過ぎた願い−04page






「しっかし、どこで俺を見てたんだ? お前」
「え?」

 英二の手にした紙コップにお茶を注ぎながら彩樹は首を傾げた。
 聞き返そうとして、その前に風に流されて来た花びらがコップの中に入りそうになり慌てて振り払おうとする。

「こら、俺に当たったらどうするんだ」

 苦笑しつつ英二はすぐ後ろの大木に背をあずける。
 丘の上。桜の木々の中でも一際大きな大木の根本で二人は弁当を広げていた。
 二人とも人混みが苦手だったのでデートとなるといつもこんな感じだ。

「ほら、あの時言っただろ?」

 英二が何のことを言っているのか気付くのにしばらくかかった。

  『ずっと、あなたの事。見ていました』

「覚えてたんだ…」

 一年前の告白。その第一声だ。
 恥ずかしいのか彩樹が俯きがちに呟く。

「そりゃ…な。その後の辺りは記憶が飛んでるけどな」
「どうして?」
「あまりの事に頭が真っ白になっちまったんだよ」
「…へぇ? その割には冗談にしか聞こえてなかったみたいだったけど」

 視線が少し冷たい。
 根にもってるな、と少し引く英二。

「そ、それはともかく。俺はお前の事まったく知らなかったんだぞ?」
「それは…」
「同じ学校って訳じゃないし。確か前にどっかの女子校だって言ってたよな? 心当たりがないんだけどな。陸上大会の時とかか?」

 彩樹は少し困った顔をした後、クスッと微笑んだ。

「秘密」
「ずるいなぁ。彩樹って自分の事を聞かれるとそればっかりだろ。俺の事はなんでも知ってるクセに」
「女の子は秘密が多いのっ」

 べっと舌をだす。その仕草がかわいらしくてそれ以上追求する気が失せた。
 英二はもたれたまま背にした桜を見上げる。
 鮮やかに艶やかに人の心に震えをもたらす不思議な薄紅色。

「きれいだな…」
「え?」
「今年は特に…」

 桜の花に見とれている英二になぜか彩樹は頬を染めた。

「英二の為だよ」
「え?」

 桜から視線を外して恋人に目を向けると彼女は薄く微笑んで、手のひらにのった花びらに口づけた。

「毎年、ここに来てくれる英二の為に、…綺麗に咲こうとしているんだよ」
「そんな訳ないだろ。…あれ?」

 英二はふと首を傾げた。

「毎年…ってなんでお前がそんな事知っているんだ?」
「言ったでしょ?」

 風が彩樹の手のひらの花びらを空へと飛ばす。

「ずっと、見ていたって」






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