そう、これは夢だ。
夫も娘も何事もなく、遊園地に行ったはずなんだ。
これは夢なんだ。
ほら、もうすぐ目が覚めるから…。
「でも。それでもここは夢なんだ。あなたが否定した方が現実なんだ」
「…夢の中にいるのがそんなに悪い事なの?」
「別に悪い訳じゃないよ」
「だったら、いいじゃない。私はずっと夢の中にいたいのよ」
「あなたには待っている人がいるよ」
静枝は笑った。涙を流しながら。
「どこにも誰もいない。ここだけが私のいるべき場所なの」
「違うよ」
少年はきっぱりと言い切った。
「ここはあなたのいる場所じゃない」
「じゃぁ、どこにあるのよ、私の居場所はっ!」
「現実に」
「ないって言ったじゃないっ!」
「いや、あるよ。あなたの居場所も、あなたを待っている人、必要としている人が」
少年は鞘に入ったまま、刀をかざす。
はっと静枝は身構える。少年が何をしようとしているか分かったから。
なぜ分かったのか。それはここが静枝が作った夢だから。
「やめてっ、壊さないでっ!」
聞き届けずに少年は刀を何もない空間に向かって振り下ろす。
ガラスが割れるような高い音が響いた。
そして、寝室の風景が割れた。それこそまるでガラスのように。
「あ、ああぁぁ」
震える声で静枝は絶望の声を漏らす。
夢が壊れてしまった。たった一つの居場所だった世界が。
「さぁ、戻って」
寝室が空虚な闇だけの空間とすり替わった場所に、少年の声が遠く響く。
「あなたが本来いるべき世界に」
「あなたはいったい誰なの?」
「ただの代理人だよ。誰でもない、何者でもないモノの」
「訳が分からないことを言わないで! どうしてこんな事するの?」
「取引が成立したからさ」
「…取引?」
少年の声が遠ざかっていく。
「彼女は将来、途方もない規模の人災に巻き込まれる。彼女はその人災から逃げるという選択肢をあるモノに差し出したのさ。目覚めぬ夢からあなたを呼び戻す対価としてね」
「…彼女?」
「いつ起きるか分からない。どれだけの苦難が待ち受けているか分からない。背を向けて当たり前の未来すら受け入れた彼女の願いにあなたは応える義務があるんじゃないか? 少なくとも僕はそう思ってここに来た」
「彼女? 彼女って誰のこと?」
闇に問えど応えは返ってこなかった。