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四分割の魔女−第九章  −黒の魔法使い−






「あら意外。ミミズやムカデが食べられると思った。思ったのに」

 山羊肉の香草包みを口にしながら、ドライはそう言った。

「えー。ライは大丈夫なの?」
「大丈夫かどうか分からない。だって、食べた事ない。ないもの。図書院の本で見た限りじゃ特に嫌悪感はなかった。なかったけど。匂いとかが独特だったりするの?」
「いや、匂いはどちらかというと、香辛料のほうが勝る事が多いな。何にしろ、火を通す事が多いから、焦がす匂いがする程度かな」
「ふーん。味は。味はどう?」
「さすがにこの山羊肉にはおとるな。が、食べられないほどではない。そもそも一般的には山羊肉とかは高価だし」
「みたいね。図書院の本で知るかぎり竜種蓄温類、無骨種や甲節種が一般的なものみたいだけど」
「そうだよー」
「まぁ、その地の理(ことわり)あらばその地の理に従え。その言葉通りよね。フェンに迷惑をかけるつもりはない。ないわ」

 アインスとツヴァイは一瞬フィーアを見るが、彼女は聞こえていないが如く黙々と食べ続けている。ただ、無骨種、甲節種と言葉が聞こえた時、微かに身体が震えていたが。

「そのまま、食べながらでいいが聞いて欲しいんだが」

 フェンが魔女達の耳目を集める。

「ホープが黒の盗賊団の根城になっているって件だ。これから具体的にどうすればいい? こんな目と鼻の先で野営なんぞしているが、向こうが気付いてないって事はないよな?」
「まずない。ないわ」
「そうね。あれだけ派手な戦闘したんだもの。気付くなという方が無理ね」
「知らなかったとは言え、手加減できる相手でもなかったしな」

 ツヴァイはため息をついた。

「いずれ……とは思っていたが。よもや、ここでと相対する事になるとはな。あるいはあたし達の、稀代の魔女の因縁なのかもな」
「因縁?」

 フェンはその言葉を聞きとがめた。

「黒の魔法使いが平民迫害を理由に幽閉となった際、抵抗した奴を打ち倒したのが稀代の魔女。
 稀代だけではなかったとはいえ、稀代の魔女の存在無しには、黒の魔法使い妥当はありえない。ありえなかったわ」

 坦々とした口調のドライ。その瞳に映る焚き火の内に、ちらちらと変わらぬ狂気の火が見え隠れしていたが。
 フィーアが額を押さえていった。

「ただ、その言葉を返せば、稀代の魔女に匹敵しうるものがある。そう言う事なのよね。
 黒の魔法使いは平民を実験に使っている。公然の秘密ながら、なかなか討伐の声があがらなかったのも、そのあたりが実情なの」

 稀代の魔女の力。それは昼間のストームワームとの戦いで見たばかりだ。
 それに匹敵しうるウィザード? フェンはこれから戦うであろう相手、そして仇である事を横においても、純粋にそれがどんな存在であったか気になった。

「どんな魔法を使うウィザードだったんだ?」
「主流分野の魔法はほぼ極めていたわ。非主流分野ではマナクラフトと生体マナの移植ね」

 フィーアの言葉には少なからぬ嫌悪が滲んでいた。

「生体マナの移植? それって、もしかして」

 彼女は頷く。

「ええ、以前に言った平民のマナを食らう為の技術。恐らく応用次第では、素晴らしいものにも変化したでしょうに。マナ欠乏症の根治すら可能だったでしょうね」

 フェンは考え込んだ。以前に聞いた時には黒の盗賊団憎しで、そこまで深く考えなかったのだが。

「なぁ、なぜそいつは人間からマナを奪う? マナは人間だけに宿るものじゃない。万物に宿るもの。いくら、マナ枯渇化していっていたといっても、まだ地脈、風脈には十分なマナが循環していたんだろ? 五百年前の話なんだし」
「フェン。一口にマナと言っても、実は種類があるんだ」

 ツヴァイがアインスを指差した。指差されたアインスは思わず、山羊肉をくわえた状態で止まる。

「例えば、アインスは莫大なマナを保有している。稀代の魔女からそれを受け継いだからだ。当然、私達の中では最もマナを保有しているウィザードだ。
 では、このまま私達が分かれたまま歳月を費やしたとする。すでに時間凍結の封印より開放されている私達は老いて、いずれは死ぬ訳だが。その寿命はアインスとあたし達で大差がない。
 その理由は彼女が保有するマナは万能エネルギーとしてのマナだからだ」

 フェンは首を傾げた。

「マナって元々そういうものじゃないのか?」
「現代ではその解釈でも問題ないと思う。どのようなマナであれ、思い通りに使おうと思うなら『抽出』という過程が必要になるからね。
 ただ、何かに宿っていたマナと、一度でもなんらかの手を加えたマナは違うものなんだ。
 後者がフェンの言う万能エネルギーとしてのマナだ。前者は宿っている存在によって種類が変わってくるが、生物に宿るマナを生体マナと呼ぶ。そして、一口に生体マナといっても宿る生物によって微妙に違う」
「生体マナ?」

 フェンは腕を組んで考え込んだ。
 黒の魔法使いの非主流分野は生体マナの移植。

「つまり、黒の魔法使いが人間からマナを奪っていたのは、自分の寿命を延ばす為には万能エネルギーのマナじゃなく、人間に宿っているマナじゃないといけなかったからって事か?
 ……でも、何か矛盾してないか? 万能エネルギーのマナは一度でも手を加えたマナ。人間から生体マナを取り出したその時点で、生体マナは万能エネルギーのマナになりはしないか?」

 それを聞いてドライの目が細くなり、その口角が少し上がっていた。

「まさに是よ、フェン。最後の矛盾も含めて、ね。それこそが黒の二つ名を冠する奴の技術。奴だけの非主流分野の魔法。生体マナを変質させずに抽出、注入する技術。
 討伐後にその魔法技術の悪用を恐れて、資料は全て破棄された。されたけど。例え破棄しなかったところで再現できるようなウィザードは、メンターか稀代の魔女を含む一門のプロテジェ数人くらいしか思い当たらない。思い当たらないわ」

 ツヴァイもドライの言葉に不服そうに頷く。

「正直言って認めたくない。認めたくないが、奴は間違いなくウィザードとしては一流、いや超一流だったと言って良いだろう」

 彼女は悔しそうに拳を掌に当てる。
 フェンはなんとなく頷きながら。

「まぁ、少なくともお友達にも、お知り合いにもなりたくない奴だと言う事は分かった。
 で、だ。話が戻るんだが、実際どうすれば良い? すでに接近が知られているなら、このままホープに入ったところで相手が手ぐすね引いて待っているはずだが。
 少なくともそれらしい圏が読めないから、今すぐ襲って来る事はなさそうだ。
 いっそ、夜襲でもかけるか?」

 アインスが手を上げた。どうやら発言権を求めたいらしい。

「何だ? アインス」
「明日にしょーめんからでいいと思うー」
「何で?」
「だって、黒の魔法使いにとってあたし達、つまり稀代の魔女は、待ちに待った復讐の相手だと思うからー」

 ツヴァイも同意して頷く。

「だろうな。これは奴に限った話じゃないんだが……。二つ名を持つほどのウィザードはプライドが高い。黒の魔法使いとてそれは例外じゃない。小細工をするより、堂々と待ち受けている可能性が高いな。
 五百年前の時だって、事前に逃げる事も出来たろうに、迎え撃つ事を選んだくらいだ」

 そこまで言ってツヴァイは何かに気付いたのか、表情を曇らせた。

「ただ……」
「ただ? なんだよ、ツヴァイ」

 彼女はフェンの顔を見つめた。

「フェンの存在が、奴にとってどう映るかが気になる」
「オレ?」

 全員の視線がフェンに集まる。

「ストームワームに隷属のマナクラフトが埋め込まれていた以上、戦闘の一部始終を奴に送られているはず。そして、私達が稀代の魔女の分かれ身という事も理解しているだろう。
 アインスが言った通り、稀代の魔女は待ちに待ったと言って良い相手だ。だが、フェンはそうじゃない。そして、黒の魔法使いは黒の盗賊団と同義ではない。
 最悪の場合、フェンが黒の魔法使い以外の全てを相手にする事にもなりかねない」
「そんな事はさせないわ。フェンは私が守る。守るもの」
「ドライ。私達は四人で稀代の魔女と同等だ。おびき出すなり、不意をつくなり出来るならともかく、相手が待ち受けている以上、私達四人で奴の相手をするのは必須だ。そして、私達四人だけなら、奴は手下に手出しさせないだろう。奴は私達を実力をもって屈服させたいだろうからな」
「ツヴァイ、話が見えない。まさかと思うがオレに引っ込んでいろとでも言うつもりか?」
「……そうと言ったら?」
「聞けねぇな」

 フェンは獰猛な笑みを浮べた。

「だったら、何の為にオレはお前から特訓を受けたんだ? 黒の魔法使いとやらをお前達が引き受けるから、残りの相手しろってなら分かる話だ。オレの仇はあくまで黒の盗賊団なのだからな。
 奴らがオレに背負わせたものを教えた事はなかったか?
 オレに何の力もないのなら理解するさ。元々、戦って勝てる相手じゃないから護送屋稼業を選び、誰かが奴らを倒すのを待っていた。
 だが、今は違う。オレには力がある。現代最高のエゴクラフターが調整したエゴクラフトと、お前がオレに教えた戦闘術。例え、お前達がオレを置いていこうと、オレ一人でもホープへいくぞ」
「しかし、相手が待ち受けている状況は想定外――」

 ツヴァイの言葉をフィーアが手で遮った。

「フェン、一つだけ約束してくれる?」
「内容による」
「生き残る事を前提に戦う事。危険を感じたら退く事。
 ……正直に言うわ。あなたに死なれたら、私は使命を果たす自信はないわ。あなたに宿る縁(えにし)の魔法以前に、恐らく私は正気を失う」
「あたしも、フェンお兄ちゃんを失うのは耐えられない……」

 アインスがフィーアの言葉の後半部分に同調する。
 ツヴァイはフィーアに問い詰める。

「フィーア。奴の手下は、恐らく奴の作ったマナクラフトを装備している。退くべきときに退く事が出来ると思うか?」
「フェンの覚悟次第よ。私達にとっての使命が、フェンにとっての仇討ちよ。止められないし、止める権利はないわ」

 そう言われてはツヴァイも反論出来ない。

「そりゃ、あたしだって……フェンを失いたくない。だから――」
「私はなんでもいいわ。フェンの意思を尊重する。フェンが危なくなるなら、さっさと黒の魔法使いを殺す。殺すだけ」

 ドライがダメ押しをする。
 ツヴァイは言葉を失った。
 フィンはフィーアに、いや全員に向けて言った。

「約束する。手に負えないなら退く」

 そして、ツヴァイの方を向く。

「悪いな、心配をかけて。だが、これも糸車に紡がれた何かなんだろう。出来すぎだろ、お前等が求めるマナクラフトのある場所が、黒の盗賊団の拠点なんて」
「糸車?」
「ああ、運命の糸車」
「時という輪が回り、事象という細い無数の糸が、現在という一本の糸を紡いでいく。フェンは神話を信じている? 信じているの?」
「さてね」

 フェンはドライの言葉に肩を竦めた。

「だが、伝説の稀代の魔女が存在した。伝説が実話だったんだ。神話だって少しは信じる気になってもいいだろう? 全ては定められていた。ここで黒の盗賊団とかち合う事も、そして、オレがそいつらと戦う事も。ついでに生き残る事も。全て運命。それでいいだろ、ツヴァイ」
「神話まで持ち出されたら、あたしには何て言ったらいいか分からないよ」
「ちっとは信用しろよ」
「フェンを?」
「お前自身を。お前が教えた戦闘術を」
「ずるいよ、フェン。そんな言い方……」

 フェンはため息をついた。立ち上がって、ツヴァイの目から零れた涙を指で拭う。

「死なねーよ。まだ旅は途中なんだ。そうだろ?」





 ホープ。そこはかつて、ウィザードが住みし街。そして、今は廃墟――というよりも遺跡に近い。
 フェン達の竜車は大通りだったと思われる石畳をまっすぐに進んでいる。時折朽ちた建物から青白い光や、小さなミスティックコードが爆ぜるのが見える。

「まだ所々に稼動しているマナクラフトがあるわね。黒の魔法使いが手を加えた可能性も否定出来ないけど。五百年の歳月を経てなお機能を失っていないなんて。マナ枯渇化現象の広がっているこの世界で……。皮肉なものね」

 フィーアの言葉にはどこか自嘲的なものがあった。

「敵がいるのは確かみたいだが……」

 なんだこの圏は?

 フェンは困惑する。圏は自身と相手の間合いを読む技術。しかし、今フェンが読んでいる圏は自分のものではない事は確かだが、さりとて『敵』のものとも判断しがたいものだった。本来、自分のものでないのならば、『敵』であるはずなのだが、まず何の圏なのか判断出来ない。
 安全圏、射程圏、確定死圏、これまでの経験のどれにも当てはまらない。強いて言うなれば、ドライとの初遭遇時に感じた確定死圏に似ていたが、それとは比べ物にならないような広域さ、そして密度の薄さ。

「まるで霧みたいな圏だ」
「そこらじゅうにいると言う事か? フェン」
「違うな、ツヴァイ。すでに圏内に入っているが、危険かどうかの判別も付かない。
 濃淡があるんだが、じゃぁ濃いところに敵がいるのかというと、たぶん違うな。そもそも圏は境界だ。その線の内外がくっきりしているもんだが、これにはその境界線が曖昧だ。
 ……まるで、でかい胃袋の中にいるようだ」
「消化されちゃうのー?!」
「いや、例えだ、アインス。ただ、胃袋の持ち主は、胃の中で消化されるモノの存在なんて意識しないだろ? 恐らく良くないものだろうって予感はするんだが、敵意、害意の類が感じられない。
 トラップの類なら圏内に入り込んでいるんだから、とっくに動いてもよさそうだが……。
 フィーア、お前の方でやばそうな、マナクラフトらしいものは見つけられないか?」
「一応、判別しようとしているけど、危険性のなさそうなのか、それ以前に使い物にならないようなものばかり。武器のマナクラフトらしきものは感じられないわ」

 フェンは、仕方がないといわんばかりの吐息がもれた。
 考えても分からないものをいつまでも悩んでいても仕方がない。

「とりあえず、どこへいけばいい? 黒の盗賊団で頭がいっぱいだったけど、そもそもここへは合一とやらに必要なマナクラフトを取りにきたんだろ」

 言ってから疑問がわいて、フェンは格子窓を振り向いた。

「待て、良く考えてみたら、なんで合一の為のマナクラフトなんて都合の良いものがここにあるんだ? ここは稀代の魔女が住んでいた街だったんだろ?」
「封印で分けたものを戻せるよーにする為だよ、フェンお兄ちゃん」

 フェンの疑問の意味に気付かないのか、怪訝そうなアインスの声。

「いや、だから。お前達を四つに分けて封印したのはレジスタンスだろ? それを元に戻すなんて都合の良いマナクラフトが、なぜここにあるんだ? まるで稀代の魔女は自分が封印される事を知っていたみたいじゃないか」

 それに対して相変わらずの平坦な口調でドライが答えを返す。

「封印したのは確かにレジスタンス。でも、封印に使ったマナクラフトを作ったのは稀代の魔女。稀代の魔女自身よ」
「何?!」

 フェンは目を剥いた。

「レジスタンスが独力で封印したんじゃなかったのか?」
「そもそも稀代の魔女と呼ばれた存在を、レジスタンスが独力で封印出来ると思う? 思うの?」
「い、いや。そう言われればそうだけど」
「あれは本来なら別のモノに使われるはずだった。ただ、稀代の二つ名を持つ者を恐れた彼らは、それを彼女に使った。遠い将来の滅びより、身近な恐怖を消し去った。哀れなのは彼らの愚かさか、それともその愚かさ故の代償を支払う事になった子孫かしら」

 格子窓から、俯いているドライの表情はうかがえなかったが、その口元に酷薄な微笑みを浮べているのは想像に難くなかった。
 フェンはドライの言葉から滅びという単語が引っかかった。

「もしかして、その封印のマナクラフト。本来の用途は――」
「フェンが今想像している通り。クレヴァスを封印する為のもの。
 そもそも封印施設アビスは一時的な処置でしかなかったのに。魔法文明と多数のウィザード達の犠牲によって成立した好機を彼らは捨てた。そして、アビスの許容限界を超えたマナドレイン現象が、世界を緩慢に殺していった。
 先が見えなかった彼らは愚か。本当に愚か。ああ、でも――」

 ドライの言葉に歪な気配が混ざる。

「本当に愚かだったのは稀代の魔女だったのかも。何故ならば愛しいヤットを失うハメになったもの。失ったもの」

 微かに耳に届く笑い声。ドライの狂気にスイッチを入れられてはたまらないと、フェンは会話の舵を切る。

「でも、やっぱりおかしくないか? 世界を滅ぼす存在を封印するマナクラフトと、それと対になるような合一のマナクラフトを作るなんて。なんで、そんなものを作ったんだ?」

 返答するドライの口調は短かったが、そこに歪な気配は消えていた。

「保険だったの」
「保険?」

 その後はフィーアが引き継いだ。

「万が一、救えるのならば。救える方法があるのならば。救いたかったのよ、稀代の魔女は」

 フェンはそのニュアンスに引っかかりを覚えた。

「その言い方じゃ、まるで――」
「ストップだ。皆」

 ツヴァイが会話を止める。遅れてフェンも気付いた。

 危険圏内に入っちまっている?!

 ホープに漂うそれとは別の明確な圏。霧のような圏に紛れて気付きに遅れた。
 舌打ちしてフェンは竜車を止めて、御者台から降りる。竜車後部からツヴァイが飛び降り、残りの魔女達も続くように降りてくる。
 ツヴァイが睨みつけている建物に、フェンも視線を向ける。圏の中心はそこだ。
 その建物は周囲の建物より一際大きかった。

 中から狙っている? いや、しかし……。

 その圏はまるでストームワームの如き危険に読めた。そう、まるでその建物それ自体が圏を生み出しているかのように。
 そして、緊張を伴った静寂は破砕音と共に終わりを告げた。
 圏を読んでいたフェン、鋭敏な勘を持つツヴァイ、そして二人の様子から警戒していた魔女達。それでも、建物を内側から砕き現れた存在には全員、虚をつかれた。
 真っ先に我に返ったのはフェンだった。

「テトラ! ペンタ! 逃げろ!」

 ハーネスを急いで外す。テトラ達は逃げる事に躊躇してフェンを見つめていたが、その背を叩くと、全力で離れていく。
 覆いかぶさるような巨大な影には見覚えがあった。忘れたくても記憶に刻まれていた。
 人の十倍近い大きさ。まるで甲冑のように、ただでさえ巨大な身体を一回り大きくしている、全身に張り付いた黒い装甲。その巨体と重量が生み出す力は、その指先の微かな動きすら、触れる全てを破壊する兵器となる。
 過去、フェンと両親がいたマナ採掘所を襲ったゴーレム、それそのものだった。

「くそっ。しょうこりもなく重装型か! 討伐時にバラバラにしたはずなのに、修復したのか?!」
「ただ修復しただけじゃないわ! こんな近くまで私が気付かないなんて。かなり高度なマナステルス付きよ。他にも昔より改良されている部分があるかもしれないわ!」
「わわっ、竜車が狙われているよー!」

 テトラ達が解き放たれた今、竜車を引く存在はない。ゆっくりと拳を振り下ろす巨大ゴーレムに抗する術がないように見えた。だが、全てを破壊する槌が触れる前に竜車の存在が唐突に消えた。

「ドライ!」
「安全そうな場所に移動させる。それより、いるわよ」

 ゴーレムの拳からずれた位置に竜車とドライがいる。彼女は視線で巨大ゴーレムの肩部分を示している。
 距離と砂埃ではっきりとは見えないが、確かに人影がいる。そして、フェンはホープを漂う霧のような圏はその人影のものと確信した。圏の中心でこそないものの、その人影が放つ気配、いや明確な悪意が霧のような圏の本質。そして、街一つ覆う悪意を放つような存在がただものであるはずがない。フェンには言われなくてもその人影の正体が理解出来た。

「黒の魔法使いか! フィーア、アインス、頼む!」

 ツヴァイが両手を突き出し、ミスティックコードの二重円を描きながら、二人に要請する。フィーアがミスティックコードで線を描き面を描き立体を形作る。そこへアインスがマナを満たす。
 マナ光が消えた後に残ったゴーレムは、昨日ストームワームを撃退したゴーレムとは、大きさこそほぼ同じだったが、違う形だった。

「探す手間が省けたよ。覚悟しろ、黒の――」
「危ねぇ!」

 フェンは咄嗟にフィーアを押し倒す。同時に残骸と化した建物の辛うじて残っていた壁が、不可視の刃で切られたように割れる。そして、同時に地面に倒れたフェンとフィーアの姿が消えた。それはまるでドライの使う空間転移のようであった。

「え、え、えー?!!!」

 状況の分からないアインスは混乱して何をすべきか一瞬見失った。だが、ツヴァイの声が彼女を我に返らせた。

「落ち着け、アインス! フィーアは無事だ。私達は意識のチャンネルで繋がっているだろ! そして、フェンに何かあったらフィーアが『黙って』ない!!」
「あ、そっか」

 魔女達の意識はチャンネルを通じて、離れていても情報のやり取りが出来る。かつてのドライのようにチャンネルを閉じていない限り、少なくとも生きているかどうかの判断は出来る。ただ、うかつにチャンネルを通じて『話しかける』と相手の思考に割り込む事になり、状況によっては危険を招く事があるが。

「それより、離れろ! 巻き込まれるぞ!」

 すでにツヴァイは自らのゴーレムの肩に乗り、発進させていた。狙うは無論、重装ゴーレム。ツヴァイのゴーレムも人間と比べれば十分巨大と言えたが、彼我のサイズ差は三倍以上だった。ツヴァイは自らのゴーレムを空へ飛ぶが如く跳躍させた。
 一方、アインスはツヴァイの言葉通りに避難し、そして側面援護すべく的確な位置を探して移動する。だが、その足はすぐ止まった。

「な、なんで」

 目の前にいる一人の男。魔法文明自体に一般的だったローブを身に纏った彼の顔と名を、彼女は知っていた。
 彼の名はチャヤ=サットゥ。黒の二つ名を持つ者。





 疑問も問いかけも不要だとドライは判断した。

 そんなものこいつを殺してから確認すればいいわ。

 目の前の男に対し、もはや網の目と形容してもいいような無数の空間断層を作り出した。だが、細切れの肉塊となりはてるはずのその男は、何事もなかったかのように暗い笑みを浮べている。

 防いだ? ミスティックコードもマナクラフトもなしで?

 いや、空間断層は確実に発生した。時空の魔女としての感覚がそう告げている。

「どうした? 稀代の分け身よ。今、何かしたのか?」

 男のいいようは難題に悩む者に対し、答えを知る優越感、そんなものを感じさせる低い笑い声を上げる。

 間違いなく、黒の魔法使い。でも、何? この違和感?

 虚像の類かと疑ったドライだが、時空の魔女としての感覚が目の前に存在するモノを是とする。

 試すか……。

 ドライは男の後ろに空間転移した。

「消えろ」

 言葉は本来不要のはずだが、自然と漏れた。男の姿が一瞬ぶれる。

「?!」

 風が生まれた。一瞬真空となった空間に向かって周りの空気が吹き込んだのだ。
 数多の魔法あれど、物質破壊を目的とするなら、その極みである空間位相のズレ。
 固体、液体、気体。物質が持つあらゆる属性とは無関係に、あらゆる物質の存在を否定するそれを受けてなお、男は何事もなく立っていて、一瞬の突風に乱れたローブの襟を正す。
 ドライは誰何せずにいられなかった。

「……お前、何者?」

 男は笑いと止めてつまらなそうに答えた。

「チャヤ=サットゥ。黒の二つ名を持つウィザードだ」





 まさか、そんな事って……。

 フィーアは驚愕していた。
 今、いるのは街の外れ。先ほどまで、見上げる位置にあった重装ゴーレムの姿が遠くに見える。
 軽く呻く声で彼女は我に返った。

「フェンッ、大丈夫?!」
「ああ、今度は完全にかわしたからな」

 立ち上がりながら、少し距離をおいて立っている男を見やる。
 フィーアは自分達の身に起こった事を振り返る。
 空間断層のズレ、そして空間転移。
 特に空間転移。空間断層のズレに気がとられたとはいえ、他人を転移させるとは。

 他人の空間転移はドライだって、易々と出来る事じゃないのに!

 時空の魔法はメンターが開拓し、稀代の魔女が発展させたもの。本来この男が使えるはずがない。
 だが、それは五百年以上前の話。彼は自分達とは違い、封印の中ではなく、自由に研鑽を積む事が出来たはず。
 命の冒涜者。時代が生んだ狂人。人の心を子宮に置き忘れて生を受けた者。数々の汚名を受けながらも、誰もが認めざるを得なかったウィザード。

「……黒の魔法使い」
「こいつが、か?」

 フェンが両のリングブレイドを引き抜き構える。

 だが、おかしい。では、あの重装ゴーレムの肩にいたのは? そして意識のチャンネルを通じてアインスとドライの困惑の感情が伝わって来る。

「あなたは本当に黒の魔法使いなの?」

 傍目には馬鹿々々しく映るかも知れない。それでもフィーアは問いかけずにいられなかった。
 時空の魔法が使えるのなら、己の時間を切り分け分身をつくる事も出来る。実際にドライがやって見せていたし、それ以前に自分達がその証そのものだ。
 だが、同一人物から分かれたとは言え、時間を切り分けた存在は各々厳密には違う存在なのだ。過去という記録、未来という可能性により再構成されたもの。
 だが、目の前にいるウィザードは、意識のチャンネルを通じて認識できる、他の魔女と対峙する男達とまったく同じなのだ。
 フィーアは設計の魔女。存在の構成を見抜く。しかし、いかなるまやかしを見破るその力がより一層の混乱を招いた。
 同一時間軸における存在の分割。稀代の魔女をして人間には不可能と断じたはずの現象が起こっている。
 男は傲慢そのものの口調で言った。

「黒の二つ名を持つのはこの私一人だ。稀代の魔女の分け身よ」





「ならば、お前以外のウィザードは何者だっ?!!」

 重装ゴーレム胸部を覆っていた外装の一部を、外側から削るように切り落とし、地面へと落下しながらドライが問う。
 彼女が駆るのは近接戦闘高機動特化ゴーレム。ストームワームの時のそれよりスリムな外見になっている。
 砲身はなく、かわりに両腕の外側がせりあがっており、手と肘それぞれの方向へ、出し入れ自在の刃が計四つ装備されている。

「ほお、懐かしい。五百年前の再現のようだ」
「グラビディウムとアクアニウムの3層装甲に対抗するには、グラビディウム製カッターを装備してあるこいつぐらいしかない。
 そして、もう一度聞こうか。お前は何者だ? お前が黒だと言うのなら他は何者なんだ」
 伸びてくる重装ゴーレムの腕をかいくぐり距離を取る。
 砂埃でお互い、顔まで確認出来ないだろうが、ツヴァイには男が嘲っているように見えた。

「全ては黒の二つ名を持つ者。そして全ては一であり、一は私である」
「分からぬ事を!!」

 轟音が響き、地面が揺れる。ツヴァイの駆るゴーレムのカッターが、重装型ゴーレムの腕の装甲の一部を切り落としたのだ。
 だが、ツヴァイは目を見張る。切り落とした部分にミスティックコードが発生し、マナで満たされたかと思うと装甲が復元されたのだ。先ほど切り落とした胸の装甲もいつの間にか復元されている。
 物質化の魔法である。

 マナが切れるのはどちらが先か我慢比べか――。

 男のゴーレムの装甲が、ツヴァイのゴーレムのカッターで切り落とせるのは、双方の素材の関係もあるが、物質の魔法によって大幅にカッターの切れ味を上げているからである。ただし、それは男が装甲の復元にマナを必要とするのと同様に、自身のマナ消耗は避けられない問題であった。
 過去、稀代の魔女が黒の魔法使いのゴーレムを征したのは、ウィザードとして桁違いのマナ保有量を有していたからだが、そのマナ保有量を受け継いだのはアインスであり、そしてアインスもまた、別の黒の魔法使いと相対している。
 ツヴァイの状況は不利とも有利とも言えない。男のマナ供給源が本人か、別にあるか。どちらにせよどれほどのマナを保持しているかが問題となってくる。
 ふと、ツヴァイの脳裏に、ストームワームの死骸からフィーア達が持ち帰った、隷属のマナクラフトの事が頭を過ぎった。

「そうか……。黒の魔法使いは一人でも、黒の盗賊団は一人じゃなかったな。手下を改造したのか。外見を似せ、マナクラフトで操っているのか」

 再び嘲りの言葉が返ってくる。

「聞こえなかったか? 全ては一であり私だと。確かに数年前までは平民どもを従えていたが。くくくっ、五百年という歳月を考えると僅差だなぁ。今の私には手足となる愚昧どもは必要ない。私が完成した日に我が糧としたよ。何、彼らも光栄だろう、黒の二つ名と一つになれたのだから」

 手下の生体マナを食らったのか。この外道が!

 内心で毒づきつつ、男の言葉に引っかかる。
 完成? なんの事だ? 己の身に何か手を加えたという意味か?
 あるいはそれが四人の黒の二つ名の理由なのかも知れないが、その答えの入った箱は高いところにあり手が届かない。

「そら、気を抜いていいのか?」
「ちっ」

 迫る重装ゴーレムの足を掠めるようにすれ違いつつ、装甲を切り落とす。旋回するとすでに足の装甲の失われた部分にミスティックコードが発生していた。

「私との闘争は始まったばかりだぞ」





「始まったばかりなんかじゃないっ! もうとっくの昔に終わったはずだもん」

 煌とアインスは閃光を放つ。

「くくくっ。そう急くな。久方ぶりのウィザード同士。それも知らぬ仲ではない。旧交を暖めるのも悪くないのではないか?」

 男は特に構えるそぶりを見せなかった。微かに見えたミスティックコードと共に男の内へと熱線が吸い込まれていった。
 これで二度目。
 物質破壊という意味では、時空の魔法を受け継いだドライが最強かも知れないが、防御が困難という意味では莫大なエネルギー量、多様なエネルギー変換能力を持つアインスが勝っている。

「これならどうだー!」

 アインスの全身からミスティックコードが弾けた。
 雷が男を縛り、その足元の石畳に放射状にヒビがはいる。さらに彼の身体を白い炎のような影が包んで躍り、その周囲に砂埃が爆発的にまいあがる。
 砂埃に咳き込みながら、アインスは目を見張った。

「そんな……」
「なかなか熱烈な歓迎だな。感謝する」

 一糸乱れぬとまではいかないまでも、乱れたローブを直しながら手を突き出した。

「さて、では私からの返礼といこうか」
「わわっ」

 幾条もの熱線がアインスに襲い掛かった。咄嗟に防御するものの、気を抜けばミスティックコードが弾け、自身が穴だらけになるのではと恐怖に駆られそうになる。

 この人。本物なの、ニセモノなのっ。どっちっ?!

 狼狽が、じりじりと押し込まれるのに力を貸していた。

「いくら稀代の分け身とはいえ、受けた借りを返す分くらいは持ちこたえてもらいたいものだな」





「ふざけるなっ。借りがあるのはこっちだ!!」

 エゴフォトンを纏ったリングブレイドが宙を薙ぐ。しかし、その場に男はいない。フェンは左のリングブレイドをホルダーに納める。

「バースト、エッジ!」

 背後に現れた男は掌で、エゴフォトンの銀光を阻む。次々とミスティックコードが生まれては散るが、空間断層が生まれるのを感じてフェンはフィーアの方へと飛び下がる。

「ほう、空間の歪みを察知するとは。
 貴様もウィザードか? そうは見えぬが。なによりもエゴクラフトなどという平民どもが使う道具に頼るあたり、ウィザードの誇りが感じられぬ」
「はっ、こちとらただの護送屋だよ。もっとも今は休業中だがな」
「彼はピャーチ=ニルの血を引く者。縁(えにし)の魔法を宿す者」
「はっ、あの愚にもつかぬ研究にうつつをぬかしていたたわけの子孫か」
「……彼とフェンへの侮辱はゆるさないわ」

 フィーアを中心に無数のミスティックコードが広がり地面を埋め尽くす。

「ふん、対時空魔法の防御陣か。そんなものに何の意味がある。いや、それがお前の限界か? 稀代の分け身よ。他の分け身も術式が偏っているようだが、さしずめ魔法を系統で切り分けたといったところか。悪くはないが、無力な分け身を作ったあたりはらしくないのう、稀代よ」
「私に攻撃は必要ないわ」
「ほう? なぜだ?」
「彼が戦う力を持っているもの」

 風のように距離を詰めるフェン。

「モード、オーバーエッジッ!」

 一回り大きくなったエゴフォトンの刃。男は受け止められぬと判断したのか、地面を滑るように後退する。フィーアによって時空の魔法は封じられてはいたが、他の魔法はその限りではない。
 いつの間にか、男の表情から余裕が消えていた。
 それを好機と見たフェンは追撃をかける。

「借りを返すぜっ! モード、ウィップッ」

 エゴフォトンのムチが男の身体を打ち据える――かにみえたが、男の足元の地面を打ち砕き、砂埃を上げるだけに留まった。

「何っ?!」
「ふん、借りとはなんの事だ? 稀代には借りこそあれ、縁には。ましてその子孫には関わった記憶なぞないが」
「ああっ、覚えてなくて当然だろう。お前にとっては、数ある獲物の一つや二つに過ぎなかったろう。だがオレにとって、掛け替えのない人達を奪っていった! モード、ショット!」

 エゴフォトンの矢が男を貫き、その背後の地面に二つの穴を穿つ。

「なるほど、我が糧となった平民の中に身内がいた。という所か」

 男は貫かれたはずの部分に手を当てる。そこは血が流れるどころか、ローブに穴すら開いていなかった。

「フィーア! どうなっている。こいつは!」

 男から目を離さずフェンは問うた。稀代の魔女から知識を受け継いだ者へ。
 目の前の男は霧の圏の根源。だが、それなら重装ゴーレムの肩にいたのは? 二人が同じ圏を放つという事があり得るのか?
 攻撃が通じない事もそれに通じる、そうフェンの勘が告げていた。

「……ここが拠点だったのは偶然なんかじゃなかったのね」

 フェンが聞いた事がないような声音。
 油断なく、身体をずらしフィーアのほうへ視線をむければ彼女の身体は震えていた。それは恐らく怒り。

「私達の。いえ、メンターの記録を辿ったのね」





「人間には不可能。
 言葉を返せば人間でなければ……。同一時間軸の同時存在。確かに可能。そして、愚か。
 なぜ魔法文明が滅びたか、知らぬ訳ではないでしょうに。ないでしょうに」

 ドライの言葉に愉快な事を聞いたとでも言う風に、男は両手を打った。

「はっ。その魔法文明を滅ぼしたモノのプロテジェ風情が何を言うか。それとも、己がメンターすらも愚かと断ずるか!」
「……ええ。そして、それ以上に愚かだったのは私達。稀代の魔女。最後までメンターをそこまで追い詰めていたと気付きすらしなかった。
 だからこそ、稀代の魔女は、私達は使命を果たす。メンターの過ちに対する贖罪は、私達が背負う。緑の魔法使いが、メンターの実子たるヤットが、己が血筋にそれを託したように」
「はっ、あの少年に何が出来ると言うのだ。貴様等も指を加えて見ていれば良かったのだ。
 使命? そんなもの必要ない。クレヴァスなぞ私が食い尽くしてくれようぞ!!」

 その言葉を終えた瞬間、それは始まった。





「ぐぅ!」

 や、やばいー!!!

 アインスは、歯を食いしばり必死に抵抗していた。
 マナドレイン現象。ウィザードの天敵にして抗する事の出来なかったもの。
 それはこの大陸において発生し。個という概念がなく、しかしてその全てが一なるモノ。その名はクレヴァス。
 しかし、そこに辿り着く前に、メンターと同じく存在の転換を果たした者がいたとは。
 引きずられていく。体外に展開したマナが、体内に保有するマナが。そして、人間として存在を維持する為の生体マナが。
 本来なら合一により、使命を可能とする為のエッセンス。しかし、それが今は分散してしまっている。
 男が嘲る。

「くくっ、どうした? クレヴァスに対峙しようと言うわりには随分と非力ではないか」




 非力か……。

 ツヴァイは歯噛みするしかなかった。
 二体のゴーレムの存在が薄くなっていく。
 男の存在がマナを無限に吸い込む渦のように思えてくる。
 ゴーレムという巨大なマナクラフト、それも片方はマナを物質化させたマナの塊と言える代物。故にツヴァイ自身が受ける影響はまだ小さなものだったがそれも時間の問題だった。
 だが、打つ手がなかった。
 彼女は物質の魔女であり、マナドレイン現象に抗する術を持たない。ならば誰なら出来るというのか。
 己に対する問いかけは、すでに答えを得ていた。
 稀代の魔女。その為にここに来たのだ。





「フィーアッ!」
「大丈夫、防げてはいるから」

 今はね。と心の中で呟く。
 対時空魔法陣から対マナドレイン現象魔法陣に切り替える瞬間に、少なからずマナを食われたが、それでもまだ持ちこたえる事が出来る。だが、意識のチャンネルを通じて、アインス、ツヴァイ、ドライの苦戦――いや、一方的にマナを搾取されている状況が伝わって来る。なにより、魔法陣そのものがミスティックコードというマナの産物である為、マナドレインを完全に防く事は出来ない。あくまで時間かせぎなのだ。

 四人の中で一番不甲斐ないわね、私は……。

 フィーアは下唇を噛む。マナドレイン現象に対する防御が出来るのは自分だけ。だが、防御しか出来ない。フェンが攻撃に回ってくれているからこそ、まだ耐えられる。
 フェンにはマナドレイン現象が通じない。故に自由に攻撃できる。しかし、そのフェンの攻撃もほとんどは男の身体をすり抜け、時折手から生み出されるミスティックコードによって阻まれるだけだ。
 今の黒の魔法使いは実体がないに等しい存在だから無理もない。
 そこまで考えて、違和感に気付いた。

 ……なぜ? なぜ、フェンの攻撃を時折防いでいるの?

 全ての攻撃が通じないなら防御など必要がないはず。

「フェンッ! エッジモードで攻撃を!!」

 それは賭けではあった。が、他に手はない。なによりも信じたかった。かつて稀代の魔女が愛した男の置き土産を。
 自らのマナを食われるのを承知で防御魔法陣を破棄する。
 そして、男へと一条のミスティックコードを放つ。ミスティックコードは、それそのものがマナの一形態にすぎない。飢えた獣に餌をやるも同然だったが、稀代の魔女としてではなく、設計の魔女フィーアとしての直感を信じた。





「あああっ!!」

 何度目になるか。気合と共にエゴフォトンを纏ったリングブレイドの刃が、男の手に阻まれる。正確には男の手から放たれるミスティックコードが描く魔法陣に。
 だが、止められたままのリングブレイドにさらに力を込める。踏みしめた足に、押し込む腕に力を込める。フィーアに何か手があると信じて。

 フィーア! これで何もなかったら今夜はミミズじゃすまねぇぞ!!

「モード、オーバーエッジ!!」

 一回り大きくなったエゴフォトンの刃が、激しく男のミスティックコードを散らせる。一瞬、手ごたえが軽くなった。

 まずいっ! 後退される!

 フェンの脳裏に焦りが走った瞬間、視界の端を一条のミスティックコードが、後ろから走り抜ける。

 フィーアか?!

 それは男の魔法陣に接触すると、魔法陣もろとも砕け散る。
 抵抗が消えたエゴフォトンの刃は、銀の尾を引いて男を肩から胸へと切り裂いた。

「がはっ!」

 それは初めて聞いた男の悲鳴だった。
 二の閃は空間転移による後退で届かなかった。
 だが、男は忌々しそうな表情で切られた場所を手で押さえている。
 血は出ていない、傷口と思わしき部分は肉も骨も見えず、青白いマナ光そのものを漏らして、塞がる気配を見せない。





 ヤット。確かに受け取ったわ。あなたが五百年かけて贈り届けてくれた武器を。

 ドライはそれまで通じなかった空間断層を放つ。
 男は肩から胸への傷口からマナを漏らしつつ、ミスティックコードで防御する。

「あら、そんな余裕あるの? あるのかしら?」
「ぐっ、おのれ」

 肩の傷口からマナの流出が増加していく。それは防御魔法陣を維持している間に加速していく。そして、その防御魔法陣も悲鳴をあげるように明滅している。
 手を休める気は微塵もない。

 この男はヤットを愚弄した。それだけで十分、八つ裂きにしても飽き足らないわ。

「消えろ」

 感情を言葉にし、空間位相をずらした。





「食らえ!」

 かろうじて、存在を維持しているツヴァイのゴーレムを重装ゴーレムの肩口まで跳ばす。
 狙うは、すでに活動停止した重装ゴーレムではなく、男そのもの。

「ぐわっ!!」

 グラビディウム製カッターが男の胴体を真っ二つに切断する。男の姿がゆらりと陽炎のようにゆれると、切断されたはずの胴体は元に戻っていた。
 しかし、ダメージとなっているのは相手から感じるマナと、何よりも怒り、憎しみ、悔しさ、様々な負の感情が混ぜられた表情が雄弁の如く語っていた。
 一度地面に着地したツヴァイのゴーレムが再び跳ぶ。四本の刃をむき出しにし、そしてツヴァイ自身も投擲用の槍を物質化していた。

「調子に乗るなっ! 分け身の分際で!!」
「今乗らなくていつ乗る!」

 槍を投げ放ち、ゴーレムを回転させ、切り裂く竜巻と化して男に襲い掛かった。





 男は全てを防がねばならなかった。
 雷も、衝撃波も、熱線も、超寒波も、風圧も、爆風も。
 今やいかなる攻撃も男の脅威であった。

「あなたはメンターの犯した過ちを、自ら掘り起こした。絶対に許さない!!」

 マナドレイン現象が停止した今、膨大なマナ許容量、貯蔵量を持つアインスを阻める者はいない。かつて革命軍政府首都グローリアのマナ源であったのだ。そのエネルギー量は洪水の如き飽和攻撃となって男に降り注ぐ。
 アインスの周囲に火花のようにミスティックコードは弾け散っている。寸前に放った攻撃に伴った魔法陣の残骸が、自然消滅する前に次の魔法陣に弾かれているのだ。
 もはや、男の防御魔法陣では、膨大な数、種類に対応しきれなくなっていっていた。

「ぐぐっ、稀代めっ、よくも!」

 瞬間、男の防御魔法陣が砕け散った。





 もはや、フォローはいらないわね。

 フェンの猛攻に押される一方の男に、フィーアはため息をついた。
 それは安堵から来たのか、それとも切なさから来たのか、自身にも分からなかった。

 まさか、マナドレイン現象に対する防御だけじゃなく、転換した存在に対する攻撃能力まであったなんて。

 縁の魔法使いは先を見る事に長けていたが、まさかこんな事まで予測していたと言うのか。ただ、彼はメンターの贖罪を、稀代の魔女だけに押し付けなかった。いつか、必ず来る時の為に盾と剣を準備したのだ。
 メンターの実子としてか、プロテジェとしてか、それとも封印された恋人の為か。それはもう聞く事が出来ないけども。





「おのれっ、縁の!」
「オレはウィザードじゃねぇ! ただの護送屋だ!」

 そう言いつつも、フェンは自分が何を起こしたのか、把握していた。
 なぜ、フィーアがエッジでの攻撃を指示したのか。なぜ、ショットやウィップがすり抜けるのにエッジやオーバーエッジが通用するのか。
 それは球。フェンは自分を中心にリングブレイドの射程よりやや外側を半径とした球状の力場が生成されているのを感じ取っていた。
 その内側では、まるで霧のような男の身体でもリングブレイドで切る事が出来る。己の内側から来る理由なき確信があった。

 これが縁の魔法って奴か? ご先祖さんよ。まったく子孫に面倒なものを押し付けるんじゃねぇっての。でも――。

 フェンはチラリとフィーアの方を一瞬見た。
 彼女はフェンを信頼しきっているように薄く微笑んでいる。

 やっぱり、一応、礼を言っとくよ。彼女達を守る力をくれて。

「そして、借りはきっちりと返すぜ、たった一人の黒の盗賊団!」

 男の胸をリングブレイドが十字に切り裂いた。





 アインスが、ツヴァイが、そしてドライが。
 そこに集ったときには、すでに決着の時だった。
 それはすでに人の形を成して無かった。四肢、頭部の名残は残ってはいるが、膨大な生体マナと、何物にも形容のし難いナニかで構成された、異物。世界から拒絶されたモノ、世界を拒絶したモノ。

「オノレ、エニシ! オノレ、キダイィィ!!」

 かつて人間だったとは思えない、高く濁ったおぞましい声でそれは叫んだ。

「フィーア」

 フェンは呼びかけてから、他の魔女達も集まっている事に気付いた。

「オレが仕留めてもいいか? 因縁の相手なんだろ? なぁ、アインス」
「いいよ、フェンお兄ちゃん」
「ツヴァイ?」
「あたしはかまわないよ」
「ドライは?」
「私の分は済ませたわ」

 フェンはフィーアを見た。彼女は薄く微笑んでいる。

「仇、なんでしょ。ご両親の。そして第二のお母様の」
「ああ」
「私は、黒の魔法使い。……黒の魔法使いだったモノが消え去るのならそれで十分よ」
「そうか」

 フェンは再びそれに向き直る。
 グネグネと動きながら、それはフェンから離れようとする。
 フェンは目を閉じた。自分を中心とした力場を拡大した。そのやり方は己の血、肉、骨、全てが知っていた。

「モード、ランス!!」

 目を見開き前方に突き出した二つのリングブレイド。その両の先端を結ぶ線を直径としたエゴフォトンの円が描かれ、次の瞬間長い円錐となり、それを貫いた。

「――!!」

 それは何かを叫んでいたが、もはや何を言っているのか聞き取れなかった。
 そして、まるでそれが初めから存在していなかったように、唐突に消え去った。
 フェンはリングブレイドをホルダーに納めた。

「黒の魔法使い。そして、黒の盗賊団の最後ね」

 フィーアがフェンの横に来て、肩に手を置いた。

「ああ。親父やお袋。ミリヤンがこんな事で喜ぶとは思わないけど、弔いにはなったかな?」
「十分だと思うわよ」

 フィーアが肩を抱いた。と、そこに別の腕が重なる。ドライである。

「ヤットの遺した力。凄かったわ」

 対抗するようにフェンの足にアインスがしがみつく。

「違うよ。凄いのはフェンお兄ちゃんだよ」
「そうだな。今を生きて、その力であたし達を救ってくれたのはフェンだからな」

 ツヴァイが正面からフェンの胸に寄りかかる。

「オレは凄いの凄くないのは、どうでもいいんだけどな」

 四方からの圧力を感じながら頭をかくフェン。

「さて、これからどうする? まずテトラ達を探して。竜車の場所はドライが知っているよな? それから合一のためのマナクラフトに直行か?」
「うー、それは」
「まぁ、なんだその」
「……別に急がなくても、なくても」

 言葉に困る、アインス、ツヴァイ、ドライ。
 フィーアが苦笑しながら言った。

「もうしばらく、このままでもいいかな? なんてね」

 調子の良い奴らだ。
 そう思いつつも悪くない思いのフェンだった。


 第九章 完






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