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欠落の代償−15page






『××大学、合格率○○%』
『最難関大学を目指す精鋭指導』
『少人数制、個別指導を徹底』

 窓や看板などに所狭しと書かれた謳い文句。
 この街で最も大きな進学塾はその規模に比例して抱える受講生は最も多い。
 講義の終わる午後9時を過ぎると目を疑うような人数が塾のビルから吐き出される。
 出て行く受講生の表情は様々。
 せっぱ詰まった表情の少年はせわしなく単語帳を繰り続け。
 ある少女はその少年を見て優越感に浸り。
 ある少年は少女のそんな余裕のある態度に対して嫉妬に顔を歪める。
 高校とは違いここでは成績のみが問われる。
 それ以外は無価値だ。
 だが、ならば全ての受講生が成績のみしか興味がないかと言えば答えは否だ。
 入塾するにも難解な試験が必要な所だけにその比率はそう多くないが、遊びに趣味にそして恋に大きくウェイトをおく受講生も存在する。
 そして、ここにもそういった少女達の集団がいた。

「ねぇ、それであの後。どうしてたの?」
「どうって、すぐ別れたわよ。だって、方向別々だし」
「えー、ユキ。それはついていかなきゃ、だよ」
「それじゃ、ストーカーじゃない」

 一人ツカツカと早足で先をゆく。背中越しには分り辛かったが照れているらしい。

「で、どうするの?」
「どうするって。映画にでも誘えっていうの?」
「そっちじゃなくてさ」
「じゃなに?」
「峰本の事」
「ほっといたら本当に清里さんみたいになるよ」
「…分ってる」
「だったら…」
「分ってるけど、筒井君自身にああ言われたら手を出し辛いわよ」
「それはそうだけど…」
「…嶺本自身に言い聞かせようとしてもそれが筒井君に伝わったらマイナスの印象になっちゃうからねー」
「でも」
「でも、なに?」
「放っておく訳にもいかない。ううん、筒井君の事だけじゃなくて。あいつは、あのキチガイが私達みたいな普通の人間の中に居ちゃいけないのよ」
「同感。中学のあの事件あたりの時なんか、嶺本一人がいるだけでみんな胃を痛くしてたし」
「なんでウチの高校に来たんだろう。さっさと病院に閉じ込めちゃえばいいのに」
「ねぇ」

 その場に居る全員が相づちをうった。
 歯止めをかける人間がいない為、一方向な悪意はより強くなっていく。

「とっとと死んでくれればこんな思いもしなくていいのにね。…て、あれ?」

 一人が前方へ向かって目を凝らした。

「どうしたの?」
「えーとさ、あれってさ?」
「なんなの?」
「筒井君じゃ…ないかな」

 言われてその場にいた全員が指差された方へと目を凝らす。

「ちょっと、遠いけど…似てる、かな?」
「って、あれは本当に筒井君だって」
「それマジ? ユキ」
「さすが、恋する乙女。目当ての男を見間違わないね」
「もうっ、茶化さないで」
「でも、何してるんだろ」
「私達と同じで塾かなんかじゃ…ユキ、どうなの?」
「私に聞かないでよ。そんな個人的な事、知らないわよ」
「…そのわりには、誕生日やら好物やら女性のタイプやらには鬼のようにチェックしてるよーな気もするけど」
「ほっといてよ、もう」

 道路を挟んで反対側の歩道を行く彼の姿は夜の闇と人影に紛れて見えなくなっていく。
 ふいにポンとユキの背が軽く叩かれた。

「…なによ」
「聞くまでもないでしょ」
「いってこーい」
「いけ、愛のストーカー」
「…人を犯罪者にしないでよ」
「いいから、追いかける。二人っきりになるチャンスよ」
「誰かと待ち合わせしてたらどうするのよ」
「その時はその時。それに相手が女だったらぶち壊しちゃえ」
「そーだそーだ」
「ひとごとだと思ってムチャクチャ言ってるわね」
「ほらほら、もう見えなくなるって」
「もうっ。それじゃまた明日ね」

 文句を言いながらもその気になって、車道を行き交う車がなくなったところを見計らっていっきに反対側の歩道まで渡る。
 残った仲間たちが大きな声ではやし立て会社帰りと思わしきスーツ姿の通行人達が何事かと振り返る。
 恥ずかしさで思わず彼女は顔を伏せた。
 遠くで目標の彼も振り返るがユキだと分らなかったのかすぐに前を向いた。

「だけど、どこへいくんだろう?」

 ユキは後をついていきながら首を傾げた。
 いままで筒井が塾などに通っているという話は聞いた事がない。
 そもそも彼は手ぶらだ。
 さすがに塾帰りで手ぶらはないだろう。
 住んでいる家もこの辺りではない。
 では、仲間達が言うように誰かと会うのか?
 考えれば考えるほど追いかける足が鈍った。
 走ればすぐに追いつける距離なのに、つかずはなれず。

「まるでストーカーみたい」

 馬鹿馬鹿しさに思わず笑ってしまった。

「でも、変ね。なにかだんだん…」

 暗い方へ暗い方へと進んでいる気がする。
 なぜかと思ってすぐに原因は分った。
 ビルの明かりが少ない方へといっているのだ。
 古びた背の低い雑居ビルが立ち並ぶ中を迷いなく彼は進んでいく。

「なにか…嫌かな」

 理由は分ってもなにか不安になる。
 このまま底無しに暗い世界に連れて行かれそうな気がして。
 少しずつ、諦めて引き返そうかという思いが意識の底をノックするが、その都度に彼の事を知りたいという好奇心が重しとなって不安を押さえつける。
 だが、それもそろそろ限界に近づいてきている。
 そして足を止めかけたその時。

「あ、入っていっちゃった」

 廃ビルとすら思えるみすぼらしい3階立てのビルへと入っていった。
 入り口と思わしきガラスの扉は閉じられている。
 この時間だと、とっくに施錠されているだろう。
 ユキは首を傾げる。
 彼はどうやって入ったのだろうか?
 しかし、その疑問は近づいてみて氷解した。
 鍵がかかっていなかったのだ。
 筒井が鍵を開けたのか、それとも初めからかかっていなかったのか。
 …いや、そもそもこのビルはいったい何なのか。
 中に入った筒井の事が気になって看板等を確認していなかったのだ。賃貸用のビジネスビルだろうか?
 ガラス扉を押すと軽く軋みをあげながら内側へと開いていく。
 中へと足を踏み入れる。
 外から見た様子から歩くと埃が立つのではと警戒したが、ちゃんと掃除されているらしく、意外とキレイだった。
 支えていた扉から手を離し、一歩二歩と中へ進んでいく。
 すると、背後から金属が重く軋む音がした。
 振り返ると微かに開いていた扉が閉まっていく。
 そして、完全に扉の隙間が消えた時、ガチャンとなにかがかみ合う音が確かに聞こえた。






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