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欠落の代償−36page






 後、数時間で夜が明ける。
 真夜中と言うにも遅すぎる時間。
 街の中ですら人は少ないのに、そこから少しとはいえ離れているここはまるで無人の廃墟のよう。
 目の前に立ちふさがっているのは堤防。夜の筒井と初めて会ったのがここだった。
 もしも、あの時ここへ来ていなければ。
 辻斬りとしての筒井に会っていなければこんな事にはならなかったのだろうか?
 いや、そうはならないだろう。
 全ての偶然は必然だ。
 少なくとも自分達にとっては。
 だから、あれは起こるべくしておきたのだ。
 変えるチャンスはあった。
 だけど、それを自ら手放した。
 あの夜に。
 真理亜を殺せないと告白したあの夜までに彼女を殺せていれば、殺される事などなかったのだから。
 堤防の階段を上がりきり、今度は反対側へと下りていく。

「…誰?」

 いる。鉄橋下の暗がりに。
 筒井と…他にも誰かいる。
 階段を下りきって、鉄橋下へと体を向ける。
 まだはっきりと様子が確認出来ないが、そこで何が起こっているのかは理解出来た。
 記憶が呼び覚まされる。10年前の殺戮。

「…た…すけて」

 暗がりから飛び出してきた人影は、ヨタヨタとふらつきながら狭霧の目の前で倒れた。
 見覚えがある。
 ここで狭霧と筒井を取り囲んだ少年達の一人だ。
 数えるのもばからしい程の傷跡。腕に脚に首に背中に。
 特に背中のものは肉を抉られた隙間から骨まで見えている。
 血が流れ落ちる程度で済んでいるのは、もうそれほど血が残っていないからだろう。
 見れば少年は体を痙攣させて、蒼白な表情のまま瞳が焦点があっていない。
 じき死ぬだろう。
 狭霧は少年の体をよけて通る。
 その際に背中に突き刺さっていたものを引き抜いた。
 ビクンッと少年は体を震わせたが、もう狭霧にはどうでも良い事だ。
 刺さっていたのは大型のドライバーだった。
 所々が錆びついていて、汚れ具合からそこらに放置されていたんだろうと思われる。

「やぁ、ようやく来てくれたんだ」

 血臭。
 折り重なる死体。
 夜。
 人間を物のように扱う殺人鬼。
 そして、悪夢のような現実を抵抗無く受け入れる自分。
 ここはまるで10年前の”焼けた殺人鬼”の世界だ。

「これはなに?」
「うん? ああこれ?」

 もはやピクリとも動かない肉塊を軽く蹴飛ばし彼はニッコリと笑った。
 張り付いたいつもの彼の笑顔ではなく心からの笑顔。

「不良のメンツって言うのかな。しつこくってねぇ。面倒なので殺しちゃったんだよ。もっと獲物は選びたいんだけどね」

 血に濡れた赤い服。
 濡れた部分もあれば乾いた部分も。
 いったいいつからこれをしていたのだろうか。
 恐らくただ殺すだけでなく、なぶり殺しにしていたのだろう。
 さっき目の前で倒れた少年の体中に付いていた傷がそれを物語っている。

「僕としても、いい加減つまらない縁は断ち切っちゃいたかったんでね。その意味ではちょうど良かったんだけど」
「他にもまだ残っているんじゃない?」
「おいおい狩っていくよ。まだ僕の世界は始まったばかりなんだ」
「僕の世界?」
「そう、僕の世界。僕の妄想の世界。僕だけが殺すという行為を許される世界。それが…」

 それは勝利宣言。

「”焼けた殺人鬼”のいた世界だろう? 嶺本さん」

 狭霧は黙ってただ肩を竦めた。YESでもなくNOでもない。
 返答のしようがなかったからだ。

「で、何の用?」
「何の?」
「用があるから呼び出したんでしょ?」
「それは心配だったからじゃないか」
「心配?」
「そう、だってあの日以来、ずっと学校に来ないじゃないか。クラスメイトとしてとても心配していたんだよ、僕は。もう二度と来ないんじゃないかって」
「そう…ね。でも、あなたに心配されるいわれはないわ」
「そうはいかないんだよ」
「なぜ?」
「言ったじゃないか。つまらない縁は断ち切りたいって」
「…だから?」
「いらないんだよ、もう」

 筒井はトントンとナイフの腹で手の甲に数回叩く。その度に赤い雫が跳ねた。
 じっと狭霧はその刃先を見つめる。
 そのナイフは最後の日に真理亜に預けたものだ。

「まがいものは…ね」

 ナイフが筒井の手を離れて落下する。刃を下にして落ちたそれは地面に突き刺ささる。そして次の瞬間、高い音を立てて刃の半ばで折れた。

「チャンスは与えたよね? でも、キミは僕の手を取らなかった。愚かな話だよね。自惚れていたんじゃないか?」

 飛来した何かを反射的に受け止めた。
 それは筒井が蹴り上げた折れたナイフの柄。

「キミもそれと同じ。僕がこの位置に辿り着くまでの道具に過ぎなかったのさ。恐らく始めからね。何があの人に届かない、だ。何が欠陥品だ。それはキミだけじゃないか」
「…かもね」
「あは、あはははは。だから、さ。もういらないから。消えてよ。欠陥品の嶺本さん」
「一つ聞いて良い?」
「ん? なに?」
「何故、真理亜だったの?」
「そうだね、あえて言うなら」

 少し考え込んで、彼は馬鹿々々しそうに吹き出した。

「気に入らなかったんだよ。彼女もキミも」
「そっか」

 たった、それだけ。
 充分だ。
 充分過ぎる。

「充分な理由だろ?」
「そうね」

 そう、充分過ぎる。
 殺す理由としては充分過ぎる。

「納得したかい?」
「ええ」

 お前を

「これ以上ない理由だわ」

 殺すには

「あんたを消すには」

 充分過ぎる。

「はっ、出来るのかい? マガイモノさん?」
「返して貰う。あの子を。真理亜の命を、ねっ!」

 満面の笑みと共に筒井は自分のナイフを引き抜いた。

「じゃぁ、始めようか。殺し合いを、さ」





 ずっと、部屋に閉じこもったまま、来る日も来る日も真理亜の事を考えていた。
 思い返す、彼女が部屋に泊まっていった日。
 彼女の肌の温もりを感じる事の出来た最後の機会。
 彼女は死んだ。
 だけどいる。
 ここにいる。
 記憶の中に。
 だけど、いるけどいない。
 記憶の中の彼女は笑っているけど、現実にはだたの肉塊となって、灰になって、土に還る。
 自分では見ることの出来ない、自分の欠落。
 しかし、本当は埋まっていたのではないか。
 真理亜という存在で。
 満たされ、その事に気付かず欠落の形を求めていたのならとても滑稽な話だ。
 だけど、それも失われてしまった。
 自分の欠落を埋める存在は死んでしまったのだから。
 たぶん真理亜のような存在は二度と現れない。
 真理亜以外には認めない。
 だから、欠落はもう二度と埋まりはしないのだ。

『もう埋まる事はないだろうな』

 そう言えば…。
 確か、あの人がそんな事を言っていた。






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