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魔女の森の白き魔女−09page






 鍋が煮立つ音が微かに響く。
 お茶を煎れる為に湯を沸かした後、今度は何かの草を煮始めたのだ。
 エドが聞くと、なんでも血の巡りを良くする薬になるとか。

「血の巡りが良くなるって…どうなるんだ?」
「そうだね。頭がはっきりしたり、疲れにくくなったり色々」

 一応これもそうだけどね、とシルルはエドの分のカップを指差す。
 ほとんど飲み終わって底に微かに残るのみだが、独特の香りはいまだに匂いたっている。

「もう一杯、いる?」
「うん」

 おいしいと感じたのでエドは素直に頷いた。
 彼女はくすっと笑って、ポットから緑のお茶を注ぐ。
 ふわっと鼻先を良い香りが漂う。

「うれしいな」
「え?」
「これをおいしいって言ってくれたのはエドが始めてだから」
「…ちょっと待て。そんなものを飲ませたのか?」

 うろんげな視線を向けるとシルルは慌てて首を振る。

「ち、違うよ。そういう意味じゃなくて」
「じゃぁ、どういう意味だよ」
「これを飲んだのは私以外じゃエドが始めてなんだよ」

 …え?

「俺…だけ?」

 そう、なぜならシルルは一人でこの森に住んでいるから。
 ずっと街の人間に気付かれないようにひっそりと。
 まるで咎人のように。

「ずっと…独りなのか?」
「…ん」

 笑っているのか哀しんでいるのか、曖昧な表情で彼女は頷いた。

「随分と独りでいた気がする。でも、今の今まで独りだって事忘れてた。…独りじゃなかった時なんて忘れちゃったかな」

 しばらく鍋の音と外から微かに洩れ聞こえる鳥の鳴き声以外は何も聞こえなかった。

「独りってさびしいものだったんだね」
「え?」
「エドが帰った後ね、思ったの。また、独りに戻るのか…て。それまで寂しいなんて思わなかったのに」

 そして、言葉を切ってすぐに首を振った。

「ううん、違う。考えないようにしていただけ。だって、これからもずっと独りなんて辛いから」

 エドは声をかけられなかった。
 何を言うべきだろう。
 エドの周りには常に人がいた。
 父親、母親といった家族。
 ロック、サラといった友人。
 学校には教師がいて、街を歩けば声をかけてくる見知った人はいくらでもいる。
 もしも、それらの人がいなくなったら自分は耐えられるのか?
 考えて背中がうすら寒くなった。
 エドの表情に気付いたのか、シルルはやや気まずげに笑う。

「ごめんね。つまんない愚痴を言って」





二人が外に出た時には空が赤く焼け始めていた。

「ちょっと遅くなったかな」

 無意識に呟いた言葉にシルルが反応する。
 その表情に気付いたのか、エドは意識して安心させるように笑った。

「大丈夫だって。走って帰ればそれで済むんだし」
「本当に?」
「本当だって」
「ん、でもごめんね。私が引き止めてこんな時間まで」
「別にシルルのせいじゃないだろ? 俺が自分でいるって言ったんだから」

 ちょっと赤くなりながら頬を書くエド。

「………」

 森の木々から洩れる赤い陽光。
 逆光に立つシルルの姿はその白い髪と彼女独特の衣服と相まって、不思議な神々しさを纏わせていた。
 彼女は言葉を無くしたエドの様子に軽く首を傾げたが、そんな仕草すらどこか侵しがたいものを感じ…。

「なぁ…」

 街の方角に目をやってエドは彼女に呼びかける。
 視線の方向へと帰る。だが、そこには彼女はいない。
 彼女とエドでは帰る場所が違うのだから。

「…なぁに?」
「また…ここに来てもいいか?」
「………」

 どこか気恥ずかしくて視線を逸らしながら聞いたが返事が返ってこなかった。
 気まずくなって視線を戻してエドは慌てた。
 凍り付いたように動かぬ彼女の表情。
 ただ、その頬を一滴の涙が伝ったいた。

「うん…」
「え? シ、シルル?」
「うん、…まってる」

 さっきまで感じていた神々しい雰囲気は消えていた。
 エドよりも身長の高いはずの彼女がとても小さく見える。
 小さくなんどもコクンと頷く彼女を何故か見ているのが辛くて、駆け足で街の方へと戻り出した。
 ただ、一度だけ振り向いてエドは叫んだ。

「じゃっ。絶対にまた来るからなっ!!!」





 【叫び岩】を過ぎ、森を抜け街に戻ったエドは家へと続く石畳の上を早足で歩いていた。
 予想より少し遅くなった。
 本当は走って帰りたい所だが、ここまで来るのにも随分と走って足が棒のようだった。まぁ、まともな道もないような場所を駆けて来たのだから当然と言えば当然と言えるのだが。
 街の手前当たりでは全身に葉や蔦が絡みついていて、酷い有様だったが魔女の森にいったのがばれないように念入りに落として来た。
 …そのせいで余計に時間を食ったが。
 途中、すれ違う人々。
 顔見知りで声を掛けてくる者もいれば、まったく見知らぬ者もいる。
 そのまったく見知らぬ者もエドが知らないだけで、この街にその者を知っている人間はいくらでもいるだろう。
 街に住む以上、孤独であるはずなどないのだから。
 名を呼ばれて、呼び返して、そんな当たり前の事ですら、彼女にとっては特別な事なのだと、そう考えると胸のあたりが苦しくなる。
 それがなぜなのか、エド自身には気づけなかった。
 やがて、エドはやや古臭い造りの酒場に辿りついた。
 まだ陽が落ちたばかりなのに、酔客の陽気な歌声が外まで聞こえてくる。
 エドの年齢を考えるとそこはまだ早いと言える場所だったが、躊躇する事無く足を踏み入れる。
 なぜなら、ここがエドの帰る家だったからだ。

「ただいま〜」

 カウンターに向かって声をかけると、どなり声が飛んでくる前にエドは手伝いの準備を始めた。
 厨房に入る前にふと、換気の為に開け放たれた窓から外を見る。
 建物の隙間から微かに覗くはずの森。もう暗くて見えないが。

「………」

 そこに一人きりでいるはずの彼女を一瞬だけ想って、きびすを返した。






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