DF−DarkFlame−-第二章-−8page






「じゃぁ、オレは食う事に専念するからな」
「…どうぞ。誰も止めないわよ。ただこれ以上皿数増やすなら横のテーブルに移動してよ」

 うどんをすすり始めた斬場を一瞥して改めて八識は健太郎達に向き直った。

「さて、そういえば。まともに自己紹介すらしてなかったわね。私は八識、こっちは斬場よ」
「それ苗字ですか? 名前ですか? あなたは確か名刺に藤華八識って書いてあったけど」
「どちらかと言えば名前かな。だけど私達にはあまり意味ないわね。藤華っていうのも、仕事上使ってるだけで本当の意味での苗字って訳でもないし」
「意味がないって、どういう事ですか?」
「ん、それに答える前に二人の苗字を聞いてないんだけど?」
「え? 前畑よ。私も健太郎も。知ってたんじゃないの?」
「あいにく知っていたのは名前だけなのよ。どうして知ったかは後にして、同じ苗字って事は二人は親戚か何か?」
「従姉弟です」
「ふむ、なるほど。二人の様子から兄弟じゃないとは思ってたけど。あ、話がそれたわね。苗字って普通は家族をくくるものでしょ。親兄弟、あなた達のような親戚同士。でも、私達にはそんなものないの」
「ない?」
「智子ちゃん。あなたから見て私や斬場はどう見える? もちろん炎術込みで」
「それは──」

 智子は応えに窮した。もしも、健太郎がいなければ言ってしまったかも知れない。

「バケモノ」
「ち、ちがっ」

 察したように八識が言うと慌てて否定しながら智子は健太郎を見た。
 大切な従弟に一瞬でもそんな事を考えたなんて思われたくなかった。

「まぁ、智子ちゃんはそうでなくても大部分はそうよ。こんな力を持ってしまったら人間社会からつまはじきにされてしまう。当然血のつながってる家族、親戚からでもね」
「っ…」
「だから、たいていは変に騒ぎが大きくなる前に自分から姿を消す。家族などの血のつながりを捨ててね。だから私達には苗字にあたるものはない。名前もそのまま使う人もいるけど改めて自分で付け直す人もいるわ」
「あなた達は…本当に何者なの? そして、健太郎はいったいどうなっているの?」
「黒い炎を操る突然変異の超能力者、あるいは人間のあらたな進化の一方向性なのかも知れない。私達と私達の存在を知るものは、DFと呼ぶわ」
「DF?」
「DarkFlame、黒い炎って意味」

 八識は一息ついて自分の料理に手をつけ始めた。健太郎達にも食事を勧める。

「やっと、これでスタート地点についたわね。ただ、あなた達が見知らぬDFに襲われた事、こっちのが健太郎君に襲い掛かった下りはまだ先になるわ。だから食べながら聞いてほしいの」
「分かったわ」

 智子は素直に従った。
 正直、お腹もすいていた。
 健太郎はと見ると彼も素直に料理に手をつけている。
 ただ、智子に比べて警戒心が薄い気がする。
 炎気というものを感じ取れるせいかも知れないが、少しのんきだと内心ため息をついた。

「さて、さきほど私達は血縁を捨てたとは言ったけど、だからと言って孤独に過ごすかというとそうではない。たいていは規模の大小は様々だけど特定地域に根ざしたコミュニティに属しているわ。私達はそれをグループと呼んでいるけど。グループが根ざした特定地域をテリトリーと呼び、他のDFのグループとは一線を引いているわ」

 八識を二人の表情を確かめるように見て言った。

「改めて。この地区一帯をテリトリーとするグループ【燈火】、その長の八識よ。長とはつまりはトップって事。こっち、斬場は戦闘方面で指揮及び戦闘部隊のトップ。【燈火】では私に次ぐ地位と思ってもらっていいわ」
「あ、あの戦闘って」

 健太郎がおずおずと質問する。

「さっきも言ったようにグループはテリトリーを持つわ。そして時にはそのテリトリーの奪い合いも発生するの」
「どうしてですか?」
「いくつか理由はあるけど、基本的にテリトリーは広ければ広い方が良いわ。私達は人間にはない力こそあれど霞を食べて生きている訳じゃない。かといってごく普通の仕事に就ける訳でもない。そんな事なら血縁を捨てるなんて事にならないからね。自然と生業は世間の裏側が主流になるけど、表の仕事と違ってお金にはなっても数はかぎられる。だから、より広大なテリトリーを求める。それはメンバーの多いグループほど顕著になる」
「えっと、【燈火】? はどうなんですか?」
「ウチ? テリトリーの規模はさして大きくないけど、幸い仕事には不自由してないわ。ただ、そのせいで逆にうちからテリトリーを掠め取ろうとする輩がいて困ってるわ」

 八識が冗談っぽく肩を竦める。
 健太郎の目が真剣なのを見て何を考えているか察する。

「あなたを襲ったDFね」
「はい。あいつは僕を【燈火】だと言っていました。あれはテリトリー絡みなんですか」
 八識は憂鬱そうにため息をついた。

「そうだったら事は単純だったんだけどね。別口なのよ。回りくどく言うと余計に話しが長くなるからストレートに言っちゃうけど、実はウチのグループと抗争中のグループがあってね。奴はそのグループのDFよ」
「なによ、それ。抗争ってまるでヤクザみたいに」
「そうね、でも的確な表現が思いつかないわね。この問題に関して言えるのは、発端はテリトリーの奪い合いでない事。そして、もう一つ言えるのは健太郎君は今回の件に関しては不幸な事故にあった被害者だって事」

 テーブルが振るえ、皿が一瞬中を浮いた。
 智子がこぶしをテーブルに叩きつけたのだ。

「不幸な事故? 被害者? 死にかけたのよ、健太郎はっ! 簡単に言わないでっ!」

 ウェイトレスの炎術がなければ店中の人間の注目を浴びたろう。
 殺気に近い視線にさらされながら、八識は平然とさっきの衝撃で飛び散ってブラウスについたソースを拭った。
 上から突き刺すような視線を下から覗き込むように受け止める。

「付け加えるならば、この問題自体は【燈火】ともう一方の【紅】というグループ間で発生している問題。本来ならば健太郎君にはまるで関係のない話。ただし、私達はそれに対して最大限の誠意をもって対応しているわ」
「誠意?」

 疑わしげに問い返すが、次の瞬間智子は八識の瞳に圧倒された。そこには揺るがぬ確信があった。

「さっきも言ったけど健太郎君は【燈火】とは関係ない。事態そのものは私達のグループが招いたとはいえ、どこのグループにも属していないDFはかかる火の粉は己で払うのが当然というのが暗黙のルールよ。つまり、【燈火】は健太郎君に対して何らフォローをする義理も義務もないわ。それにそもそも、私達が始めて会った工事現場。あなた達は、何しに来たの?」
「それは…死体の確認を」
「そうだ! 死体!」

 急に健太郎が叫んだ。

「健太郎?」
「智子! あそこに死体がなかったよね!」
「あっ!」

 色々あって忘れかけていた。
 二人はあそこに死体があるか確認にいったのだ。

「でも、じゃぁ、もしかして、あの死体はあなた達が」
「ええ、【燈火】が見つからないように処分したわ。他にもあの辺りで悲鳴を聞いたとか、工事現場から逃げるように出て来た男女を見たって情報が警察に流れたけど、もみ潰した。それくらいの力を【燈火】はもっている。そして、今【燈火】の長である八識が直々に事情を説明し、情報提供している。それでもまだご不満?」
「っ………」

 智子は悔しそうに唇をかんだ。
 やがてテーブルを叩いたきり握り締められていた手は緩んでほどけ、テーブルに伏せられた。

「ごめんなさい。…話を続けて下さい」
「謝る必要はないわ。健太郎君の為に怒ったのよね? 嫌いじゃないわ、そういうの ん?」

 八識も雰囲気を和らげたが、健太郎が凍りついたままなのに気付いた。

「あらら、当の本人が凍りついたままだわ。智子ちゃんを庇ってた時はなかなかかっこいいナイトぶりだったのに」
「え?」

 まるであの夜の事を見ていたかのような言い方に、自然と硬直が解けて疑問が口をついた。

「なんで、その事を? それに僕や智子の名前を知っていたし」
「そうね。そろそろ次のステップに移ろうかしら」
「次のステップ?」
「DFのこと、炎術の事。今日の本題と言ってもいいわ」

 今までも現実離れした話だったのに、さらに本題と言われ二人とも空気が緊迫する。
 が、八識はその空気を払うように笑った。

「そこまで構えなくていいわ。さっきまでは生死が関わる話だけど、今から話すのは恐らくこれから知っているべき話と、それに付随する話だから」
「はぁ」

 さっきまでの長としての威厳はどこへやら、くったくない八識に二人は毒気を抜かれたように頷いた。

「さて、まずDFについて。まずDFとは何かは言ったと思うけど、私や斬場は勿論DFなんだけど、健太郎君はDFというには中途半端な状態なのよね」
「え、どういう事ですか?」
「そもそもDFとして覚醒というのはもっとゆるやかに時間をかけて行われるの。健太郎君は襲われる以前に炎術を使えた? それとも炎気を感じる事ができた?」
「いえ」
「でしょうね。もっと以前に覚醒していたなら、違う対応も出来たでしょうし。何より不思議な事にグループやテリトリーといった知識は、誰に教えられる事もなく自然に身に付くものなのよ」
「えっ、どうして」
「さぁ、こればっかりは分からないわ。ただ、私が中途半端と言ったのはそういう事、炎術や炎気の感知といった力を持ちながら、知識面はからっきし。恐らく襲われた時に時間をかけて覚醒するべきところをスキップしちゃったせいだからと思うのだけど。実際の真偽は分からないわね」
「あの…」

 何か迷ったように智子が声を上げた。

「私がDFって可能性は──」
「ないわ」

 最後まで言う前に八識は言い切った。

「やさしいのね。健太郎君と同じ立場になれれば、辛さを共有できる?」
「い、いえ。そんな。違います。ただ、健太郎はこれまで普通の人間として生活してきました。なら、私だって」
「可能性がもしあるのなら、同じ危機に際して覚醒かそれに近い変化があるはずよ。特にあのDFに襲われた時、健太郎君は炎術に包まれたでしょ? 健太郎君に対して強い責任感を持つあなたが、DFとしての可能性があったのならあの状況で何も起きないはずはないわ」

 言われて智子はあの時の状況を思い返す。
 健太郎が黒い炎に包まれた時に感じた絶望感、無力感。
 もし、自分に隠された力があったのならば、絶対に使えていたはずだ。確信する。

「さて、そろそろ私がいないはずのあの夜の状況を知ってる説明をしないとね。といってもタネは単純なんだけどね。DFがDFと呼ばれる理由は勿論炎術にあるんだけど、これには個人差があるわ。まぁ、人間の走力、腕力に個人差があるのと同じ。そして鍛えればより強化されるのも同じなの。まぁ、DFの場合はあえて鍛えるまでもなく自然と力は強くなるんだけどね。そして、ある時点で昇華と呼ばれる段階を迎える」

 言われて健太郎は照明付近の微かな炎術を見た。
 ウェイトレスが使った音が外に漏れない炎術。

「そう、あれも昇華の型の一つよ。本人は《操音》の炎術と呼んでいるけど」
「昇華の型ってなんですか?」
「そうね、そもそも昇華っていうのは別に炎術の終着点とかそんなものではなく、ただ炎術に燃やす以外の要素を加味出来るようになるだけ。まぁ、だけなんていっても昇華までたどり着いた時点で一級のDFなんだけどね。後、昇華の型には2系統あって一つは《操音》みたいに炎術に別の属性を与えるものでこれを付加型と呼ぶの、そして私も当然昇華してて、昇華の型は付加型。で、ここまで教えておいていきなりだけどクイズ」
「は?」
「例の襲ってきた男の遺体。どうやって処理したと思う?」

 智子はまるで狐に包まれたような表情だが、健太郎にはピンと来るものがあった。
 自身の炎術でもまるで炎が身体の一部のように焼ける感覚が伝わってきた。
 もしも、それより上があるなら。

「焼いたんですね。焼いたものを知る炎術」
「正解、にしておきましょうか。正確には焼いたものだけじゃなく、それにかかわった事柄、焼いた瞬間から燃やすものにもよるけど何年にも過去を遡って知る事も出来る。《知覚》の炎術と呼んでいるわ」

 なるほど、八識が健太郎達の苗字を知らなかったのは、襲って来た男の見聞きした情報しか知らなかったからだ。あの時、二人は名前でしか呼び合っていなかった。
 健太郎は納得したが、次の疑問が浮かんだ。
 …が、聞くのが怖かった。
 内容が、ではない。
 聞く相手がである。
 だが、かわりに智子が問いかけた。

「じゃぁ、その人が使ったあの剣みたいなのは? それがもう一方の型?」

 指差されて斬場はムッとしたが、食事の手はとめなかった。
 ちなみにもうほとんど皿は空になっていた。

「そう、私の炎術を付加型と呼ぶのに対して斬場のように炎術の物質化を具現型と呼ぶの」
「物質化?」
「まぁ、利便上そう説明したけど実際は質量、体積、密度といったものをもつだけじゃなくて、固有の特性をもっている場合が多いわ。健太郎君の炎術をたった一振りで消滅させたでしょ? あれが単に切るだけなら、二つに分かれた炎術が斬場に命中していたはずよ」

 健太郎はその時の感覚を思い出して身震いした。

「そうそう、あの時も言ったと思うけど、炎術っていうのは強力ではあるけど、破られると反動が肉体に返って来る。それは力を注げば注いだほど、反動もまた大きくなるわ。相手の力量も分からず無闇に全力で炎術を使っちゃだめよ」
「いえ、たぶんもう使わないと思いますから。大丈夫ですよ」
「そうだったら、いいんだけどね。本当に」

 八識は腕を組んでため息をついた。

「本題その2。抗争について。今現在【燈火】は【紅】というグループと抗争中である。普通はグループ同士が争うなんてテリトリー絡みが大半なんだけどね、今回ばかりは事情が違ってね。【紅】から【燈火】への移籍しようとしたDFが元凶」
「移籍って、出来るんですか?」
「まぁ、グループ移籍はその都度事情にもよるからなんとも言えないわ。ただ、今回のは移籍というより亡命ね」
「亡命?」
「まぁ、元来DFは人間より巨大な力をもってる分、人間に対して容赦なく粗暴な傾向があるけど。【紅】はそんなDFの中でも力至上主義、人間どころか同じDFに対しても強者が弱者を踏みにじるなんて珍しくないらしくてね。たぶん、亡命希望のDFもそんなところに嫌気が差したんだと思うけど。まぁ、そんなだから周囲のグループのテリトリーに手を出すなんて日常茶飯事で周り中敵だらけなんだけど、困った事にそこには三巨頭なんて呼ばれてる連中がいてね。一人々々が小規模のグループなら単独で全滅させるなんて出来るとんでもない連中でね。とても、ウチも含めて手が出せない連中だったのよ」
「あの、ようはその亡命者を受け入れたから抗争に?」
「それだったらまだ良かったんだけどね。行方不明になっちゃったのよ、その亡命者を追っていたDF共々、よりによってウチのテリトリー内で」
「でも、それってなぜ問題に? 亡命者を受け入れたら面子がたたないとかの理由なら分かりますが、結局受け入れられなかったんでしょう? それとも【燈火】を攻める口実なんですか?」
「違うのよ。もっと切実な問題」
「というと」
「行方不明のDF2名。どっちも三巨頭なの」
「…は?」
「亡命を持ちかけてきたのが牙翼、それを追いかけてきたのが刃烈。どっちかが【紅】の長やってないのが不思議なくらい。それがウチのテリトリーで消えた。【紅】は三巨頭がいるのをいいことに周りのグループに喧嘩売ってたからね。その三巨頭のうちの二人がいなくなりましたというのが公になれば下手すればあのテリトリー周辺、戦国時代みたいになるわよ」
「でも、【燈火】のテリトリー内で行方不明ってなぜ分かるんですか? 余所に行ったとか」
「ウチの強みは情報力でね。DFが境界付近を通過するとその炎気を感知する《探知》の炎術の使い手が複数いてね、テリトリーの境界を全てカバーしてるの。それも【紅】の3巨頭が通ろうものなら見逃すはずないのに。侵入の形跡はあっても脱出の形跡なし。【紅】にしても、他のグループにいったなら、噂ぐらい耳にするはずと考えてるはず。結果、【燈火】が牙翼、刃烈の両方、あるいは片方だけでも手にしたと【紅】に思われちゃって、それを取り返そうとこの半年前からひっきりなしに【紅】の侵入が絶えないのよ」
「は、半年前も前の話なんですかっ!?」
「そう。亡命騒ぎは半年前なの。ここ一月ほどおとなしくなったと思ったら、突然活発…というか強行的になってね。どれくらい強行的なのかは健太郎君自身が身をもって知った通りよ。いい加減諦めたと思っていたのにね」
「あのー、その人達が相打ちになった可能性は?」
「こっちのテリトリー内で戦闘になったのは分かってるわ。が、なんせ三巨頭なんて呼ばれてた二人だからね。危険だから【燈火】のメンバーは退避させてたのよ。戦闘が終ったと思ったら今度は炎気が消えちゃってね」
「炎気が消えた?」
「そ、健太郎君なら分かると思うけど、炎術を使えばその場に炎気が残る。最初の衝突辺りの炎気こそあれど、そこから先の炎気がないのよ。相打ちなら相打ちでそれこそ盛大な炎気を撒き散らしているはずよ」

 そこまで話して、八識は呼び出しボタンをおした。
 ほどなくして、ウェイトレスが姿を現した。

「みんな、ほとんど食べ終えたみたいだから。ドリンクお願い。アイスティーでいい?」
 八識の確認に二人は頷いた。斬場も異論はなかったのか黙ったままだった。






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