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魔女の森の白き魔女−19page






 いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
 目覚めても、閉めきった倉庫にいる為、正確な時間は分からない。
 だが、扉の隙間から洩れる光がまだ陽は落ちていない事を教えてくれる。
 体が怠い。
 いや違う、これは…。

「飢え死にしたらどうするんだよ」

 昨日の夜から何も食べていないのだ。空腹にもなろう。
 食べるものがない訳じゃない。
 何しろここはつまみに使う乾物の倉庫だ。
 だが、一応これは客に出すものであるし、それにこんなものを大量に口にした日には喉が乾いてしかたないだろう。
 ここには水がない。
 下手に口にしたら、乾きで苦しみそうな気がする。

「あー、くそっ」

 苛立ち紛れに壁を蹴る。
 予想に反して蹴り応えは軽かった。
 あるはずのない空間に足が飛び込んでいた。

「………」

 目が思わず点になる。
 何の冗談だ、これは…。
 外の景色が見える。
 どうやら昼過ぎらしい。

「…は、え、はぁぁっ!?」

 意味不明な言葉が口をつく。
 それぐらい意表をついていた。
 まさかあっさり蹴破れるとは思っていなかった。
 扉は鉄製だが、壁や柱は木や漆喰だ。
 倉庫として使われている以上、本当なら蹴破れるような強度ではいけないはずなのだが、どうやら老朽化していてそうとう脆くなっていたらしい。穴が空いた周辺も蹴っていくとボロボロと崩れていく。

「あー、そーいや、そろそろ補強するとか親父が言っていたっけな」

 放心状態からようやく脱して、恐る々々外へ出る。
 キョロキョロと周りを見渡す。
 不自然なほど人がいない。
 つまり誰にも見られていない。

「俺のせいじゃ…ないよな」

 振り返って倉庫の大穴を見て、冷や汗を拭う。
 両腕を大きく開いて深呼吸をする。
 ほこりっぽい倉庫の中に比べて、空気がとてもおいしかった。
 思わず両手を頭の上で組んで、背筋を伸ばす。

「ま、いっか」

 とりあえず、両親に見つからないように家に忍び込んで腹ごしらえでも…。
 そう考えていて、それに気付くのにちょっと遅れた。

「…なんだあれ?」

 青空の一角が灰色に塗り潰されている。
 場所的には魔女の森の上あたり。
 そしてそれが何かに気付いて蒼白になった。
 それは森から吹き上がる白煙だった。

「山火事? いや、それにしては小さいし」

 狼煙やそんなものの類ではないし、何よりあそこに大人は入らないはずだ。
 もし入ったとしたら…

『…母さんが火炙りにされた時も』

「うそだろっ!!!?」

 いや、どちらにしてもあれが【誰か】の仕業なら早く彼女を逃がさないと。
 見つけられたら大変な事に。
 思った瞬間に体は動いていた。
 一瞬の躊躇もなく森へと向かって。
 その心はただ一つ。

「シルルッ。無事だよなっ!?」

 走るっ走るっ走るっ。
 途中、道行く人がぎょっと振り返り、あげく何度かぶつかったが一度も振り返らずにひたすら森を目指して走り続ける。
 だから、何人かのエドを知る大人達が何やら声をかけて引き止めようとしていた事にすら気付かなかった。
 街の中心を抜け、小道に入り、橋をつっきり、そしてもう少しで街を出るといった所で耳に知った声が届く。

「エドッ。だめよっ!!!!」

 切羽詰まった声。足が止まった。
 見るまでもなく誰だか分かっていた。
 振り返るとやはりサラが息を切らしてそこにいた。
 追って来たのか肩で息をしている。

「いっちゃ…だめ、だから…」

 乱れた呼吸を整える事すら惜しんで言葉を紡ぐサラ。
 苦しそうに身を屈めながら、それでも一歩々々近寄ってくる。

「ね、戻って。エド」
「ダメだっ、早くいかないとっ」

 早くいかないとシルルがっ

「だめよっ、もうすぐ終わるからそれまでっ!」
「…終わる?」

 ハッと口を押さえるサラ。
 だが、もう遅い。
 エドがじっと見つめると、逃げるように目を逸らした。

「何のことだよ、終わるって」
「そ、それは…」
「そう言えばさ…、親父が銃なんか持ち出してたけど、あれはなんだよ。俺を探すのになんでそんなものが必要だんだ?」
「そ、それは…森に入る時に獣に襲われたら危ないじゃない」
「銃だけじゃない。なんであんなにたくさんの大人があそこにいたんだ? いくらなんでも多すぎるだろ?」
「それは…」
「それに俺はなんであんな所に閉じ込められたんだ? そりゃ森には入ったさ。…【叫び岩】の向こう側にだって行っていたさ。だから殴られるくらいなら仕方ないよな。だけど、なんであんな所に閉じ込めるんだ。そのうえいままでほったらかしだし、どう考えても変だろ」
「…変じゃないわよ」
「何がだよ」
「もうすぐ、もうすぐまた…戻るから」
「もど…る?」

 意味が判らない。
 サラを見る。
 伏せた顔、震える肩、血の気が失せるほど握られた手。
 すでにサラは近づいてきてはいなかった。
 だが、鬼気迫ると言っても過言ではない何かを孕んで、ねっとりした空気がエドに絡み付く。

「あの魔女がいなくなれば…いいのよ。そうしたら」

 それ以上、サラの言う事は耳に入って来なかった。
 真っ白になった脳裏にたった今のサラの言葉が繰り返される。

『あの魔女がいなくなれば』

「サラ…、お前…」
「私見たのよ。あの魔女が…白髪の魔女がネズミを操っていたのを」
「ち、違うっ。あれはっ」

 あの時だ。
 見られていた。
 そう、そんな気はしていた。
 気のせいだと決めつけて。
 恐らく、エドの後をつけたのだろう。

「あれは、違うんだっ、あれはっ」
「知らないっ、何も違わないっ!! あの魔女がエドを変えてしまったんでしょっ!」
「お、俺っ!? 俺がなんだよっ」

 訳が分からず混乱するエドをキッと彼女は睨み付ける。
 そして…
 嗤った。

「昨日の内にね。エドが白髪の魔女に魅入られたって、魔女がネズミを操ってる所を見たって父さんに言ったの。グレイさんにもね」
「なっ!? は、ばかっ! そんな事言ったら」
「いなくなればいいのよ、魔女なんて。エドだって言ってたでしょ? 魔女なんていないって」

 クスクスと嗤った。
 別人だ。
 エドの知っている同名の少女と目の前の少女は別人だ。
 そうとしか思えない。
 一歩下がる。
 彼女は動かない。
 ただ、笑ったまま頬に一筋の涙が流れた。

「悪い」

 何が悪いのか。
 エドには分からなかった。
 それでも謝っていた。
 そして、その後は一度も振り返らず走り出した。

「馬鹿ぁぁぁっ!!!」

 その背にサラの罵倒が突き刺さった。






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