都市伝説のピエロ−第05話






 クラウン?

 加奈の疑問が口をつく前に少年が解説した。

「クラウンとピエロ。どちらも日本語にすれば道化師。だけど、両者は違う。正確にはピエロはクラウンの一種。クラウンはおどけ役として観客の笑いをとるが、ピエロはさらにそこに馬鹿にされる役割を担う」
「違うのは分かったけど、どうやって見分けるの?」
「化粧さ?」
「化粧?」

 ジャグリングを続けるピエロ達。いや、クラウン達の化粧は顔を真っ白に塗りたくり、目の周りが星型だったり、輪になっていたり。口元に裂けているような化粧をしているモノもいる。

「ピエロは馬鹿にされる悲しみを表現する為に、目の下に涙を描くんだ。僕が見た限りではそんな化粧の奴はいなかった」

 涙の化粧。それは加奈の記憶の琴線に触れるものがあった。
 いた。たしかに見た。

「そうだ。司会!」
「司会?」
「そうよっ、司会をしていた奴が涙の化粧をしていたわ」
「どこにいる?」
「そう言えば……あなたが来てからは姿を見ていない」
「身の危険を感じて隠れた訳か。やっかいだな」

 少年は舌打ちする。
 いまだ、ジャグリングを続けるクラウンの包囲網が解ける気配がない。
 観客のブーイングがさらに高くなっていく。投げられるモノも多くなっていく。
 ポップコーンの箱、ジュースの瓶、中には骨まで投げられている。

「?」

 床に落ちた観客席からの贈りものの中に目を引くものがあった。

 あれは……。

 思わず手を伸ばした。他の4人から離れた事に気付かなかった。
 そして、気付いた時には眼前にピッケル、上からは大きなマイナスドライバーがせまっていた。
 死。そんな事を意識した瞬間だった。
 黒い閃光、そんな錯覚をさせる斬撃だった。
 ピッケルの柄、ドライバーの先端から半ばくらいの位置が切り落とされていた。
 斬ったのは少年。手にしているのは刃が黒い日本刀。布に包んで背負っていたものがそれだったのだろう。

「急に死にたくなった?」

 少年の言葉こそ皮肉げだったが、急かしているように加奈を見えた。
 思い出して加奈は見つけたものを拾いあげる。
 それは見覚えのあるロケットだった。
 震える手でそれを開ける。

「……なんで?」

 加奈はこのかを見た。あいかわらず涙がほおをぬらしている。
 彼女の首にもロケットが下げられている。
 デパートで買ったものだ。同じものがあっても不思議ではない。
 でも……。

「なんで、あるの?」

 ロケットを開くと折りたたまれた紙片。
 広げるまでもない、折ったのもまた加奈だったからだ。

「なるほどね。うまく隠れていた訳だ」

 その言葉を言い終わる時には、少年はすでにこのかの前にいた。
 ロケットの鎖ごと、黒い刃が胸の中心を貫いていた。

「このかっ!!」

 思わず叫ぶ。しかし、鎖が切れ落下したロケットが開いた時、言葉を失った。
 中が空だったからだ。
 常に涙で頬を濡らしていたこのかは苦悶の表情の後に、にやりと笑った。

「お前の勝ちだ。外なるモノの駒よ」

 その声はこのかのものではなく、司会のピエロのものだった。
 瞬間、全ての照明が落ちて暗闇に包まれた。





 加奈は目を覚ました。

 ……え?

 ベッドから身体を起して周りを見渡す。
 間違いなく加奈の部屋だった。
 窓から漏れる光が朝である事を告げている。
 着ている服も寝巻きだった。

 ……夢? 全部夢だったの? …………でも、どこからが?

 時計を見るとまだ目覚ましが鳴るより30分も早い。
 また寝る気も起きずベッドに腰掛けたままボーっとしていると、ふいに充電器に置いていた携帯電話からメールの着メロが鳴った。

 こんな時間に?

 そして、送り主を見て凍りついた。
 このかだった。
 震える手でメールを開ける。
 それは画像ファイルだった。
『げーむくりあ おめでとう かなちゃん』
 そう書かれた画像の背景はあのサーカスの観客席。
 たった一人を除いて空席だった。たった一人の……骸骨を除いて。

 が、学校に行ったら、会えるよ……ね。

 そう思い込もうとする加奈の手は、携帯を落としかねないほど震えていた。


  完






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