消える教室−2page






「あー、美晴おそいじゃん」
「ごめん、ごめん」

 用を済ませて教室に入ってきた美晴はふと、黒板を見た。

「数学の授業にあんなものつかったっけ?」
「え?」

 美晴が指差す方に女子がそちらを見る。
 いつからなのか、そこには円と三角をいくつも組み合わせた図形がチョークで書いてあった。

「あれ? あんなのいつの間に?」
「ねぇ男子、あれなにか知ってる?」

 教室の奥でサッカーボールを蹴りあっていた男子が黒板を見る。

「なんだ、ありゃ」
「ああ、さっき五条先生が何か書いてたじゃん。それじゃない?」

 女子は顔を見合わせる。

「何のつもりであんなもの書いたんだろう」
「明日の授業用? でも1時限目じゃないし。だいたい数学にでてくる?」
「訳わかんないなー。…あー、訳わかんないっていったら!!」

 急に素っ頓狂な声を上げた美晴に男子女子関係なく注目が集まる。

「ちょ、何よ急に。びっくりするじゃない」
「ご、ごめん。実はとなりの教室に男の子が入り込んでるんだけど、誰かの知り合い?」
「男の子って他のクラスじゃなくて?」
「ううん。私服だったし、それ以前にたぶん中学生くらいだと思う」
「なにぃ! 中学生!」
「そこのショタ、目を輝かせない」
「失礼ね、私は小さい男の子が好きなだけよ」
「いや、それをショタって言うんじゃね」

 話に男子も混じってきた。

「隣の空き教室って鍵かかってなかったっけ?」
「あたしが入った時は空いてた。あの子が開けたんじゃないかな」
「何の用があって入りこんだんだ?」
「それが、言ってる事がちんぷんかんぷん」
「いわゆる不思議ちゃんって奴か?」
「男の場合もありなのか、それ」
「実際見てきたほうがはやくね?」

 男子の数人が教室の外に出た。
 そして、そこでぴたりと足を止めた。
 そこから動かない。
 美晴を始めとして教室に残った面々は何をしているのだろうと内心首を傾げた。
 次の瞬間に全員が耳にしたのは、この世のものとは思えない絶叫だった。






 まるで危険な場所から飛び移るように。
 廊下の男子達は戻ってきた。

「おい、どうしたんだっ」
「なにがあったの?」

 戻ってきた男子の一人が教室の戸を指差した。

「自分で見てこいよ。たぶん、いや絶対言葉では納得できない」

 また悲鳴が聞こえた。
 別の男子が廊下に出たのだ。
 そして同じように危険な場所から戻るように教室に駆け込んでくる。

「ちょ、どうしよ」
「ちょっと見てきてよ」
「えー、あたしが? あんたがいきなよ」
「なんか、怖いよ」

 女子は男子の様子を見てしり込みをしている。
 美晴は意を決して戸口に向かった。
 怖さより好奇心が勝った。
 そして、男子が感じた恐怖、いやそんな生易しいものではないが他に表現のしようもない事実に絶句した。
 先ほどトイレに出たときは普通の廊下だった。
 だが、今は普通でない廊下にかわっていた。
 いや、これはもはや廊下と言っていいのか?
 床は金網状の金属の板にかわっており壁もなければ手すりもない。
 そして、いつもなら窓越しに見える校庭を含む風景は黒一色に塗りつぶされていた。

「なに、これ…」

 後から恐る々々ついてきた女子達も悲鳴を上げる。

「な、なによこれ。誰かのイタズラ?」
「そんな訳ねーだろっ! 誰がんな真似できるんだ」
「ちょ、ちょっと、こっちの窓見て。なによこれ」

 美晴はショックを受けつつも、嫌な予感に自然と足は廊下と反対側の窓に向かった。
 嫌な予感は当たった。
 いつも当たり前に見えていた景色。
 それが黒いナニカに食われていく。

「ああっ」

 完全に塗りつぶされる寸前に何人も絶望の声を上げた。
 そして、それに応えるように黒いナニカは最後に残った風景も食らい尽くした。






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