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四分割の魔女−第五章  −物質の魔女−






「ウィン?」

 御者台のフェンは頭の中の地図を検索するが、該当する名は見付からない。
 もっともフェンとて、この世界の全ての地理を知るはずもなく、知らぬ地、知らぬ街がある事に不思議はないのだが。
 ただ、一人目の魔女が最高刑を免れた囚人が集う第二収容所、二人目の魔女が革命軍政府首都とあっては、三人目はどこだと身構えるのは無理もない事だろう。
 とりあえず、フィーアが地図で示した方向へ竜車を進めてはいるが、フェンの記憶ではたいしたものはなかったはずだ。ただ、比較的規模の小さなオアシス集落が近くにあるくらいだ。

「知らなくて当然よ」

 地図を片手に格子窓から顔をだしているフィーアが言う。

「そこに関しては政府の上層部。幹部クラス指定レベルでの秘密とされている場所なんだから」
「……どんな場所なんだよ」

 フェンはため息をついた。
 稀代の魔女が封印されているだけでも十分過ぎる程、トップシークレット事項だ。それが存在そのものを秘匿されているような場所とは。

「旧レジスタンス、つまり五百年前の現政府達の拠点、そして、クラフトの工房でもあった場所」
「レジスタンス? なぜ隠す必要があるんだ?」

 フィーアが肩を竦めた。

「現政府にとって、人民に知られたらまずいものがあったりする訳よ。例えばエゴクラフトの開発には複数のウィザードが関わっていた、とかね。一通り、資料等は回収してはいるでしょうけど、漏れがあるかもしれないでしょ?」

 フィーアはイタズラっぽく笑う。彼女の笑みはいつだってフワフワとしている。まるで風が大人しい日の空の雲のように。そんな彼女の様子にあてられて調子を狂わせられないように、フェンは前を向いた。
 エゴクラフト。対ウィザードの決め手となったとされるそれは、現政府の元になったレジスタンスが開発したとなっている。
 確かに、エゴクラフトの発明に、敵であったはずのウィザードの協力があったと知られれば、都合が悪かろう。

「しかし、稀代の魔女以外のウィザードの協力があったってのはオレも初耳だな。何か理由があるのか? メリットなんて何もないだろう?」
「少数だったけどね。特権階級を傘にきた腐敗体制に嫌気がさしている層もいたのよ。その中でも行動派な人達が手を貸したの。そもそも、エゴクラフトやマナクラフトがいくらあっても、彼らのフォロー無しには、一流のウィザードや、ゴーレムみたいな兵器級マナクラフトに対抗できる訳ないじゃない」

 フェンの脳裏に、アインスがリングブレイドを暴走させた光景がよみがえる。

「そうだな。だけど、クーデター成功当時、そいつらはどうなったんだ? まかさ処刑されたってオチじゃないだろうな」
「ウィザードという事を隠して、政府の保護下におかれたみたいね。私は封印されたから詳しくは知らないけど」

 フェンはフィーアの言葉に引っかかりを感じた。

「待て。フィーア――じゃなかった、稀代の魔女も協力者だったんだろ?」
「そうだけど。ちょっと事情があってね。まぁ、その話はいずれまた」

 フェンはため息をつく。いつものパターンだ。

「何だよ、また旅を続ければ分かる、か?」

 背中を向けていても、フィーアが薄く微笑んでいるのが見えるようだ。

「そんなところね」
「まぁ、いいか。で、次の魔女はどんな奴なんだ? それも秘密か?」
「次はビーだよねっ」

 アインスが会話に加わってきた。

「ビー?」
「ツヴァイ。物質の魔女ツヴァイ。稀代の魔女の十六歳の姿を持つコよ」
「物質の魔女、ね。どんな力を持ってるんだ」
「凄いよー。なんでも作れちゃうのー」

 アインスの言葉に、フェンは一瞬考え込んだ。

「作るって、クラフターなのか?」

 苦笑交じりにフィーアがフォローする。

「違うわ。むしろ受け継いだ魔法の性質はアイに近いわ。アイがマナを別のエネルギーに変換するように、あのコはマナを様々な物質に変換するの。複雑な機構をもつ物を物質化しようとすると、私の設計のフォローが必要になるし、サイズが大きなものはアイからマナ供給がないと無理だけど」
「何か、半端そうな力だな」
「そうね。そう捕らえる事も出来るけど。むしろフェン。あなたにとって、最もプラスになるコだと思うわよ」
「プラス? なぜだよ」
「あのコが稀代の魔女から受け継いだのは、物質の魔法と護身用の武器術だからよ。こと近接戦闘に限れば、あなたより強いと思うわよ。旅の合間に鍛えてもらったら?」

 フェンが眉を潜めた。

「……ウィザードが武器術? なんでそんなものを」
「護身用って言ったでしょ? 魔法文明末期は荒んでいたからね。
 主流派の魔法はほぼ行き着くところまでいって、研究の余地もなかったし、非主流は独自に開拓できるようなのは一握り。非主流の分野を研究しているメンターを持てたのは運の良い一握りだけ。
 そうなると他人の研究を盗んで我が物とする、なんてのが横行してね。それでもまだマシな方で、中には暗殺して奪い取るなんてのもいたくらい。稀代の魔女なんて格好の的。
 幸い、稀代の魔女のメンターが平民から武器術を教わって、独自に研究していた。稀代の魔女もメンターから武器術を教わったの。とっさの時は魔法より有効な事も多かったわよ」
「へぇ」

 相槌をうちながらも、フェンにはそのイメージがどうしても思い浮かばなかった。





 フィーアが指示した場所までもう一息。
 フェンはそこでハーネスを通して停止の指示を送る。

「フェン?」
「フェンお兄ちゃん?」

 竜車が急に止まったのが気になったのだろう。魔女達が聞いて来る。

「誰か、見てやがる」

 言われてフィーアは周囲に意識を走らせる。設計の魔女たる彼女なら、周囲にマナクラフトがあれば、感知出来る。起動されていればエゴクラフトすらも。だが。

「間違いないの? マナクラフトの存在を感じないけど」
「いや、間違いない。進行方向真っ直ぐから、見られている。気のせいとか言っていたら、この砂漠で生きてこられなかったさ」
「双眼鏡では確認したの?」
「砂埃が酷くて視界がわるい。双眼鏡の意味がない。エゴクラフトで動作や熱を感知して視覚化するタイプがあるのを知っているが、あれは軍くらいしか流通していないはず」
「……ウィンが近いから、そこの関係者って可能性はないの?」
「可能性としては高いとは思うんだが……。ウィンなんて存在そのものを知らなかったオレには、警備体制とかそのあたりがまるで予測がつかないんだ。フィーア、お前は何か情報持ってないか?」
「さぁ。向こうの封印管理者には話はついているけど。……下の方にまで私達が行く事が伝わっているかどうか。……いえ、話の内容を考えると秘匿されていると考えた方が無難ね」

 フェンは嘆息する。

「頼もしい限りだな、おい」
「私に言わないでよ。ただ、ここの封印管理者が一番物分かりが良かったわよ」
「その言葉に賭けるか。不審者一行としていきなり攻撃されない事を祈るよ」
「ちょ、ちょっと! それって、もしかして襲われたら私のせい?!」

 狼狽するフィーアの声に口角を上げながら、再度竜車をスローペースで前へ進ませる。

 相変わらず砂埃が視界を遮る。しかし、距離が近づくにつれこちらからも向こうの人影が見えて来た。

「三人? いや、四人だな。武装してるが、マナクラフトがないと分かっているのが幸いといったところか。銃器系なんか持っていたら、モロ射程内だ」

 もっとも、そんなもので狙われていたら、用心しているフェンの五感が圏の存在を感じ取っているだろうが。
 フェンはさらに、前方を探る。

「ピックがいる。圏が読めないところを見ると報告用といった所か。違った見方をするなら、報告する先があるという事だな」
「盗賊さんとかー?」
「いや、だったらもう襲ってくるか、本隊を呼びにいくかだが。そもそも、こんな隊商も配達屋も来ないような場所に、盗賊の類がいるとは考えにくい。それに、四人組の斥候に本隊への連絡要員。盗賊のやり口じゃねぇ、むしろ……」

 軍のそれだが……。こんな所に政府軍がいるのか?

「フェン?」

 黙り込んだフェンにフィーアが声をかける。

「いや、考えすぎかも知れない。フィーアの言う通り、ウィンの関係者の可能性が高い。変にかまえるより、このまま進むぞ。どっちにしろ、避けて通る訳にはいかないんだし」
「……違っていたらどうするの?」
「どうするって?」

 フェンは格子窓を振り返り、獰猛な笑みを浮べて言った。

「正面突破以外になにか選択肢があるか?」





「止まれ!!」

 お互いの姿がはっきり見える頃に、ようやく前方の人影が声を上げた。
 敵意を感じないが、フェンが気にかかったのは彼らの服装である。

 軍服。軍人か。マジでこの先に政府軍が常住しているのか?

 マナ枯渇化現象により、人民の不安と不満は日々増大している。それを押さえ込む為に軍は人手不足気味だ。いくら、人民に知られたくない場所とはいえ、役人ではなく軍の人員を割くとは。
 それ以上にフェンには気にかかる事があった。

 気のせいか? 声に聞き覚えがある気がするのは……。

「何者だ?」

 別の一人が問いかける。その声にも聞き覚えがあった。フェンの記憶の琴線にふれ、何かを呼び覚まそうとしている。そして、それ故に一瞬、返答が遅れた。

「空の裂け目を繕うモノよ」

 竜車から降りたらしく、フィーアの声が竜車後部から聞こえた。
 困惑の空気が周囲を支配する。

「……何だ、それは?」

 扱いに困ったような声に、フェンは苦笑する。
 何も知らなければ、訳の分からない言葉。ただ、軍では符丁の類は良く使われる。
 フィーアの堂々とした声音が、より困惑に拍車をかけているだろう事は想像に難くない。

「降りろ」

 御者台の方に周ってきた兵士がフェンに命ずる。いくら視界が悪いとはいえ、さすがにこの距離では、お互いの顔が認識出来た。

「……ハタラ?」
「え? もしかして。フェン……か?」

 フェンという名を耳にして他の兵士も御者台の方へ駆け寄る。

「おい! マジかよ!」
「生きていたのかよ! この野郎!」
「便りがねぇから、半分諦めてたんだぞ!」
「エカ、デカ、トゥナ。お前等、どうしてここに!」

 ほったらかしにされたフィーアとアインスは顔を見合わせた。
 アインスがトコトコと御者台の方へ歩いていく。

「フェンお兄ちゃん。このおじさん達、誰?」

 瞬間、空気が凍りつく。
 その言葉は残酷かつ致命的すぎた。

「フェ、フェン。このコは?」

 辛うじて即死を免れた、最初にフェンに声をかけた兵士――ハタラが尋ねる。

「あ、ああ。旅の連れなんだ。依頼で護衛をしている」
「お前、護送屋になるんじゃなかったのか?」
「護送屋をしてたんだが。まぁ色々あって、今は休業中だ」
「まぁ、なんでも良い。どこにいくつもりだったかしらんが、当然隊長にも会っていくだろ?」

 フェンはその言葉に眉を潜めた。

「やはりコーティーもここにいるのか?」
「当たり前だろ。オレ達、隊長以外の下につくつもりねぇし」
「しかし、なぜこんな所に? コーティー程の人間が」
「まぁ、オレ達も色々あったんだよ」

 フェンは仕草で竜車から降りた魔女達に戻るように指示する。

「しかし、お前が出て行って何年だ? 四年になるのか? 大きくなったな」
「五年だよ、ハタラ」

 懐かしそうに目を細めるハタラに、答えるフェンの表情が少し陰った。
 彼らはかつて、黒の盗賊団に襲われたマナ採掘所より、フェンを保護した部隊だった。





 ハタラ達に案内された場所は、簡素な石造りの家――というよりも遺跡が建ち並ぶ陣営だった。遺跡を住居として利用しているようだが、政府軍とは思えない侘しい風景だった。
 ただ、その遺跡の中心に石ではない何かで作られたドーム状の巨大な遺跡が目についた。その中身は大よその予想が付く。

「久方ぶりだな。フェン」

 兵士達の間を割って、外見年齢が五十過ぎに見える男性が姿を現す。フェンが知る限りは実年齢もほぼ同じはずだが、それを感じさせない力強さを感じさせる。

「コーティー……」
「先ほど、エカ達に聞かされた時には正直驚いたぞ。もう会えないものとばかり思っていたからな。我ながら無駄に長生きをしていると思っていたが、こういう巡りあわせがあるのなら、それも悪くないものだな」

 フェンは耐え切れないように目をそらした。

「すまない、コーティー。オレは――」
「良い。気持ちが分かる等と軽々しい事は言わん。だが、お前がお前として生きていく為に必要だったのだろう」

 気にするなと彼は笑みを浮べる。
 フェンは改めて彼に目を向けた。

「コーティー。なぜ、ここに? 異動はともかくとして、あんた程の人間なら大きな街の政府軍指揮官になって当然だろう?」

 フェンの言葉にコーティーは苦笑する。

「買いかぶるな。多少の武技自慢が通用するような、軍上層ではない。あそこは魑魅魍魎が跋扈している。派閥争いがうっとうしくてどちらにも付かなかったら、ここに配属された。左遷というのだろうな。後悔はしてないが、部下達には申し訳ない事をした」
「あんたらしい」

 自然とフェンの口角があがった。
 かつて知っていた彼とは、年月は過ぎていたが、その根本は変わっていない。
 コーティーが、フェンの後ろに控えている魔女二人に目をやった。

「時にフェン。あのお嬢さん方はもしや――」

 皆までいわせずフィーアとアインスは一礼する。それは五百年前、ウィザード風のものだったが、彼女達なりの敬意だった。

「空の裂け目を繕うモノ。私は設計の魔女、フィーア」
「アインス、力の魔女ですー」

 コーティーは頷く。

「護送屋が同行していると聞いてはいたが、それがまさかお前とはな。運命とは奇なるものだ」
「さっそく、封印解除にとりかかりたいのですが」

 フィーアの言葉に、しかしコーティーは少し困った表情で答えた。

「すまないが、少し時間をくれないかね」

 フィーアの表情に少し険が含まれる。

「どういう事でしょう。まさか、封印解除に反対なさるおつもりですか?」
「そんなつもりは毛頭ない。その重要性もよく理解しているつもりだ。ただ、こちらとしても、フェンとは久方ぶりの再開でな。つもる話もある。
 確かにあなた方の使命は急ぐ必要はあるが、それとて今日明日といったものではないでしょう?」
「確かに、それはそうですが……」
「それに、フェンにここを発つ前に見せておくべきものがありましてな。出来れば、その後にして頂きたい」
「オレに見せるべきもの?」

 聞きとがめてフェンが質問する。

「それは明日にしよう。旅の疲れが一晩で癒されると思わないが、せめて今晩くらいはゆっくりとしていけ。エカ達とて、お前と話したかろうよ。あいつら、お前が出て行った後、しばらく魂が抜けたようで使い物にならなかったからな」

 コーティーはその当事の事を思い出したように声を抑えて笑う。
 フェンはふと周囲を見渡した。もう一人、いるはずの人物が見当たらなかった。

「コーティー。ミリヤンは? 一緒じゃないのか?」

 フェンの言葉に、彼は遠くを見るような視線で黙り込み、そしてようやく口を開いた。

「少しばかり遅かったな。半年前に逝ってしまった」
「……え?」
「近くのオアシス集落で子供を庇って、な。まったく、たいした奴だ。最後まで私はあいつに頭があがらなかった。私にはもったいない妻だったよ」
「………………」

 フェンは言葉を失くしていた。
 硬い音がした。
 見るとコーティーが自分の腰を指先で叩いていた。そこにはホルダーに収められているリングブレイドがあった。

「この五年で自慢の弟子が、どれだけ成長したか確かめたい。久方ぶりだが、手合わせでもどうだ?」





 マナ枯渇化現象が進んでいるこの世界において、すでに寿命の域に達していると言っても過言ではないはずだった。
 だが、その男が鋼鉄製マナクラフトのリングブレイドを構える姿からは、それを感じさせない。足元から頭上まで、湯気のごとく立ち上がる見えざる何か。それは対峙するフェンは勿論の事、見物に回っている兵士達、そしてフィーア達の肌を突き刺す。

「怖い……」

 素直な感想を口にして、アインスはぎゅっとフィーアにしがみつく。

「本物の武人。そう言える人がまだ残っていたのね」

 先に仕掛けたのはフェン。時間が経つほど、飲まれるだけだと骨身に染みている。
 戦いは派手な技の応酬でも、高度な心理戦でもなかった。
 元よりリングブレイドは切る事に特化した武器。クラフトの機能を使うなら別だが、勝敗を握るのは圏の読み合いと、スピード。
 軍の一握りのリングブレイドの使い手が恐れられるのは、何もリングブレイドそのものが、特別に優れた武器だからという訳ではない。使いこなす為に必要なフィジカルの強さ、スピードと体さばきを維持するタフネス、間合いを支配する圏という概念。
 リングブレイドを使いこなす為に必要な力量こそが恐れられる理由なのだ。
 兵士達にもリングブレイドを所持している者が何人かいたが、それらが食い入るように師弟の闘いを見ている。
 凄まじい速度の応酬だった。
 フィーアはかつてフェンとデザートベアの闘いを遠目で見ていたが、それはエゴクラフトの機能をフルに使ったもの。だが、フェンが純粋にリングブレイドの使い手としても一流である事を、この時初めて知った。
 二人の動きが唐突に止まった。決着が付いたのだろうが、傍目にはどちらが勝ったのか、どちらが優勢だったのか、理解出来なかった。

「強くなったな、フェン。戦いとはなんたるかを良く理解出来ているようだ。教え残しがあったと思っていたが、杞憂だったようだ」
「へっ、それでもあんたを越えるにはまだのようだ。弟子が師を越えるのが最大の恩だと言っていたが、いつになったその恩を返せるんだか。……それに」

 フェンは顔を逸らした。

「強くなれたのは師がとびきり優秀だったからさ」
「くくっ。照れるような事を言うてくれる。まさか、お前にそう言われる日が来るとはな」

 フェンは空を仰いで言った。

「本当なら、もう一人にも言わなきゃならなかったんだ」
「もう一人?」
「何度も悪夢にうなされていた、あの時のオレを抱きしめて、励ましてくれた。安らぎというものが何かを教えてくれた。
 護送屋になると軍を出たあの時、怖くて振り返れなかった。彼女の顔を見たら引き返しそうになりそうだったから。
 でも、たかがありがとうなんて一言くらい言えたはずだろ。なんでオレは言えなかったんだ。もうミリヤンに伝える機会を永遠に失ってしまった」

 フェンの頬を涙が伝っていた。
 コーティーは父親が息子にそうするように、フェンを胸に引き寄せた。

「届いている。フェンよ、間違いなく届いている。夫であった私が保証する。あ奴にお前の気持ちが届いていると」





「へぇ、買い戻したのか、結局」
「お前がこいつら売るとか言ってた時はヤケになってると皆心配してたんだぜ。お前、こいつらを残った家族だって公言していただろ」
「言うなよ。今でもその事は後悔してるんだからな」

 夜になり、竜車近くの焚き火を囲んで、フェンと昔なじみの兵士達とで昔話に花を咲かせていた。テトラ達もハーネスから解き放たれ、フェンの脇にぴったりとくっついてくつろいでいる。
 一方、フィーア達はというと、フェンから少し離れた位置で、振舞われた山羊の肉を味気なく食べている。さすがに五年ぶりの再会とあっては、場違い感で居心地が悪い。

「人数はだいぶ減ったんだな。もっといただろ?」
「お前、そりゃこんな何もない所に家族持ちとか強制できないだろ? 隊長が他の部隊への異動や、職場の斡旋してまわったんだ。まぁ、普通はそうそう出来る事じゃないが、そこは隊長の人望だな」
「まぁ、コーティーは顔が広かったからな。それが、軍上層部にうっとうしがられたんだろうな」
「あー。それはあるな。隊長の元には自然と人が集まっていたからな。新しい派閥が出来るのを恐れられたのかもな」

 会話の流れを聞いていたアインスがふいに言った。

「えーと? つまりここにいる人達ってお嫁さんとか、恋人とかいなかった人ばかり?」

 ストレートすぎる故の鋭利さ。しかも外見年齢十二歳の言葉だ。
 屈強な兵士達をして、血を吐かんばかりの攻撃だった。
 さすがにフィーアが慌ててアインスの口を塞ぐ。手遅れだが。

「当事のフェンってどんな様子でした?」

 引きつった笑顔でフィーアがごまかすように質問する。
 言われて兵士達は顔を見合わせた。

「暗いくせに――」
「超生意気?」
「おい、エカ、デカ。それはないだろう」

 心外だとばかりにフェン。しかし。

「だって、お前。目上のオレ達に初めからタメ口きいていたろ」
「かと思うと、変なところでブツブツ呟いていたり」
「リングブレイドの訓練なんて、隊長に本気で切りかかっていたろ。余裕であしらわれていたとはいえ」
「ぐっ」

 形勢不利を悟って、フェンは作戦変更して口を閉ざす事にした。

「しかし、元気でやっているのが分かって安心したよ」
「今の世の中。一度別れたら、それが永遠の別れなんて珍しくないからな」
「……まぁ、な」

 相槌をうつフェンの脳裏にはミリヤンの笑顔が浮かんでいた。





 翌日、コーティーが僅かな部下と共にフェン達を案内した。

「見せたいものがある」

 コーティーのその言葉にフェンは皆目検討が付かなかった。
 魔女の封印に案内すると言うのならまだ分かる。その為にここへ来たのだから。

 それ以外でこの僻地で、わざわざ見せたいもの。そんなものが?

 しかし、それは現地が近づくにつれ、理解出来てしまった。説明はもはや不要だった。
 血が沸騰し、視界は赤に染まる。竜車のハーネスを握る手に力がこもり、震える。
 そこはオアシス集落――であったと思われる場所だった。
 オアシスの名の象徴と言える水場は枯れ果て、建物はそのほとんどが破砕されていた。
 ここで何があったのか。聞くまでもなかった。
 ただの盗賊なら建物まで破壊しないし、そんな方法もない。想像を絶する竜巻? ではこの砂漠並みに枯渇したマナはなんだというのだ。マナを食らう竜巻などありえない。
 世界中でマナ枯渇化現象が進行しているとはいえ、全てが均等という訳ではない。グローリアのような特別な例は除外するとして、地脈、風脈と呼ばれる世界を循環していたマナの通り道が複数重なりあるような場所は、かつてほどではないにしても水と緑豊かな大地を保っていた。そして、そこに人々が集い、街やオアシス集落となるのだ。
 逆に本当にここがオアシス集落であるならば、マナに満ちた地であったはずだ。

「半年前の事だ。このオアシス集落が奴らに襲われたのは」

 コーティーの言う奴ら。それが何者なのか、フェンは確認する必要すらなかった。

「黒の盗賊団」

 生命、モノ、マナ、全てを奪い破壊し尽す者達。

「こんな所にまで、奴ら来ていたのか」
「ああ。私もまさかと思ったよ。いくらなんでもここまで出向いて来るとは」

 半年前?
 フェンの脳裏に引っかかるものがあった。

「コーティー……。ミリヤンはもしかして――」
「そうだ。ここに買出しに来ている所だった。異変に気付いて駆けつけた時には、もう全て終えて、奴らが撤退するところだったよ。……また、私はやつらに無力だった訳だ」
「ゴーレム相手に何が出来る。政府の認識が温いんだよ。兵器級マナクラフトを何の為に所持してやがんだ。……だが、これで奴らに対する貸しが一つ増えたよ」

 フェンの言葉に対して、コーティーは首を横に振る。

「フェン。私はミリヤンの仇をお前に望んでいる訳ではないし、あ奴もそうであろう」
「……そうだな。でも、ならばなぜここへ?」
「奴らの事で一つ情報がある。これはあえて上に報告していない」
「どんな情報なんだ?」

 フェンの知る限り、コーティーは実直な軍人だ。そして上への報告義務を無視など、するような人物ではない。

「奴らに軍が対抗出来ない理由は二つある。一つはゴーレムという兵器級マナクラフトを所持している事」

 破砕された建物。その全てがゴーレムの手によるものだろう。人の形そのままに何倍もの大きさ、何十倍もの質量をもつ金属の塊。生身の人間がどれほど数をそろえようと敵う相手ではない。
 政府幹部が首都から兵器級マナクラフトを動かそうとしないのも、黒の盗賊団を恐れての事だ。

「そして、神出鬼没。実際に襲われるまで接近を気付かせず。そして、事が終わると砂塵の如く姿を消す。ゴーレムのような巨大なものまでもが、だ」
「そうだ、それが奴らの特徴だ。それが?」

 コーティーの言った事はフェンも良く知っていた。何よりも襲われた現場にいたのだ。その恐怖、憎しみは骨身に刻まれていた。

「だが、私は見たのだ。奴らが消える瞬間をな。黒い穴、表現が正しいかどうか分からないが、そんなものが突然現れた。そして、奴らはその中に消えていった。ゴーレムもな。そして、全てが消えた後、黒い穴そのものも消えた。
 正直自分の目を疑ったよ。そして、これが現実ならば、ただでさえ動きが鈍い政府軍が、さらに一部の特権階級を守る為にしか機能しないと思ってな」

 フェンは思わずフィーアを見やった。

「ゲートね」
「ゲート?」
「ポータルが定められた場所から場所へと転移する為のものなら、ゲートは自在に転移先を設定できるものよ。現政府が再現できないマナクラフトの一つでもあるわ」

 フィーアの目に暗い光が灯る。

「これで確信が持てたわ。ありえないと否定したかったのだけど」
「何の話だ」

 聞きとがめ、フェンが詰問するように問いかける。

「ゴーレムを駆り、ゲートを操る。そしてマナを奪いつくし、何よりも彼ら自身が黒の盗賊団を名乗っている事。どれも単体なら違う可能性も考慮するけど、全てを一とするならば答えもまた一となる」
「だから、いったい何だってんだ!」

 フェンは声を荒げた。ただでさえ、半年前の現場とはいえ、黒の盗賊団の犯行場所にいるのだ。平静ではいられない。
 だが、フィーアの次の言葉を聞いて二の句が告げられなかった。

「黒の盗賊団には間違いなくウィザードがいるわ。それも五百年前からの生き残りがね」




「チャヤ=サットゥ、それが彼の名。そして、黒の魔法使いの二つ名を持つ者。本来、ウィザードの二つ名は尊称であるのだけど、彼のそれは同時に蔑称でもあったわ」

 今、フェン達はコーティーによって隠されていたポータルを通じて、魔女の封印へと続く通路を歩いていた。

「蔑称……そのウィザードは何か罪を犯したのですか?」

 コーティーの言葉にフィーアは肯定とも否定ともとれないため息をつく。
 代わってアインスが答えた。

「平民の人達を使って、魔法の実験台にしていたの……」

 稀代の魔女の知識、そのほとんどはフィーアに受け継がれているらしいが、黒の魔法使いについてはアインスも知っているらしい。それほどの人物だという事だろう。

「実験台か……。たしかにロクでもない事だが。魔法文明時代は平民の地位はウィザードのそれより低かったんだろ?」
「確かに。平等とはお世辞にも言えなかったわよ。だからと言って虐待していた訳でもないの。
 そもそもゴーレムのような兵器級マナクラフトは例外として、マナクラフト本来の役割は平民の利便性の向上の為だったのよ。
 マナクラフトが魔法分野で非主流だったのも平民の為の研究とされていたからよ。ウィザードは平民が使うレベルのマナクラフトで出来る事は、魔法の行使によって実現出来たから」
「理屈ではあるな。だが、理屈に合わない事もある。五百年前に存在したウィザードが、なぜ今なお存在しているんだ? お前らのように封印でもされていたってのか?」

 フィーアは首を横に振った。

「マナよ」
「マナ? どう言う事だ?」
「黒の二つ名が蔑称とされた理由。それはアイが言ったように平民を魔法の実験台にしていた事もあるんだけど、それだけじゃない。平民の肉体に宿るマナを奪い、自分に注入していたのよ。それによって己の若さを保っていたの」
「まるで人食いだな」
「そうね。人に宿るマナは時と共に力を失い、やがて枯渇し肉体は滅ぶ。これはウィザードであろうと人間である以上、逃れられない事。
 だけど黒の魔法使いはその自然の摂理とも言えるものを破り、人間としての触れてはならぬ領域に手を染めた」
「それ、誰も止めなかったのか?」
「勿論止めたわ。彼は平民を多数殺戮した罪で幽閉された。幽閉で済んでしまったのは、フェンの言う通り身分差のせいね。ただ、そのままであるなら彼はいつかは歳を経て死ぬだけだったでしょうけど……」
「クーデターか?」
「ええ。恐らくレジスタンスが討伐する為に開放したんだと思うけど、黒の魔法使いを幽閉する為に、稀代の魔女を含め、多数のウィザードが協力した。そんな存在をレジスタンスだけでどうにか出来るはずもないわ。
 黒の盗賊団の存在が確認されたのはここ数十年だけど、この五百年間、人間のマナを食らい続けてきたと思っていいでしょうね」

 フェンが吐き捨てるように言った。

「冗談じゃねぇ。ウィザードだろうが、黒の二つ名がどうだろうが、オレが止めてやる!」
「そうね。それに関しては私も全面的に協力するわ。ウィザードの名誉を汚す者。放置する訳にはいかない」
「あたしも協力するー」
「ええ、アイ。そして、あのコも彼の存在を許さないでしょう」

 全員が通路の先の部屋に辿り着いていた。
 フェンにとって三度目の魔法陣の牢獄。
 中心にいるのはフェンと同年代くらいの少女だった。

「さぁ、目覚めなさい。ビー。共に使命を果たす為に」

 フィーアにより魔法陣のミスティックコードが崩壊していく。
 目を開いた中心にいた少女は、身体の具合を確かめるように軽く手足を動かした後、ミスティックコードの残滓を払いながら、急ぐでなくこちらへと歩いて来る。

「おかしな気分だ。初めましてになるのか? フィーア、アインス」
「直接会うのは初めてだものね。封印下で意思のやりとりがあったとはいえ」

 フィーアは掌をフェンの方へ向けた。

「彼がフェン。私達の――」
「切り札って訳か。よろしく、フェン。あたしはツヴァイ。物質の魔女、ツヴァイ」

 差し出された手を、しかしフェンは受け取らず眉を潜めた。

「切り札って何の事だ?」

 今度はツヴァイが眉を潜め、そしてフィーアを見やる。

「まだ、話してなかったのか?」
「ええ。まだ一人――いいえ、肝心の一人が残っているでしょう」
「確かにそうだが……。何も教えないまま、あいつの所に行く気か?」
「……正直な所、この事については何が正解か、私にも分からないの。だから、自然にまかせようと思っている。あなたは反対?」
「反対……と言いたいところだが。そう言うには対案がないな。フェン、あんたは今の状況に納得しているのか?」

 フェンは肩を竦めた。

「どうせ、いずれ分かるんだろ? だったらいいさ」

 それに、と続ける。

「黒の盗賊団を潰すのに手を貸してくれるなら、後払いでも十分さ」
「黒?」

 再びツヴァイが眉を潜める。声に嫌悪が感じられたのはフェンの気のせいでないだろう。

「ビー。黒の魔法使いがまだ生きているみたいなのー」
「……まさか。今だ平民を犠牲にして?」
「そのまさかよ。彼は生き続けている。人間のマナを食らい続けながら」
「なるほど」

 ツヴァイは右手を上げた。その指先は何かを握っているかのように曲げられている。
 一瞬、ミスティックコードが空間を走ったかと思うと、そこには一振りの剣が握られていた。そして次の瞬間、それは床に突き立てられた。この部屋の材質は今だ不明だったが、少なくとも、石などよりもよほど硬いはずだが、剣先はあっさりと床下に沈んでいた。

「言われるまでもない。あの外道を滅ぼすのに貸し借りなんていらない」

 その様はローブ姿でありながら、童話の騎士を思わせた。
 そして、再びフェンへと手を差し出す。今度こそフェンはその手を握り返した。

「稀代の魔女から武器術を受け継いでいるんだってな。暇を見て手合わせ願いたいね」
「喜んで!」

 ツヴァイは破顔した。
 それはフィーアの微笑みとも、アイの無垢な笑みとも違うものだった。
 こうして、フェンの元に三人の魔女が集った。
 残る魔女は後一人。


 第五章 完






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