鳥の声が聞こえる…
静枝は目覚めた。
「ここは?」
見知らぬ部屋だった。
畳の上に敷かれた布団から体を起こす。
「ここはどこ?」
部屋を見渡す。妙にお守りの類が壁に掛けられてある。
襖を見れば墨を使って何か書かれている。
『お母さんが良くなりますように』
ふいにその襖が開いた。
見知らぬ少女がそこに立っていた。
どこかの学校の制服を着ている。高校生だろうか?
なぜこんなところに見知らぬ少女が?
…見知らぬ?
どこかその少女に見覚えがあった。
「おはよう」
どこか少し哀しげに少女は言った。
「今日は早いね。いつもは起こしにくるまで寝てるのに」
少女は静枝の横に膝をついた。
「ほら、朝食出来てるよ、母さん」
静枝の心臓が高鳴る。
そう知らないはずがないのだ。
その少女は…
「いつになったら母さん、元に戻るのかな。いっぱいお守りとかもらってきて、お寺とかに神社にお参りにいっているのに…」
そう言って少女は静枝の手を取った。
「そうだ、母さん。今日ね、変な夢を見たんだ。格好は良く覚えてないけど、まったく知らない人が、私は将来たくさんの人を助ける事になるんだって言ってた。でも、凄く々々辛い思いもするって。だからそこから逃げ出すこともできるけど、もし逃げる道を捨てるなら一つだけ願い事を叶えてくれるって」
少女はとった静江の手を頬ずりした。
「私言ったよ。だったらお母さんを起こしてって。だってどんなに辛くても怖い目にあってもお母さんにもう一度名前呼んでほしいんだもの。…でも、やっぱり夢だよね。エヘヘ、だってやっぱり母さんはこうして―」
「…静香?」
まるで時間が止まったようだった。
それまで手に頬を当てていた少女は目を見開いて静江を見ていた。
「…え? 今なんて言ったの?」
「静香…なの?」
面影はある。確かに娘の静香に似ている。
でも、あの時たしかに車に乗っていたはずでは…
そして、少女の腕に気付く。
制服のすそにかろうじて隠れている火傷の痕。
「静香…なのね?」
「母さん…私の事…分かるの?」
静枝の頬を一筋の涙が流れる。
「静香よね? 私の娘の」
瞬間、少女は勢いよく立ち上がって部屋の外へ掛けだした。
「おじいちゃん、おばぁちゃんっ!! お母さん、元に戻ったよっ!!」
涙混じりの叫び声。
やがて、複数の慌ただしい音が聞こえてくる。
『だから、言ったんだよ』
声が聞こえた。
もう部屋には誰もいないのに。
「ここが私の居場所なのね?」
『過ぎてしまった時間はどうしようもないけど』
「これから償っていくわ」
『うん、がんばって』
「…ねぇ、娘が差し出した対価って」
『…途方もない。あきれるくらいどうしようもない事象。それに立ち向かうこと』
「そ、そんな事をあの子にっ!? だ、ダメよ。かわりに私が」
『無理だよ、それは彼女の物語だから。あなたはあなたの物語を生きるしかない。でも、彼女の事を思うのならあなたに出来る事はあるよ』
「それはっ?」
『あなたの物語で精一杯彼女の物語を支える事さ』
そして、少年の声は消えた。
ただ、最後に微かに耳に届いたのは気のせいか。
『まだ、再開したばかりだけどね』
再び、少女が、いや娘が部屋に戻ってきた。
「待ってて、今みんな来るからっ」
「ええ、いくらでも待つわ」
静枝は心の中でそっと付け足した。
だって、いままでずっと待たしてしまったから。