都市伝説のピエロ−第04話






 テラー。
 先程も言っていた。
 何の事だろう。

 加奈は首を傾げたが、続く少年の言葉に青ざめた。

「テラーは物語を語るモノ。そして物語の世界を創造するモノ」

 このかが、反射的に加奈のほうを向いた。
 少年の目が鋭い光を放った。

「キミか」

 ほかの大人二人も加奈の方を見る。
 加奈は拒絶するように首を横に振る。

「私、何もしてない。確かに都市伝説のピエロの話は私が作った。けど、まさかこんな事になるなんて誰が思うのよっ!」
「まあね。同情はするよ。それに厳密に言えば君が悪い訳じゃない。ただ、君の作った物語を利用した奴がいるだけだ」
「?!」
「だけど、押し問答している余裕はない。君の物語を話してくれ。……出来れば次が来る前にね」

 ピエロ達がリングの周りを回っている。まるで獲物を狩る獣のように。
 加奈は早口で自分が創作した都市伝説のピエロを語った。
 少年はその一回で飲み込めたようで、少し考え込んでいる。

「なるほどね。とりあえず、ここから出る方法は分かったよ」
「え?」

 少年を除く4人の言葉が重なった。

「ただ、探さなきゃいけないものがあるんだけど。それはあれをどうにかしてからだね」

 少年の視線はピエロに向けられていた。
 リングを囲んでいたピエロ達がジャグリングを始めていた。
 ただ、普通のジャグリングのようにボールやクラブをトスするのではなく、チェーンソー、斧、ハンマー、巨大なテーブルナイフとフォーク等、その全てが凶器であった。

「やだ、こっちくる」

 このかがあいかわらず涙で頬を濡らしながら加奈にしがみつく。
 少年は落ち着いた声音で言った。

「もう一度言うけど。散らばらないで。絶対とは言わないけど、すくなくとも個別に逃げるよりは死亡率は圧倒的に低いよ」
「で、でも近づいて来てるわよっ!」
「さっきの玉乗りの時、なぜ僕達二人が狙われなかったと思う?」

 少年の言葉は落ち着いて、そして自信に満ちていた。
 そして、その言葉に加奈、このか、そしてワンピースの女性と浴衣姿の中年男性。4人全てが従った。
 ピエロ達の包囲の輪が狭まっていく。彼らは隣から投げたものを受け取り、そしてそれをまた隣へと順番にトスしていっている。
 これが凶器でなければ鮮やかな芸だったろう。

「そもそも、逃げる意味がない。逃げ場がないんだから。ベースの通りに一人々々殺される。逃れたいのならベースに習わないとね」
「さっきもベースって言っていたけど、ベースって何?」

 もうピエロは目の前。それでも加奈は少年に問いかけた。

「この都市伝説のピエロの元となったもの。この物語の本来のあるべき形。すなわち快楽殺人者のデスゲームさ」
「え?」

 加奈は問い返そうとして、しかし浴衣の中年男性にハンマーを手にしたピエロが襲いかかろうとしているのに気付いた。

「あぶな――」

 警告より先に信じられないモノを見た。
 少年がワンピースの女性を中年男性の方へ突き飛ばしたのだ。

「いやー!!」

 このかが悲鳴を上げる。
 しかし、惨劇は起こらなかった。
 まるで、見えない壁でもあるかのようにハンマーは中年男性と彼にぶつかった女性の手前で止まっていた。
 ピエロの表情が心なしか憎らしげに見える。

「どうした? やってみろよ」

 少年が挑発するように言う。
 そして加奈は目を疑った。
 その言葉を言う前は確かに加奈の横にいたはずの少年が、中年男性とピエロの間。ハンマーに顔が触れるか触れないかの位置にいたからだ。

 何時の間に移動したの?

「出来ないよな。お前は一度に一人ずつしか殺せない。そういうルールだからな」

 少年はハンマーの頭を蹴りつけた。かなりの重量があったはずのそれは勢いよくピエロの顔にめりこむ。そのままピエロはぬいぐるみのようにハンマーをめり込ましたまま後ろに倒れた。
 観客席から盛大なブーイングがとび、中にはモノを投げ込む骸骨たちもいる。

 一人ずつしか殺せない?

 加奈の頭に閃くものがあった。
 少年は加奈の表情を読み取ったようで。

「そう、舞台こそ君の作った物語だけど、その本質は快楽殺人者のデスゲームさ。君は脱出方法を知っているかい?」

 加奈は頷いた。

「快楽殺人者を倒す事」
「そう。しかし、ここはサーカス。倒すべきは快楽殺人者じゃない。倒すべきはピエロさ。都市伝説のピエロこそがこの虚数空間を作りあげたのだから」
「ピエロって、いっぱいいるじゃない」

 ジャグリングをしているピエロ達の包囲はまだとけていない。
 しかし、一度に一人しか殺せないというルールが知られた今、少年以外の4人は身を寄せ合っている。
 少年は奇妙な事を言った。

「僕がここに来てからピエロなんて一人も見ていない」
「じゃぁ、この周りでお手玉しているのはいったい何だって言うの」
「クラウンさ」

 あっさりと少年は答えた。






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