事考えない。剣を止めたあたしの喉笛を食いちぎる。
 そこまでして、初めてあんたに勝機が生まれる。そして、敵は黒の魔法使いだけじゃない。黒の盗賊団だ。あんたは知らないだろうが、黒の魔法使いはマナクラフターとしても一流だ。当然その手下の持つマナクラフトもそこらにあるようなモノとは格が違う。そう思いな」

 しばらく、リングブレイドを構えたまま固まっていたフェンだが、目を閉じて脱力して両腕を落とす。

「エッジ」

 リングブレイドの刃にエゴフォトンが灯った。
 再びリングブレイドを構えるフェン。

「仕切りなおしだ。ツヴァイ」
「オーケー」

 振り返った彼女の目は厳しさこそ変わらないものの、抱きしめられているような暖かさが加わっていた。

「あたしの武器術は対ウィザード用だ。それをあんたに手取り足取り教えるつもりはないし、あんたもそんなタマじゃないだろう。あたしから見事盗んでみせろ」

 瞬間、高い金属音が響く。
 瞬き。先程の攻撃の正体がそれだった。瞬きで視界が途切れ、それにあわせて意識も途切れた一瞬に合わせて間合いを詰めたのだ。
 言葉にすれば単純だが、そんなもの相手の無意識の動作まで読めないと不可能だ。

 恐らくはオレの圏と同列の技術。そして、恐らくオレの圏より上位の技術。

 今度は長剣の突きをさばき、ダガーの圏内に入りかけたツヴァイを、バーストさせた高速の薙ぎで牽制した。それは彼女が先程とまったく同じ攻撃を仕掛けたからこそ、かろうじて防げた。恐らくフェンに悟らせる為、ワザとそうしたのだろう。

 とんでもねー領域に足を突っ込んじまったな。こんなもん盗めるのかよ、おい。

 内心の弱音とは裏腹に、口角が不思議と上がる。

「悪い。さっきのは間違いだった。たった今、準備が整ったよ。身も心もな」

 ツヴァイが破顔した。

「そうこなくちゃな、フェン。手加減は無しだ」

 再開された特訓は、野営の準備を終えたフィーア達が呼びに来るまで続けられた。





 夕食。それはフィーアにとって試練の時間であった。
 基本、一行の食事はフェンが作っている。元々、囚人用の食事を作る為に覚えたものだ。
 そして、フェンが作るだけに、当然献立の選択権もフェンにある。

「ん? フィーア。食べないのか?」
「おいしいよ、フィー」

 アインスとツヴァイが首を傾げているが、むしろフィーアの方が問い詰めたかった。

「なんであんた達はこのミミズみたいなのを平気で食べられるのよ?!」

 鍋を指差し叫ぶフィーア。そこには少数の野菜とぶつ切りにした大根のような何かが浮かんでいた。
 昼食はまだ乾燥させた果物やミルク、チーズ、パンと比較的問題ないものがほとんどだったが、夕食に限っては、フェン曰く精のつくものという名の魔物が連日続いていた。
 フェンが悲しそうにため息をついた。

「失礼だぞ、フィーア。ミミズみたいだなんて。れっきとしたミミズだ。無骨種水棲類、ヨウセイミミズ。確かに普通のミミズにしてはでかいが、そこらに出回っている安物のミミズモドキ等と一緒にしてくれるなよ」
「ワザとでしょ! フェン、ワザと言っているでしょ?!」

 涙目で抗議するフィーアだが、フェンは素知らぬフリを決め込む。
 何せ、フィーアの傍らでは、切り分けられた年齢上とはいえ、年下になるアインスやツヴァイがもりもり食べているのである。
 フィーアの劣勢は明らかであった。

「アイ! ビー! 分かっているの?! ミミズよ、ミミズッ!」
「分かっているよー。おいしいからいいじゃないー」

 喜々として頬張っているアインス。
 ツヴァイはといえば、器用にスプーンで切り分けて一口ずつ口にしている。

「ちょっとワガママじゃないのか、フィーア。確かに抵抗があるのは理解出来る。が、今は魔法文明時代とは違うんだ。その地の理(ことわり)あらばその地の理に従え。そうだろう?」

 着々と取り皿を制覇し、おかわりを鍋からすくいとる二人。
 フェンが重苦しい声でいった。

「どうしても違うものを……、と言うのなら。別の食材を出さなくもない、が」

 フェンの目が暗く光った。

「生だぞ」

 フェンがゴソゴソと麻の袋から取り出したのは、全長が人の頭ぐらいあるネズミだった。
 さすがにこれにはアインスとツヴァイも少し引いた。

「お、おい。フェン。まさか、それも鍋に入れるんじゃないだろうな」

 アインスが鍋の前でブロック体勢をとる。
 だが、フェンは首を横に振った。

「生だと言っただろう。なにせテトラ達のメシなんだから。生が基本だ」

 ついにというか、フィーアが大声で泣き出した。

「私は竜種恒類じゃないの! 二足種人類なの!!」

 連日のストレスがここに至って爆発したらしい。
 アインスが慌ててなだめにかかり、ツヴァイがフェンのそばに駆け寄る。

「フェ、フェン。高価かもしれないが、もう少しフィーアが食べやすいものを調達できないか? 思っていた以上にフィーアがダメージを受けている」
「いや……。オレもまさか泣き出すとまでは思わなくて」

 さすがに狼狽気味のフェン。頭の中の地図で、予定ルートを若干変更する。

「仕方ない。次の街で買うか。四足二種恒類か一種、あるいは鳥走行種の食用でも――」
「ほんとにっ?!」

 目を輝かせてこちらを見る、フィーア。嘘泣きではなかったようだが、ちゃっかり聞き耳はたてていたらしい。
 フェンは仕方ないなとため息をついた。

「ただし、毎日牛、豚、山羊やらってのは勘弁してくれよ。ニードルガゼルやギガントラビットあたりで妥協してくれ」
「ぐすっ、分かった……」

 アインスがふと思いついたように言った。

「そう言えばお魚とかないのー? 今まで食べた事ないけど」
「言われてみれば……。前のオアシス集落の市場でも見かけなかったな」
「鱗種や平尾種は、牛とかよりも高級品だ。あそこ程度の市場じゃまず出回らないよ。普通の家畜みたいに増やすのが難しいし、なんといっても生息環境がマナ枯渇化現象の影響をモロに受けている。どれも絶滅一歩手前だ。そして、半数以上絶滅してるんじゃないか?」

 情報屋の話では、政府が一部鱗種の養殖プロジェクトを立ち上げているとの事だが、恐らく望みは薄いとフェンは踏んでいる。根本問題が解決しない事には、何も変わりはしない。
 ツヴァイは遠くを見つめて言った。

「そうか……。五百年前と比べるのもあれだが。本当に何もかも変わってしまったんだな」
「ああ、そうだな。……で、だ」

 フェンはフィーアを見やる。

「フィーアいい加減に泣き止め。悪いが今日の献立は変更不可だ。すでに作ってしまっている以上、食べてもらう。他の二人がちゃんと食べているしな」
「うー!」

 やはり抵抗があるのか、フィーアは唸りながら身体を震わせた。
 フェンはため息をつきながら頭をかいた。

 たく、オレも甘いな。

「その代わり、だ。ちゃんと食べたら、豚肉を買ってやる。予定のルートを外れる事になるが、大規模な養豚所がある街があるんだ」
「ほんとに?!」

 フィーアはもとより、アインスとツヴァイの声が重なった。ミミズを食べる事が出来ても、やはり二人もそっちのほうが食べたいらしい。

 当然か。オレだって食えるなら食いたいしな。

「値段が高い事に変わりはないが、それでも他の街より比較的マシな値段で肉が手に入るはずだ。食料関係の情報はマメに情報屋から仕入れているから間違いない。
 どうやら、高級役人が主な取引相手らしいが。ま、知ったこっちゃねぇ。向こうも商売だ。金さえ払えば売ってくれるさ」

 フェンが、フィーアに向けてイタズラっぽく笑うと、次の瞬間。

「うわっ」

 彼女はフェンに抱きついた。思わず取り皿を落とす所だった。

「ありがとう! フェン!」
「あ、こらっ、分かったから放せ。せっかくのメシがこぼれる!」
「ん、もう。これはお礼」

 フィーアがフェンの唇に軽く口付けた。

「あー! ずるい、フィー!」
「まったくだ。やるぞ、アインス」

 ツヴァイの言葉に険呑な響きが混ざっている。

「おー。……て何を?」

 首を傾げているアインスをそのままに、ツヴァイはフィーアを羽交い絞めにして腰を地面に落とさせる。本来なら同一人物から分かれた故に腕力は大差ないはずだが、武器術を受け継いだツヴァイの力にフィーアは成す術なくロックされる。

「その豚肉も、確かあんた次第だよな? フィーア」
「ツ、ツヴァイ?」

 視線でアインスに合図を送るツヴァイ。その意味を正確に理解したアインスが、鍋から取り皿に急いで盛り始める。ちなみにそれはフィーアの取り皿だった。

「……え?」

 これからの展開が嫌でも読めて、フィーアは青ざめた。

「準備完了しました。たいちょー」
「よし、アインス。任務を説明する。その『物資』を指定の場所へ運ぶ。それだけでいい」

 ターゲットマークのつもりか、ミスティックコードの円がフィーアの口元に浮かび上がる。

「ちょ、ちょっと待って。心の準備が!!」
「よし、任務にかかれ」
「了解、たいちょー」

 取り皿を持ったアインスがフィーアに接近する。ちなみに取り皿には例のミミズのぶつ切りが山盛りだった。

「任務かいしー」

 フェンはと言えば素知らぬフリをしていた。
 そして、砂漠の夜空に声にならない悲鳴が上がった。

 翌日、フィーアは丸一日、誰とも目を合わせず口を利かなかった。





 政府立図書院への道のりそのものは順調だった。
 だが、本来ならもう到着しているはずが、フェン一行はまだ数日かかる距離にいた。
 原因はツヴァイによるフェンの特訓の為だった。
 フェンが特訓の時間を作る為に移動の時間を削ったのだ。
 元々、数日程度でどうこうという旅ではなかったので魔女達からの反対はなかった。

「モード、ウィップ!」

 エゴフォトンのムチが地面を叩くが、砂埃を巻き上げるだけだった。まるで攻撃がすり抜けたかと錯覚するようなタイミングで、後ろに人影が下がる。
 追撃にショットモードに移行しようとしたフェンは、心臓をわしづかみにされるような悪寒を感じた。

「モード、バックラー!」

 この距離で圏内って、何に武器を変えた?!

 エゴフォトンの盾を構えて、あえて突っ込む。砂煙の中の人影――ツヴァイの姿がはっきり見える。彼女は長柄の斧――ハルバードを手にしていたはずだが、フェンに向けて矢をつがえて弓を引き絞り、そして放つ瞬間だった。
 矢がエゴフォトンの盾に激突し、衝撃に腕がしびれる。

 一体、何を材料にしたらこんな威力になるんだっ?!

 内心で毒づきながらも距離を詰める。
 武器を作るのがせいぜいと言っていたツヴァイ。しかし、実際に相対するとその魔法は脅威だった。距離、位置、体勢、様々な状況に応じて、武器が瞬時に変化する。そして、こちらの呼吸を読む能力。間違いなく、ツヴァイはフェンが闘った中で最強の戦士だった。
 一瞬とて気が抜けない。そして、行動に思考が挟めない。迷う事は勿論、タイミングを計る事すら許されない。思考からの行動というプロセスすら、ツヴァイ相手には大きなスキとなってしまうからだ。
 必要となるのは直感から行動へ、最短パスを形成する能力。そして、フェンはツヴァイとの戦いで、それを徐々にモノにしつつあった。

「モード、パージ!」

 エゴフォトンの盾が細かな破片となり、前方に飛び散る。だが、そこにツヴァイの姿はない。

「バースト!!」

 距離を詰めている間にホルダーに収めた右のリングブレイドをバックステップしつつ横へ薙ぐ。
 それはさばいたというよりも、闇雲に放った牽制の一撃が迫る長剣にぶつかったと言うべきだろう。

「モード、エッジ!」

 長剣を弾いた事により、ツヴァイの位置を、圏を認識した瞬間に、すでに彼女のダガーを押し返していた。
 フェンはさらに下がる。今度はツヴァイは追ってこない。

「今のは中々良かったよ。決められると思ったんだけどな」

 終わりとばかりに両手の武器を消して、ツヴァイ。闘いの最中には見せない破顔一笑。厳しい戦士の顔との極端な二面性を持つ彼女だが、そこが魅力的に思えた。

 ……魅力的?

 自分の考えに、フェンの頭の中が真っ白になった。

「フェン? どうした? 今日はもう終わりだぞ」
「な、なんでもない。……正直最後はまぐれさ。ツヴァイを見失って、反射的にバーストしたのが当たっただけ――」
「それでいいんだ、フェン。ウィザードを相手に何かある毎に手を止めていたら命がいくつあっても足りない。ひたすら直感を磨き、危機回避能力高めるんだ。その結果が『まぐれ』を生むのさ。
 自分でも気付いているんだろう? あんたの言う『まぐれ』が起きる頻度が高くなっているのは」
「ああ、そうだな」

 リングブレイドをホルダーに収め、フェンは自分の両手を見つめた。
 確かに彼女の言う通り、圏を読んで判断するのではなく、圏の有無を感じ取りそれだけで身体が動くようになってきた。
 改めてツヴァイの方を向くが、傾いた太陽を背にした彼女のくもりない笑顔がまぶしく感じて、思わず目をそらす。

「フェン? どうした?」

 頬に触れようとする彼女の手を、フェンは反射的に避けてしまった。ツヴァイは不思議そうに首を傾げる。

「なんでもないよ。気を張り続けたせいで疲れただけだよ。こんなんじゃ、まだまだなんだろうな」
「何を言っている。稀代の魔女だって、あんたの今いる領域まで半年はかかったんだぜ。いくら下地があったからってたいしたもんだよ、フェンは」

 今度は目をそらさないようツヴァイを見る。
 太陽、その表現が似合う笑顔。
 稀代の魔女の別れ身という特異さに意識を奪われてすっかり忘れ去っていた。
 すなわちツヴァイが女性である事。
 いや、ツヴァイだけではない。
 最年長者としての風格を持ちつつも、意地っ張りで弱みを見せる事も多々あるフィーア。
 直情で素直で、自分の気持ちに正直なアインス。
 同じ人間から分かれたとは思えない三者三様の魔女達。
 ただ、共通するものも感じていた。
 それは、うぬぼれでもなんでもなく、彼女達がフェンに対する好意を持っている事。
 今まで考えてこなかった。いや、無意識的に考えないようにしていたのかも知れない。依頼者という関係を盾にして。
 だが、一度意識し始めると、動揺が抑えきれなかった。

 しっかりしろよ、オレ! 護送屋の時には色仕掛けを仕掛けてくる奴も居ただろう!

 護送した囚人の中には女性もいた。中には若いフェンをくみし易しと見て、女の武器を駆使する者もいたが、それを巌として跳ね除けてきた。
 だが、フィーア達のそれは違う。肌で感じる。彼女達の使命とやらに、フェンが必要らしいというのは確かなようだが、それとは別の想いを感じていた。そこに下心を感じない。だからこそ、こんなに悩むのだ。

「さぁ、早く戻って汗を拭こうぜ。今日の食事は特別なんだろ?」
「あ、ああ。そうだな」

 先に竜車に戻るツヴァイの背を見ながら、ため息が漏れた。
 なぜ、今さらになってこんな気持ちに気付くのか。こんな気持ちを抱くのか。
 こんな気持ち。それはフェンも彼女達に対して好意を抱きつつある事だった。





「ウッフッフッフー」

 それは鼻歌なのか。微妙なメロディーを口ずさむフィーアは上機嫌だった。

「……フィー、浮かれすぎ」

 アインスが引いているくらいだから相当である。
 だが、それも仕方ない事なのかも知れない。常に彼女を悩み苦しみ続けていた悪魔。すなわち夕食。それが、今日に限っては親しい友に変わったといっても過言ではないからだ。

「豚肉はオレが適当に炒めるから、誰か人参の皮を剥いてブロックに切ってくれ。他の野菜も適当なサイズに頼む」

 普段は一人で調理するフェンだが、今日はメインがメインだけに味付けに凝りたかった。

「じゃぁ、あたしやるー」

 立候補したアインスを見て、フェンはどうしたものか少し悩んだ。実は、フィーアとツヴァイに言ったつもりだったのであって、想定外だったのだ。

「……大丈夫か? アインス」
「ぶー、馬鹿にしないでよ、フェンお兄ちゃん。稀代の魔女は、あたしの歳ではもう自分で料理してたんだから」
「え、ほんとか? それは頼もしいな」

 言われて見れば、今までずっとフェンが食事の担当だったので、フィーア達が料理が出来るかどうか知らなかった。

 アインスが出来るなら全員できると考えるのが普通だが……。ツヴァイの武器術みたいにアインスだけが料理の技術を受け継いだ可能性もあるな。だが――。

「どうでもいいな。じゃ、アインス頼む」

 深く考える事でもなかったので、思考放棄してまかせる事にした。出来ないなら出来ないで言って来るだろう。
 アインスはさっそく包丁を片手に、なかなか器用に人参の皮を剥いていく。伊達に立候補した訳ではないらしい。
 アインスが得意げに言った。

「フィーやビーみたいに、浮かれているだけで、何もしないコじゃないもん」
「待て待て、アインス! フィーアと一緒にしてくれるな。フェン、他に出来る事は残っているか?」

 フェンは少し考えこむ。

「そうだな。どうせ、そうそう食べられるものじゃないし、肉に味付けするだけじゃもったいないな。空いている調理器具でどれ使ってもいいから、今からいうモノを煮込んでくれ。ソースを作る」
「それはかまわないが……。せっかくの肉が冷めないか?」
「一度寝かせて味を通すから問題ない。それにソースの方はそんなに凝ったものじゃない。さすがにちゃんとした店で出るような、手間のかかるようなのはオレ自身も作れないよ」
「わかった。で、何を煮込めばいい?」

 ソースのレシピのやり取りをする二人とアインスを見て、フィーアはようやく我に返り、出遅れた事を悟った。

「フェン! 私は?」
「特にないな」

 そっけない即答にがっくりとうなだれるフィーア。そんな彼女を横目で見て、フェンは肩を竦めた。

「冗談だよ。食器類の準備をしてくれ。時間が十分余るだろうから、オレの得物の手入れでもしてくれ。今日は食材が食材だけに、そっちを忘れていた」
「え?」

 フィーアは目を見開いた。当然だろう。フェンはリングブレイドを他人が触れるのを好まない。それは魔女達も例外ではない。フィーアが調整を行う時は別だが、それはフィーアしか不可能な事だからだ。

「なんだ? 雑用は嫌か?」
「う、ううん。やる、やります!」

 フィーアがぎこちなく頷いて動き出す。
 ふと、視線を感じた。こんな時にも対ウィザードの特訓の成果が出てしまう。気付かないフリをするのが一番だったのだが。
 アインスが半眼で、ツヴァイは刺すような目でフェンを見ていた。

「フィーだけ特別扱いー?」
「ずるいな」
「し、仕方ないだろ。元々、この豚肉もあいつを喜ばせる為のものだし。楽しみにしていたモノもおいしく食べられなかったら意味がないじゃないか」
「そうですかー」
「うらやましい限りだな」

 二人は棒読み口調を返すだけだった。

「……お前らも結構面倒な性格だったんだな」

 フェンは嘆息した。





「おいしー!」

 アインスが叫んだ。
 フィーアとツヴァイは無言だが、どうやら言葉を無くしているだけのようだ。
 フェンにしても実は5年ぶりの豚肉だ。コーティー達と別れる前夜、ミリヤンが振舞ってくれたのだ。

 仇は必ず取るよ。もう一人の母さん。

 そう、コーティーとミリヤンは、フェンにとってもう一組の両親だった。
 実の両親どころか、もう一人の母まで自分から奪った黒の盗賊団、そして黒の魔法使い。
 元々はその死に様を見届ける為に護送屋になった。だが、もうそれでは気持ちが収まらない。

 それが例え地の果てだろうと、必ず探し出して――。

「フェンお兄ちゃん、どうしたの? 怖い顔して」

 心配そうにアインスが顔を覗き込んでくる。
 フィーア、ツヴァイもこちらを見ているが、二人は表情からある程度察したようで、何も聞いてこなかった。

「なんでもないよ、アインス。考え事をしていただけだ」
「それならいいけど」

 心配しながらも、付け合せの人参をつつくアインス。

「そうだ。この際だから、聞いておくか」

 フェンの言葉に魔女達は顔を見合わせた。

「聞くって、何の事だ? フェン」
「図書院に封じられている四人目についてだ」

 一瞬、沈黙が周囲を包む。

「ドライの事か……」

 重々しい口調で呟くツヴァイ。

「ドライ?」
「それが四人目よ、フェン。時空の魔女ドライ」
 フィーアの口も何か重たそうだった。

「何か問題があるのか?」
「……ライは封印から出てこないかも」
「え?」

 アインスの呟きにフェンは眉を潜めるが、残る二人の魔女もそれを否定しない。

「どういう事だ?」
「そうね。頃合ね。私達四人は稀代の魔女から分かれ、一つの使命を果たす為、封印の中でその時を待った。……けれど、ある事をきっかけに決別してしまったの。使命を果たさんとする者と、使命を放棄した者」
「使命ってのは、あれか? 世界を滅びから救うって――」
「そう。私達は使命を選び……、あのコは滅びを選んだ」

 滅びを選んだ?

 フェンはフィーアの言葉に引っかかりを感じた。使命を放棄というのは分からないでもない。世界を破滅から救う等と、恐らくとてつもない事をしなければならないのだろう。壮大すぎてフェンには想像すらつかない。しかし――。

「使命の放棄と、世界の滅びを選ぶってのは違うんじゃないのか?」

 その言葉にアインスが答えた。

「ライはチャンネルを閉じているから、もう意思のやりとりは出来ないけど。最後に言ったの。こんな世界、滅びてしまえって」
「ちょ、ちょっと待て。そのドライってのは世界を憎んでいるのか?」
「少し違う。あいつが憎んだのは運命だろうね」
「運命?」
「私達が決別するに至った理由。それそのものがあのコが憎むものよ」
「……それはいったいなんなんだ?」
「もう少し……」
「え?」
「もう少しだけ待って。せめて、あのコに会ってから。その後なら……話すわ、全て」
「全て?」
「ええ。なぜこの旅の同行者にフェンを選んだのか、なぜ世界は破滅するのか。そして、ライの憎しみの根源」

 しばらく、誰も言葉を発さなかった。
 フェンは落ち着いた仕草で肉を一切れ口にして咀嚼し、飲み込む。
 そんな間を空けた後、尋ねた。

「……旅は?」
「え?」
「お前等が訳を教えてくれない以上、四人目の事情はよく分からないけどよ。もし、四人目が封印から出てこないと言うなら、旅はどうなる? そこで終わりか?」
「さぁ、私にも分からない。フェンも少なからず関わってくる事だから」
「オレ? なぜオレなんだ? オレはドライって奴に会った事もないんだぞ?」
「さっきアイが言った、あのコの言葉。こんな世界、滅びてしまえ。本当の所を言えば共感するものもあるの。私も、アイ、ビーもよ。
 結局、私達は使命を選んだのだけど」

 フィーアがフェンを見つめる。アインスも。ツヴァイも。

「あなたの真実。そして、私達の真実を知っても、あなたが私達を軽蔑せずにいてくれるなら、旅は続けられると思う。……そう、思いたいだけかも知れないけど」
「……軽蔑なんてする訳――」
「ない? その言葉は全てを知るまで答えを待った方がいいと思うわ」

 フィーアが薄く微笑む。だが、その表情には影があった。彼女は肉を口に運ぶ。

「ん、おいしい」

 その言葉は空々しく聞こえた。





 砂埃の向こうに目指す影が見えて来た。

「あれがそうか」

 フェン自身も訪れるのは初めてだった。
 この世界、大陸中の本が集うと言われる政府立図書院。
 その蔵書は魔法文明時代の物すらあると噂されており、蔵書量は図書院を取り仕切る役人達ですら把握出来ていないらしい。
 ただ、かつては知識人の憧れの地であった図書院も、マナ枯渇化現象による往来の不便さ、なにより人々は知識より生きていく知恵を求め、いつしかただの知識を囲った箱と化していた。
 それでも政府は権威と歴史の象徴として、少なからぬ予算をつぎ込み、その知識の箱の存在を守ってきた。

「フェン。出迎えがいるようよ」
「ああ。みたいだな」

 双眼鏡から目を離し、格子窓のフィーアの言葉に頷くフェン。
 一応、武装してはいるようだが、ツヴァイに鍛えられ進化した圏を読む能力が、フェンに相手が戦闘の素人だと看破させた。竜車内のフィーアが気付いたという事は何らかのマナクラフトを身につけているという事だろうが、さして問題はないだろう。
 フェンはそう判断して、そのまま竜車を進める。
 相手は動く気配はない。フェンは彼らの目の前で竜車を止めた。
 銃のマナクラフトを持った警備兵数人と、金の階級章をいくつも襟にとめた高級役人と思われる人物が一人。

「オレ達は――」

 高級役人が手でフェンの言葉を遮った。

「みなまで言うな。空の裂け目を繕うモノよ。私は政府立図書院を束ねる者だ」

 図書院の院長?

 フェンは眉を潜めた。確かに高級役人だろうと予想はしていたが、院長がわざわざ外まで出迎えに出るとは思っていなかったからだ。

「待っていたよ、この日を。あの魔女から開放される日を」

 フェンは院長の物言いに引っかかりを覚えた。

 あの魔女から開放される? まるですでに魔女が封印から開放されているような言い草だな。それに、この院長の様子……。

 フェンの脳裏に第二収容所の所長の様子が思い浮かんだ。
 青い顔色、何かに怯えているような様子。

 似ている……。いや、むしろこっちの方が酷い。いったい、何が?

「院長、あのコが何か?」

 竜車から降りたフィーアが尋ねるが、院長はぎこちなく首を横に振った。

「直に見て頂きたい。ウィザードならぬワシには、説明のしようも……対処も出来ない」

 視線を伏せる院長の様子に、フェンはフィーアに言った。

「竜車に戻れ、フィーア。院長、案内を頼む」
「あ、ああ」

 彼はフェンに向かって顔を上げた。

 顔が似ている。……ただ、それだけでも恐ろしいといった所か?

 かつて聞いたフィーアの封印の説明。十二、十六、二十、二十四の四つの年齢に分けられた。欠けているのは二十歳の魔女。フィーアとは四年しか違わないのだ。似てはいるだろう。問題は何を恐れているのか、だ。
 第二収容所の所長も何かには恐れていた。だが、それはフィーアではなく、彼女を通して世界の破滅、あるいはそれに関連する何かを、だ。
 院長は違った。フィーアを見て恐れていた。顔を見られず伏せるほどに。

「さて、何が待っているのやら」

 フェンは半眼で呟く。

 ロクでもない事。それに間違いなさそうだがな。





 無限に連なると思わせる書架。
 もはや馬鹿々々しいとまで思わせるその量は、大陸中の本が集うとの謳い文句に説得力を持たせている。
 図書院内部の壁には、随分と荒い増改築の跡も見受けられる。恐らく、許容量いっぱいになるたびに、拡張したのだろう。この様子だと、きちんと本が分類されているかすら怪しい。

 知識の箱とは良く言ったもんだ。

「ここの本、読む奴なんているのか? さっきから一人も見かけないぞ」

 フェンは院長に問いかけたつもりだったが、彼はただ先を行くのみだ。
 フェンは諦めて黙ってついていく事にした。その後ろに魔女達も続いていく。

「ひっ!」

 突然、院長が悲鳴を上げた。警備員も院長の見ている方向と反対方向に飛び下がり、銃のマナクラフトを構える。が、その銃身が震えている。
 院長が見ているのは書架と書架の間。
 フェンは落ち着いた足取りで、彼らが見ているものが見える位置に歩く。

「なんだ、ちゃんといるじゃないか。読んでいる奴が」

 フェンの言葉通り、脚立の天辺に腰掛けて、本を読んでいた女性がいた。
 一目見て誰なのか分かった。彼女の過去、そして未来の顔を知っていたから。
 その彼女が本から目を離しこちらを見やる。その目に宿る暗い光、憎悪が身を焼くようだった。
 悪寒が背筋を走る。
 足が動かなかった。腕も。
 圏が読めた。故に動けなかった。直感が告げたのだ。無駄だと。
 騒々しい物音が周囲に響いた。
 書架の本が雪崩のように落ちたのだ。書架だったものの残骸ごと。
 フェンの目の前にひらひらと舞うのは紙片。かつて本の一部だったもの。
 そして、今さらになってフェンは、自分の足元を中心とした魔法陣が、構成されている事に気付いた。誰の仕業か確認するまでもない。
 フェンは改めて現状を認識する事にした。
 手前の左右二つの書架はほとんど原型を留めていない。本も無事なものが少ないくらいだ。それはまるで見えざる刃に切り裂かれたかのようだった。それも十数本の刃が同時にそれを行ったように。
 より重要なのは、書架の辛うじて残った部分が、フィーアが作った魔法陣の範囲内だったという事だ。
 もし、フィーアの魔法陣がなければ、書架に残った部分はなく、そしてフェンも書架と同じ運命を辿っていただろう。脅しなどでは決してない事は、圏で判断出来た。
 一瞬だけフィーアに目を向けると、彼女は蒼白になっている。

「まさか。本当に連れて来るとは思わなかった。いいえ、よくも連れてこられたわね。私の前に。そしてここに来る間、惨めに思わなかったの? あなた達」

 脚立の上から彼女は消えた。かと思えば、脚立の下に立っていた。その様はフィーアが作り出した幻影を思わせたが、存在感がまるで違った。
 マナクラフトで作り上げた幻像ではなく、明らかな実体。
 彼女は無表情に手にした本を手放した。本は床に辿り着く前に刃の網にでもかかったかの如く、細かい紙片へと形を変えた。

「本は大事に扱うべきよ。特にここはそういう場所じゃなくて? ライ」

 同じ稀代の魔女から分かれたもの同士。しかし、フィーアの言葉は挑むようだった。

「大事に扱うに値する内容のものだったとは思えなかったけど? 少なくともここら辺の本は全て読んだわ。何十回も。下らない内容ばかりだけど、それくらいしか時間を潰せなかった。それも後数年で終わると言うのに……」

 それはフィーアに対する返答のはずなのに。彼女の視線はフェンからずっと外れない。
 彼女は笑う。それは嘲笑なのか、自嘲なのか。

「ようこそ。あるいはよくもはるばるこんなところまで。第五の魔法使いよ。私はドライ。時空の魔女ドライ。第五の魔法にすがるくらいならば、世界と共に滅びを望む者よ」

 四人目の魔女はそう言い放った。


 第六章 完






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