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欠落の代償−11page






「くそっ!!」

 ガンッと重いモノを蹴る音が電子音に紛れて、狭いゲームセンター内の空間に響く。
 そこは視界が悪くなる程のタバコの煙に満ち、地下にある為に真昼であるにもかかわらず薄暗かった。ただ、蛍光灯の光と、ゲーム機の明滅する光が辺りを照らす。健康的な場所とはとても言い難い。
 だが、このゲームセンターにたむろする少年達にとってはよほど落ち着けるらしく、ゲームの筐体をイス代わりに思い思いの格好でくつろいでいる。
 店主らしき中年男性が時折、少年達の方を何か言いたそうに見るが目が合うとパッと慌てて目をそらしている。

「てめぇらは頭にこないのかよっ」

 さっきから筐体を蹴りつけてはエキサイトしている少年に対して数人がうるさそうに目を向ける。

「あんまり暴れると傷開くぞ。お前がやられたのは足だろうが」
「うっせぇ。この程度どうって事あるかよっ」
「ああっ!? 誰に言ってんだぁっ」
「やんのかっ、あん?! コラァッ!!」

 筐体を蹴っていた方が座っていた相手の襟首を掴み立たせようとするが、掴まれた方が逆に掴み倒して相手の顔を引き寄せる。
 一触即発といった雰囲気だが、他の仲間達は慣れているのかたいして動じていない。
 それどころかむしろ面白がっている節がある。
 ただ、一人だけレーシングゲームの箱形筐体の中に座っていたリーダー格の少年だけは、鬱陶しそうな表情で軽く筐体を叩く。
 コンッ、コンッと。
 一度二度、軽く叩く音でお互いに掴み合っていた少年達がそちらを見る。
 リーダー格の少年は、まるでリズムをとるかのようにコンッコンッとそれを続ける。
 そしてボソリと呟くように言った。

「…殺されたいなら続けろや」

 掴みあっていた二人はどちらからともなく手を離す。

「…お前に言われなくてもむかついてるよ。ここまでされたんだ」

 リーダー格の少年が箱形筐体の外へ片腕を出す。きつく包帯で縛られていた。

「刃物を持ち出したら誰でもビビると思ってる勘違い君だと思いこんでいたらこのザマだ。みっともねぇったらありゃしねぇ。カタはつけるさ。だがな」

 ぴくんっと彼の眉が跳ね上がる。
 それは彼がキれている時の合図。少年達の間に緊張が走る。

「相手がどこの誰かわかんねぇ内にガタガタ言ってもどうしようもねぇだろっ! このダボがっ!! そのとも何かっ!? てめぇ、あいつの住所なり学校なり知ってるってのか、ええっ?!!」
「い、いや。そりゃわかんねぇ…けどさ」
「ぐだぐだぬかすならてめぇで捜してこいよっ!! そしててめぇでケリつけなっ」
「だ、だって、わかんねぇだろ。アイツがどこの誰かなんて…」

 先程までの勢いは消えて、たじたじになっている様子を見て、リーダー格の少年は馬鹿にするように鼻を鳴らした。

「だから、その相手の情報を集めているんだろうが。何の為に何人もわざわざ学校に顔出させたと思ってるんだ。捜す知恵ねぇんだったら、静かに待ってろ」
「でも、よぉ」

 別の少年が恐る々々といった風に割って入る。

「ほんとなのか? あいつが噂になってる辻斬りってのは」
「違うなら別の噂になってるだろ。あんなブチ切れ野郎がうろついているなら」

 言ってから彼は昨夜の事を思い出す。
 深夜一人で歩いている所見つけて、良い財布が見つかったとその時は思っていた。
 逃げられないように全員で取り囲みながら、堤防裏まで連れて行った。その時、やけに落ち着いているなとそう思っていたが、それでも自分達は腕っ節に自信があった上に数の優位もあり、もしもの事など考えられなかった。
 そして、そいつが刃物の取り出した時、ああそういう事かと彼は納得したのだ。
 ごくまれにいるのだ。凶器が絶対のモノだと思い違いをしている一般人が。
 たしかにそれは脅威ではあるのだが、同時にその凶器さえ取り上げてしまえばいいのだ。
 拳銃ならともかく、刃物ならば対処のしようなどいくらでもある。
 何よりもその手の道具を喧嘩に持ち出される事など彼等にとって日常茶飯事だし、彼等自身も少なからず手にした覚えがある。
 だから、後ろに回った仲間の一人が刃物を持つ手を押さえにかかった時にそれで終わるはずだった。
 刃物をもったそいつが振り返りもせずに仲間の腕に刃を突き刺した時はなんの冗談だと、そう思った。
 相手に躊躇はなかった。
 手加減もなかった。
 ただ、まっすぐに吸い込まれるように刃は皮膚を突き破って肉に潜り込む。
 血が跳ねた。
 そいつの顔へ、腕を刺された仲間の顔へ。
 そこから先は良く覚えていない。
 ただ、誰も彼もが血が上ってばらばらになってそいつに掴みかかった。
 足を抉られた奴もいれば、刃物に気をとられてみぞおちへの痛烈な一撃をもらった奴もいる。
 切り傷、擦り傷、打撲。誰もが傷を負った。
 刃物の持ち主を除いて。
 最後に殴りかかったのは彼自身だ。
 仲間達が血を流していくのを見ながら辛うじて暴走するのだけは自制出来ていた。
 コイツは恐らく喧嘩慣れをしている。
 だから、うかつに手をだしてはだめだ。
 そう判断し、仲間を切ったその瞬間を狙った。
 自分に意識が向いていない絶好のスキ。
 いままでの経験からいってもそれは完璧なスキだったはずだ。
 拳は相手の頬を捕らえて、ひるんだスキに刃物を奪う。
 そうなるはずだった。
 だが、現実は無情だ。
 相手が避けたのならまだマシだ。
 風が吹いて目にゴミがはいったのだ。
 馬鹿々々しい結果だ。
 今までで、こんな不運な偶然にあった事など一度もない。
 そして、拳を空振りした彼の前に奴がいた。
 笑っていた。
 これだけの人数を相手にして下手をすれば命をも奪う凶器を躊躇なく振り回しているにも関わらずだ。
 なぜか、その時思った事は「殺される」だ。
 そんなはずはない。
 落ち着いて考えれば所詮は喧嘩だ。
 喧嘩と正真正銘の殺し合いとではその意味はまるで違う。
 ではなぜ「殺される」と思ったのか。
 ガンッと苛立ちまぎれに彼は筐体の中のハンドルを蹴り上げた。
 彼は自分がビビったのだとそう判断した。
 そうでもなければあんなヘラヘラした奴に気圧される訳がない。
 だが、もしそうだとしたらとんでもない事だ。
 退学になったのは随分と前の事だが、まだ学校にいた頃は教師ですら自分にはまともに目も合わせる事が出来なかったのだ。
 喧嘩で負けた事はあっても、気合いで一歩も引いた事はない。
 そんな自分に、ビビったなどという事実があっていいはずがないのだ。

「来たか」

 携帯電話が鳴っていた。
 液晶ディスプレイを見ると情報収集に向かわせた仲間からだ。
 通話ボタンを押して耳にあてる。

「おうっ、俺だ。あ? もういっぺん。電波わりぃから聞こえねぇんだよ。ああ、ちっ、そうか。しゃぁねぇだろ。しばらく続けろ、じゃぁな」

 短い応答の後に携帯電話を乱暴に置く。
 仲間からの疑問の視線にリーダー格の少年は舌打ちして吐き捨てた。

「だめだってよ」
「やっぱりか」

 一つ二つ洩れた溜息に向かって、リーダー格の少年は怒鳴りつけた。

「とにかくっ、ケジメはきっちりとつける。俺の前でこれ以上ごちゃごちゃぬかすならとっとと奴を連れて来いっ!!」






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