DF−DarkFlame−-第二章-−7page
オレンジバーナー。
グルメ通りで3人が入ったのは、オレンジにガスバーナーという妙な看板の軽食店だった。
八識がまっすぐこの店に来たので、入る店は決めていたのかもしれない。
「いらっしゃいませ」
ドアを開けて店にはいるとウェイトレスがグラスに水を注ぐのを止めて頭を下げて挨拶をする。
そこまで普通だったが、そのウェイトレスは作業に戻らず八識のそばまで来る。
「もう来てるかしら」
「はい、30分くらい前から」
「…待っている間におやつでも与えてくれた?」
「それが…、八識さんが来るまで待つの一点張りで水だけで」
「…分かった。ありがとう。また後でお願いするから」
「はい、分かってます」
そう言って、ウェイトレスはようやく作業に戻っていった。
すれ違う瞬間、健太郎は肌が粟立つ気配を感じた。
似たような気配を知っている。
「八識さん。もしかしてあの人も」
「ん? まぁね。それも後で説明するわ、とにかく席にいくわよ」
八識は心なしか重い声で、二人の背を押した。
店の奥の席にまるで黒いオーラを放つがごとく、黒い炎の剣を使う男、斬場が重苦しい気配を発していた。
自然と近くの席は空席になっていた。
「ちょっ、またこの人──」
「まぁ、まぁ、抑えて智子ちゃん。健太郎君もごめんなさいね。どうしても同席するってきかなくて」
確認するまでもなく、八識の謝らなくちゃならない事とは彼の事だろう。
「私だけでいいと言ったんだけど」
「【燈火】の長を、敵味方分からん奴と護衛無しに会談させるワケにいくか」
「敵味方分からないって、あの時はあんたが一方的に──」
「智子ちゃん、気持ちは分かるけど、お願いだから今は抑えて」
智子の口を塞ぎながら八識が懇願する。
彼女が落ち着くのを待ってから、八識は二人に席に座るように示唆する。
健太郎が素直に座ったので、智子もそれにならってしぶしぶ座る。
「はい、メニュー。好きなのを頼んでいいからね」
つまりは奢りという事なのだろうが、だからと高額な料理を注文できるほど、健太郎の心臓は強くない。
智子はというと何故か眉を潜めながらパラパラとメニューをめくっている。
そういえば、特に気にはしてなかったが、普通のお店のメニューよりやや分厚かった気がした。
「きまった?」
「はい、フライ定食で。智子は?」
「あ、うん。じゃぁ、同じもので」
同じものを頼むのならば、なぜあんなにメニューを見ていたのだろうか、健太郎は首を傾げた。
八識と斬場はすでに決まっていたらしく、テーブルに備え付けられていた呼び出しボタンを押す。
すぐに現れたのは店に入った時にいたあのウェイトレスだった。
八識が代表して注文する。
「フライ定食2つと、私は鹿肉ステーキのサラダ付き、斬場は?」
「讃岐うどんとトムヤンクンとフォアグラのソテー」
「は?」
最後の方が少しおかしいと感じたのは健太郎だけだろうか。
智子は眉を潜めているが、特に驚いた様子はない。
「ちゃんとあるのよ。メニューに。ボルシチとかキャビアとか」
「幅広いレパートリーがこの店の特色ですから」
笑顔で言いながら、メニューを回収するウェイトレス。
幅広いといってもやりすぎだろうと思ったが、ウィトレスも八識達も気にした様子はない。
「さて」
「あ、ちょっとまって」
「?」
戻ると思ったウェイトレスがメニューを抱えながら何かをしようとするのを八識が止める。
「健太郎君、炎術を使うけど害はないから騒がないでね」
「炎術って、えっ?」
言われた健太郎は頷いたが、隣の智子が八識とウェイトレスを交互に見る。
そんな彼女に健太郎が耳打ちする。
「この人からも炎気を感じたんだ。たぶん僕や八識さん達と同じなんだ」
ぱちんっ
二人はビクッと肩を震わせたが、それはウェイトレスが指を鳴らした音だった。
次の瞬間、かすかに照明が明滅した気がした。
「では、追加があったらボタンを押してくださいね」
主に健太郎達に微笑みかけてウェイトレスは去っていった。
「な、なんだったの。今の?」
「うん、たぶん…あれだと思う」
「あれって?」
健太郎の視線を追って智子は天上の照明を見る。
おかしな所は見当たらない。
「何もないじゃない」
「あの黒いの」
健太郎が指差した。再び照明を見るとプラスチック製と思われる照明カバーの角が黒い。
そういう模様かと始めは思ったがそれは微かに揺れていた。
「あれって…」
「うん。八識さん。どういう事ですか」
「変に疑われるのもあれだしね。追って説明はするけど──」
八識は両手を手のひらを開いたまま肩幅に広げる。
「こういう事」
言って両手を思いきり叩き合わせる。
乾いた音が鳴り響いた…はずだった。
慌てて、健太郎達は店中を見渡す。
いくら奥の席とはいえ、今のでびっくりした客がこちらに注目したのではないか、と。
だが、まるで今の事がないかのように店の中では客が食事をし、注文をしている。
むしろ、キョロキョロしている健太郎達をけげんに見ている客がいるくらいだ。
「はい、もう落ち着く。私が話をする場所にこだわった理由も分かったでしょ?」
「八識さん。これが、もしかして」
「そ、彼女の炎術の効果よ」
「え、炎術ってこんな事も出来るの?」
「さすがに誰でもって訳じゃないわね。彼女固有の炎術。後で説明するけど、私達DFは力が強くなると自らの炎術を変質させる事が出来る。昇華と呼ぶんだけどね」
「昇華?」
「ま、順番に説明するわ。でも、その前に料理が来るまでまちましょう」
そう言って、八識はおしぼりを二人に差し出した。
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