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魔女の森の白き魔女−08page






 シルルの言う家を目にした瞬間、エドはしばらく言葉を失った。

「何か、作業小屋よりも…ボロくないか?」
「失礼ね」

 憮然としながらもきつく言えないあたり、彼女も少なからずそう思っているのだろう。
 細い小川と岩壁に挟まれるようにあったそれは、小屋というよりは背の低い幌付きの荷馬車を思わせた。
 屋根はどう見ても布か何かのようで風を受けて微かになびいている。
 第一、遠目に見た限りでは高さがエドの身長に届くか届かないか位で、エドより微かに背が高いシルルは、中でどうやって生活しているのか?

「あんなの、台風とか来たら終わりじゃないか」
「一応、ずっと昔からあんなままだよ。もちろん改修とかはしてるけど」
「…よく、保ったよな」
「なんの為にこんな所にあると思ってるの」
「どういう事だよ?」
「場所的に風の直撃を受けにくいのよ。ほらあの岩とかあるし周りは木に囲まれてるでしょ。それに家の高さがあの通りだから風にも強いんだよ」
「その為か…。でも良く暮らせるよなぁ、あんな中で」
「あ、それも大丈夫。見たら分かるよ」
「?」

 言われた時は意味が分からず首を傾げたが、その家の前まで来てシルルの言った事がおぼろげに理解出来た。
 目の前で見るとそれが小屋などではなくテントのようなものである事が分かった。
 それも入り口らしき部分の地面が掘ってあって階段になっている。
 どうやら高さが足りないのではなくて半分以上が地下になっているらしい。

「ようこそ」

 入り口部分の布をまくってエドを手招きするシルル。
 多少おっかなびっくりな感じで足を踏み入れる。

「へぇ…」

 内部を見渡して思わず感心の溜息をもらす。
 外から見たみすぼらしさに比べて、内部は小ぎれいでさっぱりしておりまるでさっきの入り口が別の空間に繋がったかのような錯覚すら感じる。
 テントの中はエドの身長より遙かに高い衝立によっていくつかに区切られている。
 入り口から入った所の中央には木造のテーブルに太い木の幹を切り出しただけと思われるイスがいくつか並んでいる。
 他にも見た所では木造の家具がいくつかあり、本棚まである。並べられた本は見慣れない文字で書かれたものがほとんどだったが、いくつかは施療院で似たような装丁の本を見た記憶がある。
 エドの頭の高さほどある土の壁には崩れるのを防ぐ為か何か塗りこんでおり、叩くと陶器のような音がした。

「そこに座ってて。お茶を煎れるから」

 木の衝立の向こうに消えたシルルの声が届く。
 微かに衝立の向こう側からオレンジの光が見え隠れしている。どうやら湯を沸かしているらしい。
 そっちは炊事場だろうか?

「こんなところで火を使って大丈夫なのか?」
「煙の事なら大丈夫。ちゃんと中にこもらないように煙の逃げ道を作ってあるから。空気の通り道もあるのよ」
「天井とか燃えないのかよ」
「んー、それも大丈夫。あれ、燃えないから」
「ほんとか?」
「さすがに油をかけて火をつけたら燃えるだろうけど。火の粉程度じゃまず燃えないの」

 エドはイスに座ってテーブルに肘をついたまま、やる事がないので視線をうろつかせる。
 一番興味を引いたのは圧倒されるほど本棚にぎっしりと詰まった書物だった。
 シルルは街へはでてこないはず。
 だったら、これはどうやって集めたのか。

「なぁ」
「なぁに」
「ここにいっぱいある本て何の本なんだ?」
「え? 一応、医療についての本だけど?」

 確かに、施療院で見かけた本がいくつもあった。

「そうか、医者だったっけ」
「”薬師”」

 強い口調で即座に訂正が返ってきた。

「似たようなものだろ?」
「違うよ。医者は病や怪我の種類や程度を判断して適切な治療を行い、薬師はその為に必要な薬を用途別に調合する。兼ねている人もいるけど別物だよ」
「じゃぁ、この本は全部薬師が読むものなのか?」
「ううん。そっちは本来はお医者様が読む類の」
「今、自分は薬師だって言ったんじゃなかったのか?」
「別に薬師は読んじゃいけないって訳じゃないよ。あくまでお医者様に向けて書かれたってだけで」
「でも、薬師用じゃないんだろ?」
「医者の知識も薬の調合に応用が利くモノが多いから」
「ふ〜ん」
「どうして?」

 衝立の向こうから不思議そうな声。

「これどうしたんだ?」
「これって?」

 エドは本棚を指差すが、彼女には分かりようがない事に気付いて言い直す。

「この本ってどっからもってきたんだ? 街で買った訳じゃないんだろう?」
「街で買ったよ?」

 予想を裏切る返答があっさり返ってきた。

「ちょっと待てよ。だってお前、街の人間にばれたらまずいからとか言ってたんじゃ」
「あ、そういう事?」

 ひょこっと衝立の向こう側からシルルが顔をのぞかせる。踏み台まで用意してあるらしい。

「違うよ。ローカイズの事じゃないの」
「…もしかして」
「そ。街ってのはエドが住んでる所だけじゃないよ」
「待てよ。確かに街は他にもあるけどここからじゃ近い所でも往復に数日かかるだろ? だいたいこの手の本ってそこらの街じゃ手に入らないだろ?」
「ローンズじゃ、たいていのものは手にはいるよ」
「ローンズッ!?」

 絶句した。
 そこはどんなに急いでも往復に一週間以上はかかる。
 言葉をなくしたエドにようやく衝立からポットを持って出てきたシルルが苦笑する。

「別に本を買いにいく為だけにあそこに行ってる訳じゃないよ。あくまでそれはついで。作った薬を売ってお金に換えたり生活に必要なものを買ったり…ね」

「それならローカイズで買えば…、あ」

 目を伏せたシルルを見て慌てて口を塞ぐ。

「ちょっと、この髪は目立ち過ぎて、ね。ローンズくらいの規模の街なら髪を染めておけば大丈夫だけど、こっちじゃ街の外の人間ってだけで目立つから」
「…ローンズでも髪を隠してるのか? あの噂ってここら辺だけなんだろ?」
「他にも色々あるの」

 曖昧に笑って、乳白色のカップにポットの中身を注いでいく。

「…なぁ」
「ん?」

 困惑の声に彼女は微かに首を傾げる。

「これ…なんだ?」
「…なんだと言われても。見ての通りだけど」
「悪い、聞き方が悪かった」
「で?」
「この緑色で何かコケのようなものが浮かんでる液体はいったいなんなんだっ」
「一応、お茶のつもりだけど。正確には薬茶とでも言うのかな? おいしいよ」

 お茶?
 思わず表情が引きつる。
 少なくともエドの生きてきた14年の間で見知ったお茶という液体にここまで怪しげなものは見たことがなかった。
 まだ毒薬だと言われた方が納得する。
 雑な作りだが頑丈そうな陶器のカップに注がれたそれを前にして、冷や汗をかく。
 それに気付いていないのかそれともわざとなのか、彼女はカップに手をやってエドの真正面にずらしていく。

「ほら、冷めないうちに。冷めると香りが飛んじゃうから」

『さ、冷めないうちにって言われても…』

 理性はそれを見るのも拒否しがちだが、無邪気に微笑んでいるシルルを見ていると手が勝手にカップの方へと伸びていってしまう。
 ごくっと無意識につばを飲み込む。
 恐る々々彼女の方を見るが、その表情はエドが飲んでくれるものと疑ってすらいない。

『くそうっ』

 覚悟を決めてカップの縁に口を付ける。
 まだ少々熱くて舌がやけたが、目をつぶって一口分を喉に流し込む。
 ほどなく、さわやかな香りが口の中に広がる。
 思わず、ほぅっと溜息をついた。

「どう?」
「どうって言うか…」

 言葉がなかった。
 それをうまく表現する言葉が見つからない。
 シルルが不思議そうに覗き込んでくる。
 彼女の頬にかかる真っ白な雪のような髪。白髪…噂の魔女のように…
 魔女…

「まるで魔法みたいな…」
「え?」

 思わずエドは口元を押さえた。
 自分が変な事を言ってしまった気がして真正面からシルルの顔が見れなかった。
 だが、それ以外に言葉が見つからなかったのだ。
 その緑の液体は飲んだとたん体の隅々まで行き渡り森を歩いた疲れをかき消したようで。
 今だ微かに口の中に残る香りの残滓はこの上なく心地よく。

 クスクス

 気がつくと彼女は小さく、しかし嬉しそうに笑っていた。

「どう?」

 彼女が聞いてくる。
 エドにはもはや他に答えはなかった。

「おいしいよ」
「ありがとう」

 そう言って彼女は自分の分も用意して自分もイスについた。






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