DF−DarkFlame−-第一章-−15page






 ユラユラと黒い人型の松明が揺れる。
 健太郎は己が両手、両腕を見つめる。
 はっきりと覚えている。
 男が放った黒い炎と同じものがこの腕から放たれたのを。
 そして、その結果は?
 ユラユラ、ユラユラと。
 黒い松明は揺れる。揺れながら後退し、そして糸が切れた操り人形のように倒れた。

「え?」

 健太郎から疑問の声が漏れる。
 ようやく、常識という世界に戻ってきたかのよに。

 ボクがコレをヤッタ?
 ボクガコロシタ?

 そうだ。自分の意思で黒い炎を放ったのだ。
 自分が黒い炎を放つという不条理より先に、自分が犯した罪に体が震えた。

「な、なんて事を…」

 膝がくずれそうだった。
 男は間違いなく自分達を殺そうとしていた。
 でも、健太郎にはそんな意思は、そんな覚悟はなかった。
 それは、ただただ…

「健太郎!!」

 声に体が一際大きく振るえ、そして止まった。

「と、智子。僕…、とんでもない事を…しちゃった」
「健太郎っ、落ち着いて!」
「ぼ、僕。人を殺し──」

 瞬間、視界がぶれた。
 頬を叩かれたのだと気付くのに数秒の時を要した。
 そして、叩いた本人が無理して立っているのに気付いて咄嗟に体を支える。

「あんたはっ、悪くない! 私を守る為、そうでしょっ!!」

 挫いた足が痛むのだろう。
 体重を健太郎に預けたまま、それでも智子の両手は健太郎の襟元を掴み、顔を近付ける。

「私達は殺される所だった。あんたが私を助けてくれなきゃ間違いなく二人とも死んでたっ!」
「でもっ」
「いいからっ。早く、ここから出るのっ! あいつや私達の声で人が来るかもっ!」
「で、出るって。だって、警察に知らせなきゃ」
「なんて説明するのっ! それにっ!」

 襟元を掴んでいた両手が離れ、健太郎の首に両腕が巻かれた。

「あんたを犯罪者になんてさせないっ。絶対に!!」

 智子は未だに黒い炎に焼かれ続ける男に一度だけ目をやって、同様に見て釘付けになった健太郎の顔を無理やり反対側へ向けさせる。

「でるよ」
「…でも」
「健太郎っ!」

 動こうとしない健太郎を引っ張ろうとして、挫いた足に痛みが走り智子は呻いた。
 それが引き金になり、健太郎は彼女の片腕を自分の肩に乗せ担ぐように歩き出した。

「もう、振り返っちゃダメだよ」
「うん」

 頷きつつも、ビルを覆うシートを巻くって外へ出るとき、一瞬だけ燃える男の身体が健太郎の視界に入った。
 いっそ、悪い夢なら良かった。
 だが、支えている智子の身体から伝わる体温が、これを現実だと伝えていた。






© 2013 覚書(赤砂多菜) All right reserved