鉄仮面魔法少女まりん−02page
「あれ?」
真鈴は脇道へ入って首を傾げた。
家へまっすぐ帰っているつもりだったが、ややずれた道を通っていた。
「なんで、こんな所…」
目眩がした。
まるでいままで深い眠りの中にいて、急に揺り起こされた感じ。
ふらっとバランスを崩しかけてたたらを踏む。
するとコツッと何かが足に当たった。
「…なにこれ?」
見れば分かるがあまりにも異様だったのでそんな言葉が口を突いた。
始めは夜店でよく売ってる類の物かと思った。
だが、足に当たった時のずしっとした感じから違う事が分かる。
そろっと手を伸ばしてそれに手を触れる。
なめらかな曲線で構成されたそれは冷たい感触が心地よかった。
掴んで持ち上げるとそれがプラスチックではなく金属製である事がはっきり分かる。
「何かの冗談?」
思わず笑いだしそうになりながら、意表を突かれたせいで笑えない。
真鈴が拾ったもの。
それは金属製の仮面だった。
女性の顔を模したと思われるその表情は、とてもキレイで道端でひろっていいようなものではない気がした。
そこでハタと気付いた。
「これって、落とし物?」
言ってから頭を抱えた。
いまから交番にいって鉄仮面を拾いましたとでも言えばいいのか。
…ちょっぴり恥ずかしい。
「しっかし、何に使うんだろーなー」
まず、演劇とかの小道具かと思った。
だが、すぐに思い直した。
「これ、被れないから違うよね」
正確には被れないのではない。
目に穴が空いていないのだ。
もし被ったとしたら、前が見えないだろう。
おまけに口や鼻の部分もあいていないので、呼吸もしんどそうだ。
「美術品ってのも何か違う気がするしねー。なーんだろ」
両手で持ち上げて見上げる。
瞬間、背筋に寒気が走った。
その寒気がなんなのか気付く前に持っていた手を離していた。
鈍い音を立てて地面に落ちた鉄仮面はほとんどバウンドせずに顔の部分を上にして横たわっている。
「え?」
自分の取った行動を把握出来ず、さっきまで持っていたはずの両手を思わず凝視する。
そして次に地面に落ちた鉄仮面を見た。
変わらぬはずの表情がそこにある。
だが…。
真鈴は思わず一歩下がった。
気味が悪い。
さっきまで平気で触れていたはずなのに、今は近くによるのもイヤだった。
何故なら…。
「…笑った?」
そう、手を離す一瞬前。確かに鉄仮面の表情が笑った…気がした。
もしかしたら、あれは見間違いだったのかも知れない。
あれはただの仮面のはず。
そう思いながらも、不気味さで足が前へ出ない。
代わりに後ろへは動く。
クルッと回れ右。
ゴクッと唾を飲んでから。
駆け足で道を戻り始めた。
「なんか曰くありそうだしね。君子危うきに近寄らず」
振り返らずにその場を後にした。
だが、一瞬だけ呼びかけられた気がしてその時だけ振り返った。
『やっと…届いた』
真鈴の家は学校から徒歩20分程の所にある一戸建てである。
この近辺では見た目が一番古く、台風の直撃を食らった日にはぺしゃんこになるんじゃないかと真鈴は常々思っている。
借家なのでもっとましな所か、マンションでも借りたらどうかと父親に言った事があるが、父曰く。
『趣きがあっていいじゃないか』
で、今現在も住まいは変わらぬままだ。
家に帰る度にそろそろ引っ越すべきじゃないかなと思うが、別に今の家が嫌いというわけでもないので強く言えないのだ。
そして、今日も同じような考えを抱きながら、横開きの戸の鍵を回す。
「ただいまー」
声が玄関から奥へと響いていく。
返事は返ってこない。
当然だ。誰もいないのだから。
「よいしょっと」
玄関の戸を閉めて背負った鞄をおいてダイニングへ向かう。
冷蔵庫の扉を開けて牛乳パックを取り出し、腰に手を当て一気にのどへと流し込む。
ゴクゴクと何度かのどを鳴らした後、プハーッと一息つく。
…一連の仕種が非常に親父臭かった。
「走ったせいでのど渇いちゃったよ」
言ってから、その走った原因が頭をよぎり、慌てて頭を振ってその事を頭から追い出す。
わざわざ気味の悪い事を思い出す事もない
牛乳パックを戻すがてらに冷蔵庫の中身を確認する。
父一人、娘一人の二人家族なので家事は二人で分担している。
平日の炊事は真鈴の担当。
真鈴個人は別に土日も担当していいのだが、父が頑として譲らない。
だったら、もう少し料理の腕を磨けばと真鈴は思う。はっきり言って父の手料理はまずい。
ただ、本人に面と向かってまずいといいながらも全部食べるあたり、真鈴は結構父親想いであるが。
「これじゃ、残り物で夕食は無理だなー。買い物にいかなきゃ」
ちらっと時計を確認する。
まだ、少し早い気もしたが気分直しに買い物にいくことに決定。
そうと決めると玄関に置きっぱなしだった鞄を手に階段を上がっていく。
そして自分の部屋に飛び込んで約数分、女の子にあるまじきスピードで着替えて家を飛び出した。
その時にはとっくに自分が拾って捨てた物の事など忘れていた。
日が落ちて、作っている夕食の良い香りがダイニングに満ちた頃。玄関から戸の開く音と共に毎日聞き慣れた声が聞こえてくる。
「ただいまー」
「おかえりー」
父、帰宅。
料理の途中という事もあって玄関までは出迎えない。
もっとも、真鈴の場合はそうでなくとも出迎えなどしないが。
「ふいー、ちかれたー」
「こらっ、こんな所で脱ぎ散らかさないでよっ」
上着、ネクタイ、Yシャツと年頃の娘の前にも関わらず躊躇無く脱いでいる父親にジロッと一瞥をくれてダイニングから追い出す。
「いいじゃないか、疲れてるんだから」
「良くないっ。いいからとっとと部屋で着替えてこいっ」
言われて仕方なくといった感じで着替えにいく父。
そこに威厳は一切感じられない。
「たくもうっ、もう少ししゃんとしなさいよね」
ぶつぶつ一人事を言いながら皿に盛りつけている真鈴。
口では文句を呟き続けているが、父親が帰ってくる前よりもどことなく動作が楽しそうである。
ふいに上の方からくしゃみが聞こえた。
「風邪引くのは勝手だけど、感染さないでよね」
このはくじょうむすめー、という返事にクックックっと笑いながらテーブルに並べ終わった料理と共に父親を待った。
暗い々々夢の中。
何度も何度も語り掛けてくる声。
いい加減に焦れてくる。
(なぜ、応えてくれないのですか?)
(なぜ、応えなきゃならないの?)
(力を貸して頂きたいのです)
(いやよ)
(なぜですか?)
(めんどうだからに決まってるでしょ?)
(………)
当然、相手は押し黙る。
何が悲しくてそんな事しなくちゃ…
スズメの鳴き声が聞こえる。
「あれぇ、朝ぁ?」
真鈴は寝ぼけ眼をこすりつつ目を覚ます。
散らかったというと言い過ぎだが、少々だらしないといった感じの部屋を見回して目覚し時計を探す。
はっきりしない頭のまま針針を見ると、目覚ましをセットした時刻より30分ほど早い。
「なんか、夢…見てた…よね?」
そんな気がするが、どんな夢だったかはっきり思い出せない。
何か理不尽な事を要求されて、断り続ける夢だったような気がする。
「ま、いいか。もうちょっと寝るぅ…、ん?」
再びベッドに倒れ込む時に、何か不自然なものが視界をよぎった。
平常な状態なら一瞬でそれが何か分ったであろうが、寝ぼけたままの頭では数分を要した。
そして理解した瞬間、酒をぶっ掛けられた海老のように跳ね起きた。
大声で叫ばなかっただけでも大したものだろう。
「う、そ…」
言葉なく見つめる先には、机の上で朝日を受け輝く鉄仮面があった。
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