鉄仮面魔法少女まりん−01page
「地震?」
友人の言葉に彼女は首を傾げた。
放課後の雑談の最中、ふいに出てきた言葉だった。
「そんなのあったの?」
「うん、三日前の深夜だったけど…気づかなかった?」
「ううん、ぜーんぜん。香厘ぃ、ほんとにそんなのあったの?」
疑わしそうに彼女を見る。
香厘と呼ばれた少女は心外とばかりに首を振る。その動きにつられて背中まで伸びた髪がしなやかに揺れる。
「真鈴、人を嘘吐きみたいに言わないの。何だったら他の残ってる人に聞いてみたら?」
そう言いつつ香厘は教室を見渡す。
放課後であるにも関わらず、2年A組の教室には10人程度が残っていて、それぞれのグループが雑談に興じている。
ここ、友野辺中学でも屈指の徒歩通学率を誇るこのクラスではいつもこんなものである。その内で、そろそろ帰ろうとしていた男子生徒に声をかける。
「篠原君、ちょっと」
「ん? なんか用か?」
くせ毛の頭を掻きながら呼ばれた男子生徒が来る。
「三日前の夜中、地震あったのに気付いた?」
「気付いたって…。江武原、あれ凄い揺れただろ? オレん家の食器なんか片っ端から割れちゃって大変だったぜ。気付かない方がどうかしてるだろ?」
ほら、とでも言う風に彼女は同性の友人を見る。
「えー、たまたま気づいただけでしょ?」
見られた当人は不満そうにそう言った。
「ん? なんだよ、何かと思ったら単に真鈴が地震の事を気付いてなかったから聞いたのかよ」
「うん、そうだけど?」
「なんでそんな無駄な事を…」
「…そうなのかな?」
「だって、真鈴だぞ。第三次世界大戦が勃発したとしても、こいつは寝てるぞ。絶対。こいつの爆睡ぶりは腐れ縁の江武原が一番良く知ってるだろ」
瞬間、男子生徒の鼻先を鋭い蹴りが通過する。
コンマ数秒、頭を引くのが遅かったらキレイにハイキックが決まっていただろう。
「うわぁ、成長したのね、篠原君。真鈴の奇襲をかわすなんて」
「そりゃ、何かある度に手足が飛んでくりゃな」
偉そうにチッチッチッと指を振っている間に第二撃の回転ひじ打ちが炸裂する。
「いーのよ。地震だろうが火事だろうが。睡眠不足よりはましじゃない」
「火事の場合焼け死ぬと思うけど。というか、その前に真鈴、篠原君を踏んでる」
「いーの。ワザとだから」
「そんな事言ってるから、友野辺中学の女帝って言われるのよ」
「それを広めたの香厘でしょ。どーせ、萩本真鈴は暴力魔よ。自覚してますよーだ、ふんっ」
「はいはい、拗ねない拗ねない」
宥めるように真鈴の頭を撫でる。
ぶすっとしながらも真鈴は好きなようにさせていたが、飽きたようで、
「香厘、そろそろ帰ろっか」
「そうね」
二人はそれぞれの鞄を手にして教室を出ていった。
「じゃぁ、篠原君。また明日ね」
「いつまでもそんなところで寝てたら風邪ひくわよ」
廊下へと消えていく二人の背を見つめながら彼は呟いた。
「鬼…」
………
誰か、気付いて下さい。
早くしないと、手後れになってしまう…
誰か…
誰か、気付いて…
呼ばれた気がして真鈴はすぐ横を並んで歩いていた香厘に呼びかけた。
「香厘、呼んだ?」
「え? 呼んでないわよ」
首を傾げて、香厘は後ろを振り向く。
いつも通る帰り道。
夕方と呼ぶには早い時間で近くを歩いている人間は同じく学校帰りの生徒か、買い物へと出かける主婦ぐらいだ。
「篠原君が追いかけてきたとか?」
「ないない。あいつに報復する根性なんて」
篠原が追っかけて来る可能性は報復しか思い浮かばない真鈴に苦笑する香厘。
…もっともあれだけの事をやってれば当然なのかも知れないが。
「ニブチンなのも昔からね」
「ん? 何の事?」
前半が良く聞き取れなかったのか聞き返してくる。
「昔から変わらないって言っただけよ」
「何をいまさら。幼稚園からの付き合いじゃない。お互いの事は知り尽くしてるでしょ」
「そーよねぇ。そんな昔からの腐れ縁だもんねぇ」
「腐れ縁って…そんな嫌な言い方しなくても」
やれやれと首を振りながら、香厘が過去を思い返す。
「幼稚園時代、積み木の取り合いでかんしゃくを起こして、男の子全員に喧嘩売ったり、小学校で男子に混ざって先生達のスカートめくるのを流行らせたり…。あ、深夜の学校に忍び込んでテスト問題を盗もうとした事もあったっけ」
「あ、と、えーと」
「その度に、何度友達止めようかなとか、いい加減悔い改めて欲しいなとか思ったりしたわね」
「…ごめんなさい」
実際、真鈴の『悪事』の数々の尻拭いさせてしまっている為、その事を持ち出されると頭が上がらない。
「うーん、少しは女の子らしくしたら?」
「そっちは香厘に任せてるし」
「任せてもらってもねえ」
「だいたい、あたしが女の子らしくして誰がよろこぶの?」
『約一名、あなたが足蹴にした男子生徒』
心の中で呟くが口にしない香厘。
彼は何かと真鈴に絡むのだが、その真意はなかなか汲み取ってもらえないようだ。
もしかすると、永遠に汲み取ってもらえないかもしれない。
がんばれ、少年。
「で、どうする香厘。どっか寄る?」
分かれ道で立ち止まって真鈴が尋ねる。
ここから先は二人の帰る方向が別々になるのだ。
「今日はちょっと用事があるから」
「そっか。それじゃ、また明日っ!」
そう言って香厘を置いてやや早足で下り坂をかけていった。
「ばいばーい」
遠くへいく背を見つめながら香厘は溜息をついた。
「ああしてるとかわいいのになぁ」
まるでお転婆な娘を心配する母親のような心境だった。
…今日も『声』は誰にも届かなかった。
もうどうしようもないのだろうか?
このまま役目を果たせず事が起きるのを傍観しているしかないのだろうか?
彼女は苦悩する。
『誰か、誰か気付いて』
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