カミキリバサミ−24page
久しぶりの学校は少し懐かしかった。
終業のベルが鳴り響く。
次々と下校する生徒を尻目に、その隙間を縫うように誠は進んでいた。
「兵頭? 兵頭誠か?!」
聞き覚えのある声。
そちらを見ると目を丸くしている教師がいた。
「よう、久しぶりだな。怪我は大丈夫かよ」
「怪我というか、歯が一本欠けたよ。まったく安月給の教師に無駄な金使わせるな」
その彼は誠が退学となるきっかけとなった教師だった。
「今日はどうしたんだ、また殴るのは勘弁してくれよ」
「そんなんじゃねぇって…えーと、なんだ、その」
「?」
しばらく、誠はためらっていたが、いきなり教師に頭を下げた。
「お、おいっ」
「殴って悪かった」
「何事だいったい。何かあったのか」
「…まぁ、いろいろとな」
頭を上げた誠はまるで重たい荷物を降ろしたようにすっきりしていた。
「まるで目が違うな。惜しいな。なんで在学中にそうならなかったんだ」
「だから色々あったんだって。あんたの言う通りだった。あの時の俺に未来なんてなかった。ただ、その日が楽しけりゃ良かった」
「今は違うのか?」
「わかんねぇ。ただ、今自分が何になりたいかを探してるんだ。大検だっけ? あれ受ける為に勉強してるんだぜ」
「ほう、だが簡単じゃないぞ」
「あいにく、良い先生に恵まれてね」
ちなみに誠の言う良い先生とは金髪先生の事である。
彼は実は帰国子女で国外の大学にスキップで入学しあろうことか博士号まで持っているらしい。
難点は、金髪先生といまや正式につきあっている湊の視線が痛い事だ。
「何になりたいかはまだ決まってないけど、とりあえず大学に入って言葉に関する事を学びたいと思ってる」
「なんでまた?」
「…間違った道を選んだ奴を説得できなかった…からかな? 多くの言葉を知ればあるいはおっさん──いや、そいつを止められたかもしれないって思ってね」
「まぁ、言ってる事はいまいちよく分からないが」
教師は手の平で誠の頭を軽く叩いた。
「がんばれ。退学になって気にはなっていたが心配なさそうだしな」
「ああ、ありがとう」
ふと、遠くで生活指導の教師が誠達を指差しているのが見えた。
「おわっ、と逃げたほうがよさそうだな」
「そうだな。お礼参りと誤解してそうだしな」
「じゃぁなっ」
「おお、大検受かったら教えろよ」
教師に手を振りながら、誠は校門を目指した。
やる事、やりたい事、やらなければいけない事。
どれも山ほどある。
立ち止まってなんかいられない。
「おっさん。俺はあんたみたいにならないぜっ」
背後から生活指導の罵声を浴びながら、誠は走りだした。
カミキリバサミ 完
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