不運−02page
「運がなかっただけだよ」
「そう…かな」
「そうさ、キミはそんな人じゃない」
「こんな所にいたのに?」
泣きはらした顔で無理に笑顔を作りながら彼女は言う。
もう、花束を置いた青年はいない。
「ちょっとした行き違いなんて誰にでもある事だよ。それでブルーになる事だってね。ただ…」
少年は彼女の横に並んだ。
「ただ…たまたま、その日は風が強かった。そして、このフェンスはまだその時にはなかった。それだけなんだよ。キミに死ぬ気なんてなかったんだ」
「そう…かな、ほんとに」
「そうさ、だからこそここに執着していたんだろ?」
女は名残惜しそうに空を見た。もうどこにも夕焼けの名残は見あたらない。吸い込まれそうな夜の闇。雲が幾重にも重なり底の見えない沼のようだ。
大きな何かを振り切るように、彼女は溜息をついた。
「ごめんなさい。手間をとらせて」
「え?」
「…たぶん、あなたは死神か何かなんでしょう?」
女と少年の視線が重なり合う。
「どうして?」
「だって、誰にも見えないあたしが見えて…、あいつの目にもあなたが見えなかった。だからといって私と同じと言う風に見えないし…ね」
「死神とは違うけど…、でもキミにとっては同じ様なものかな。キミがここに居続ける事でよくない事が起き易くなるんだ。それだと困るモノがいて、だから僕はその原因を…排除しにきた」
少年はしばらく黙って女を見つめていたが…ぽつりと言った。
「…もう、いいの? 今のところはまだ問題ないからもう少し放っておいてあげてもいいけど」
「…未練はあるけど。…哀しいだけだから、ここにいても」
「そうか…。そうかもね。たぶん、僕には理解出来ていないと思うけど、キミがそう思う以上そうなんだと思うよ」
少年は何もない虚空に手を伸ばした。何かを掴む仕草をするとその手には一振りの鞘に収まった刀が握られていた。そして、躊躇うことなくそれを鞘から引き抜く。
表れたのは黒い刃。それを女に向かって突きつけた。
女の顔に恐れはない。それが自分を解放する何かだと感じていたから。
「じゃぁ…ね。あなたは私のようにならないでね」
「ははっ、それは手遅れかな。…もう、ニンゲンじゃなくなってるし」
「そうだったわね、かわいい死神さん。じゃぁ、ね?」
黒い刃が小さく震えた。
そして、まるで砂に描いた絵に水をかけたように一瞬で彼女の姿がかき消える。
「………」
少年は消えた女のいた空間を見つめ続けた。
消える最後の瞬間まで、女は寂しい微笑みを浮かべたままだった。
「ツマラナイすれ違いが生んだ不運。その対価には重すぎて大きすぎたね」
少年は刃を一振りしてきびすを返した。
「本当は幸せな話を持って帰りたかったんだけどね。シアワセとフシアワセは平等じゃないようだ。持ち帰るのはいつだってフシアワセな物語だ」
そして少年は刀を鞘にするりと納めた。
金属同士のぶつかる高い音が鳴った。
そして、その音が消えた時には、そこには誰もいなかった。
ただ、屋上の縁に置かれた花束が風に揺られている、それだけだった。
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