DF−DarkFlame−-第一章-−5page






「それじゃ、私は帰るけどちゃんと補習のところ復習しておくようにね。それと課題の方も」

 玄関で靴を履きつつ健太郎に釘を刺す事を忘れない。

「送っていくよ、智子」
「そんな距離じゃないっていってるでしょ。いいから、あんたはさっさとお風呂に入る」

 いつもの事なので、健太郎もそれ以上は言わなかった。
 送ると言ったのは、心配というよりも智子のそばに少しでもいたいだけだったのだが。
 それを察しているのか、いないのか。
 少なくとも健太郎の気持ちは伝えているはず。
 確かにそう記憶に残っているから。

「じゃ、また明日」
「…うん」

 閉じられたドア。磨りガラスの向こうで彼女の姿が消えるのを見届けてから健太郎は廊下を振り返る。
 彼以外には誰もいない家。
 もう記憶に残っていないほど小さい時に引っ越してきたこの家。
 リビングに引き返して、写真立てに写る家族の姿を見る。
 半年前のあの時よりたった数ヶ月前に撮ったもの。
 父親、母親、そして自分自身。
 何かが違うように感じる。
 何よりも、もう10年以上暮らしたはずのこの家が、自分の家とは思えなく感じている。
 記憶は確かにある。
 半年前に失った記憶はたった数ヶ月。
 なのに、まるであの日を境に自分が別人になってしまったかのように感じる。
 ただ、智子への想い。
 それだけはなぜか変わらない。
 あの日の前後に関わらず彼女が大切な事だけは実感出来た。
 いや、むしろ彼女を想う気持ちが強くなった気もする。
 だから、彼女がいなくなってしまったこの家は、まるで健太郎には映画のセットのような作り物の中にいるように感じてしまうのだ。
 ふと、時計を見る。
 夜はまだ始まったばかりだ。
 何かを考えての事ではなかったが自然と足が玄関へと向かった。






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