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魔女の森の白き魔女−17page






 焦点の定まらない瞳。
 ゆらゆらと幽かに揺れる体。
 まるで夢の中にいるかのような彼女。

「誰も来ないはずだった。私達の安住の地だと思っていたここに…街の人達が現れ出したの。それも殺気だった様子で。あの魔女の伝説のせいでこの森には来ないはずだったのに」
「その原因は病の流行。病の元となるものはこの地に昔から存在していたけど、それを運ぶネズミやコウモリは滅多に街へ降りないから人間には感染しなかったの。ただ、あの年は何故かコウモリが大発生してこの森からあふれ出てしまったの」
「街の人達は次々と病にかかって死んでいったの。当時、街には医者も薬師もいなかった、たまに行商の人から薬を買うくらいで。だから、いつのまにかこれは魔女の呪いだって事になってしまった。そして、魔女を退治すれば病は消えるんだって…そんなはずないのにね」

 洞窟からはいまだに煙が漏れでて、空へと掠れて昇っていく。
 その様子は彼女はじっと眺めていた。
 斜めに傾いた太陽は彼女の表情に影を落とし、いまどんな顔をしているのか伺う事も出来ない。

「今でもはっきり覚えている。あの時の街の人達は遠目からも異常だった。見つかったら私も父さんも母さんも殺されかねなかった。でも、逃げる事も出来なかった。だって、ここ以上の住む地なんてそうは望めないから。だから、私達は逃げる以外の手段を考えた。それは原因の排除。魔女狩りに至った原因をなくそうとしたの」

 原因は病。だったら…。

「そう。病さえなくなればまた元の生活が戻ってくる。そう信じて行動した。幸い病の原因も対処法も両親が知っていたし、薬もこの山で手に入る材料で調合可能だったから。だから…その選択そのものは間違っていなかったと思う」

 間違っていないと言いながら、彼女の声は限りなく虚ろなものだった。

「間違ってはいなかった…はず。ただ、遅かっただけ。ううん、あるいはもっと遅ければ良かったのかも。ほんとに不運なタイミングだったから」

 心臓の鼓動がどんどんと早まっていく。
 喉がカラカラに渇く。
 話が進むにつれて胃が引き攣れるように痛む。
 これ以上聞きたくないという想いが強くなっていく。
 止めろっ
 早く
 早くっ!

「ちょうど、さっきみたいにコウモリに薬を焚き付けていた所だったの。街の人に見られたのは。そして、すぐに煙を吸って倒れていった、次々に」

『気に入った人間を物言わぬ人形に変えて愛でる』

「あまり吸わなかった人がいて他の人に知らせたんだろうね。まるで街の人が全員集まったんじゃないかって思うほど、たくさんの人が森へ入ってきた」
「母さんは魔女として街の人に捕らわれて…父さんはその場で殺された。何度も何度も棍棒で殴られて…」

 彼女は泣いていた。
 表情は良く見えなかったが、確かに泣いていた。
 だが、涙ではその乾いた声は潤わない。
 それどころかどんどん乾きを増していく。

「私は…何も出来なかったよ。ただ、街の人に見つからないように物陰から見ているだけで。父さんが殺された時も、…そして母さんが火炙りにされた時も。髪を隠して街に下りるのが精一杯で…。ずっと見ていたよ。火に焼かれて、煙に燻されて、苦しんでいる母さんを」

 まるで砂漠に放り出されたようだった。
 汗も出ない、舌が乾いて口内に張り付く。

「どう…して…」

 ようやく…。
 ようやく掠れた声が出た。
 まるで全力で走った後のような息苦しさに耐えながら言葉を紡ぐ。

「…ん? なに?」
「さっきの薬って、その病を流行らせない為のものなんだろ?」
「うん、…そうだよ」
「どうしてだ?」
「なにが?」
「必要ないんだろ? シルルには病はかからないんじゃないのか?」
「そうね、私がこの白い髪をもっている限りは」
「なら、なんの為にその薬を作っていたんだ?」
「え? だって、定期的にこうしておかないとまた病が流行っちゃうじゃない」
「いいじゃないか」
「いいじゃないかって…そんな事」
「だって…殺したんだろ? 俺達は」

 胸が張り裂けそうだった。
 シルルの両親を殺したのは街の住人。
 エドと同じ街に住む人間。
 知っている人間かも知れない。いや、ひょっとしたらエド自身の両親が手を下した可能性だってない訳じゃない。

「俺達が…殺したんだろ? だったらいいじゃないか、放っておけば。そして、逃げたらいいんだ。ここほどじゃなくたってシルルが住める場所は探せば見つかるさ」
「エド」

 シルルはエドを真っ直ぐに見つめた。
 それまでの虚ろさが嘘であったように、曇りなく真摯な瞳で。

「私は薬師だよ。父さんや母さん、それに死んでしまった他の一族の人達に比べれば遙かに未熟だけど。それでも私は薬師だよ。人を助けるの、学んだ知識と技術で。もしも、病の可能性を見て見ぬふりしたら、それは毒殺という手段をもって権力を握ろうとした人達と同じものになってしまう」

 見つめられて、耐えきれず目を背けてしまった。
 目眩を感じて体のバランスが崩れた。
 無意識に体勢を立て直そうとして、一歩後ろに引いた。
 彼女から少し距離が離れた。
 一歩。
 また少し彼女から距離が離れた。
 一歩。
 また一歩。

「う…あ…」

 止まらなかった。
 何か熱いものが胸に溢れて…そして、爆発した。

「うわぁぁぁぁぁっ!!」

 逃げ出した。
 わき目もふらず逃げ出した。
 泣きながら。
 何度も転んで、無様に足を引きずりながら立ち上がって。
 怖い何かに追い立てられるように。
 一度も振り向かなかった。
 とても、振り向けなかった。
 木に激突し、腕を引っ掻き、髪の毛はちぎれて。
 気付くと大きな岩に抱きついて叫んでいた。
 【叫び岩】。
 その名を示すかのごとく、大声で意味をなさない叫びを上げ続けた。
 陽が落ちて、森を闇が包み、そして意識を失うまでそれは続いた。






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