消える教室−3page






「どーよ」
「だめ、携帯通じない」
「こっちもだめだ」
「今何時?」
「時計あるじゃない」
「止まってるよ、あれ」
「え? あ、携帯の時計も止まってる」
「俺の腕時計も止まってるぞ」

 男子も女子も教室の中央に集まって、口々に異常を訴える。

「ねぇ、私達ずっとこのままなの?」

 一人が呟いた言葉に全員が静まりかえった。
 誰もが考えたくなかったこと。
 ここには食料なんてない。
 探せばお菓子くらいはあるだろうが、それが尽きれば終わりだ。
 美晴は意を決して言った。

「ねぇ、外に出てみない?」
「外って…」
「とりあえず、変になってるけど廊下には出れるでしょ。一階まで降りたら裏門まですぐじゃない」

 その言葉にすぐ追従する生徒はいなかった。
 美晴にもその理由は分かっている。
 正門も裏門もその先が黒く塗りつぶされているからだ。

「賛成」

 男子の一人が手を上げた。

「斉藤君」
「ここでじっとしてても仕方ないだろ」
「俺も斉藤に賛成」
「あたしも、何もしないほうが気が狂いそう」

 美晴の方へ男子二人、女子一人。

「他にはいねぇか」
「悪いけどパス。正直ちょっとまだ悪夢の中にいる気がして動き回れる気がしない」
「やっぱり、怖い。無理、無理よっ」
「無理強いするつもりはねぇよ。じゃ、俺、金城、軽石、鴫野が探検組みだな。あ、鴫野その非常用懐中電灯使えねぇか?」
「え? あ、そうか」

 美晴は壁に備え付けられた災害時を想定して設置されていた懐中電灯と壁から引き抜く。
 普段は壁の突起に内部の電池が遮断される仕組みになっているので、特にボタンをおさなくても懐中電灯は点灯した。
 美晴はそれを持って廊下に出た。
 まず暗闇に懐中電灯を向けたが明かりには何も写らない。
 次に地面を照らした。

「あ」
「おい、グラウンドだよな」
「とりあえず、下はあるんだな。安心したぜ」
「で、でもどうやって降りるの?」
「どうやってって、おい軽石?」

 一人階段の方へ行っていた女子に三人が追いつくと絶句した。
 まるでそこには始めからなにもなかったかのように壁しかなかった。

「そんな」

 美晴は呻いた。
 せっかく地面がある事が分かったのに階段がないなんて。
 男子の一人が壁をこぶしの側面で叩く。

「薄く張ってるって感じじゃねーな」
「でも、そう悲観する事ないんじゃないか?」

 もう一人の男子が指を指す方向を見ると、金網の床が続く先に横付けで工事現場にあるようなタラップがあった。

「重量大丈夫だろうな」
「念の為、一人ずつ降りるのが無難だろうな。もしかしたら教室に残ってる連中も使う事になるかも知れないし」
「軽石さん?」

 美晴が声をかけると、彼女はこちらを見て悲しそうに言った。

「どの教室も空かないし、誰もいないよ」

 その言葉に三人とも改めて気付かされた。
 そう、他のクラスの残っている生徒はどうなったのか。

「俺達…だけ?」
「なんでだよ、おかしいだろ」

 ふと、美晴の脳裏に閃くものがあった。

「消える教室?」

 もう一人の女子はビクッと震え、男子は顔を見合わせた。

「噂のか」
「じゃ、なにか? 消えたのは外じゃなくて俺達の方?」
「いやよ、やめてよ」

 耳を塞いでうずくまる女子を美晴はなんとかなだめようとする。

「鴫野、明かり貸してくれ」
「いいけど、どうするの、斉藤君?」
「とりあえず、一つ下に下りてみる。大丈夫そうだったら、金城、次はお前来い。鴫野と軽石は二人でも大丈夫だろ」
「分かった、気をつけてね」
「ああ、手すりぐらいつけろってんだ。安全管理がなってねぇな」

 軽口を叩きながら懐中電灯を受け取り男子は下へ降りていく。
 残った三人はかたずを飲んで見守ったが、

「おーい、金城来いよ。思った以上に頑丈だぞ」

 拍子抜けするくらいにあっさりと無事に済んだ。
 男子が降り終わった後、女子二人で一緒に降りたが、確かに多少ギシギシと嫌な音をたてるものの、足場はしっかりと安定していて、バランスでも崩さない限り落ちそうになかった。

「さて、どうする?」
「どうって、やっぱり一階に行くんじゃない?」
「というか、それ以外にどうしようもないだろ」
「やっぱり、この階の教室も誰もいないし戸があかないよ」
「まぁ、そういう事でさっきと同じ段取りでいくぜ」
「うん」
「あいよ」

 一人、二人、そして残りの二人。
 降りるのに問題は何もなかった。

「で、どうするグラウンド突っ切って正門いくか、それとも裏門か?」
「グラウンドは嫌よ、こんな真っ暗な中をいくの?」
「裏門にしようぜ、そっちのが近い」
「賛成」

 4人は頷いて、校舎伝いに裏門を目指す。
 校舎の角を曲がり、懐中電灯で少し遠くを照らすと裏門が見えた。

「よし」
「ねぇ、裏門の向こうもこんなのだったら、どうするの?」
「不吉な事言うなよ軽石。今はやってみるしかないだろう」
「まったく、こんな事ならとっとと帰るんだったぜ」

 男子の言葉に美晴の脳裏に空き教室の少年の言葉がリピートしていた。

『もう、今日は帰った方がいいよ。教室にもどらずにそのまま』

 あの少年はこうなるのを知っていた?

「鴫野? どうかしたのか?」
「う、ううん。なんでもない」
「おい、いくぞ」

 先頭を歩いていた男子が後ろを振り向きながら裏門へ歩いていく。
 いや、裏門の前に。

「どうしたんだ? お前ら」

 残された三人は声が出なかった。
 どうすれば伝えられただろう。
 それの存在を。
 怪訝な様子で懐中電灯をもった男子が前を向いた。
 校門が見えなかった。
 変わりに見えたのは赤色のうごめくもの。

「え?」

 次の瞬間、彼の胴は寸断された。
 最後まで彼は何が起こったのかわからなかっただろう。
 自分が噛み切られたということに。






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