夢と現−7page
「いやぁぁっ!」
静枝は勢いよく体を起こした。
そして、気付いた。
「…え?」
そこは寝室だった。
「な、なに?」
時計を見るとまだ夫と娘が家を出てすぐぐらいの時刻。
「ゆ、夢?」
ふと気付く。
自分が外出着である事を。
気味が悪くなって、部屋を出る。
リビングに出る。
小ぎれいなテーブル。染み一つないキッチン。
とても清潔だったが何か違うような気がする。
「ここで暮らしていたのよね?」
まるで誰かに問いかけるように静枝は呟く。
まるで生活臭がない。
カタログの写真を見ているように人が暮らしている匂いがしない。
胸が悪くなった。
改めてリビングを見る。
家族で見る為に買った大きなTV。ソファに囲まれた背の低いテーブルには雑誌とリモコンがキチンと行儀良く並んでいる。
棚には数本のビデオテープと分厚い本が並んでる。
静枝の息は少しずつあがっていった。
あのビデオテープって何を撮ったっけ?
あの本っていつ何のために買ったの?
一歩後ずさった。
「なんで?」
怖かった。
自分が立っている場所が分からなかった。
「いやっ」
階段を駆け上がる。
二階へ。
そして、上がってから気付いた。
廊下にはドアが三つある。
「え?」
静枝は絶望的な思いで迷ってしまった。
どれが娘の部屋?
「そんな…」
頭の中が痺れて真っ白になって、それでも彼女は一つ一つ部屋を空けていく。
一つ目の部屋には何もなかった。
ただ、四角いだけの部屋に窓があるだけ。
「ここじゃない…」
なぜ何もおいていない部屋があるのか?
そんな事を疑問に思う事すら今の静枝には出来なかった。
二つ目の部屋も一つ目の部屋と同じだった。
「じゃ、こっちね…」
掠れた声でそう言って三つ目の部屋のドアを開ける。
何もなかった。
一つ目も二つ目も、そして三つ目も何もない部屋だった。
「そう…」
静枝はゆっくりと部屋を閉めた。
娘の部屋はどこにもなかった。では娘の部屋は?
今にも崩れそうになりながらも引き返す。
リビングを通り抜け、寝室へ。
開けたドアをそのままにベッドに体を投げ出す。
「それでも、ここにいるのが幸せだったのよ」
静枝は言った。
毎朝起きて、朝食の準備をする。
本当ならその前にする事があったはずだ。
まだ隣で寝ている夫にキスをする。
それが日課だった。
あの日までの。
「でも、今は出来ないの。だって目覚めたらあの人…いないもの」
そして、部屋のすみに視線をやる。
「そうでしょ?」
そこには少年が立っていた。今までがそうであったように目深に帽子
を被って。
ただ、少年がその手に何かを持っている。
それはまるで鞘に収まった日本刀のように見えた。
だが、静枝はそれにもなんの感情もしめさない。
…もうどうでもいい事だから。
「…これ以上、私から何を奪うの?」
「奪う訳じゃないよ。戻ってもらうだけだよ」
「同じよ。あそこには何も残ってないじゃない」
そう、ただ悲しみだけしか残っていないから。
だから、夢の中に閉じこもった。
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