DF−DarkFlame−-第三章-−3page






 胃液がコンクリートを打つ。
 肉体のコントロールが効かない。次から次へと胃液、さらには血液が吐き出される。
 その度にうめき声が響き渡るが、ここはデパートの屋上。何か催しものがあるならともかく、普段は人は滅多にこない。
 それどころか屋上へ出る扉へは鍵がかかっていたが、そんなものは炎術で破壊した。
 ただ、それすらも今の状態では無茶だったのだろうか。
 彼女は壁に横たわり己の状態を見る。
 半身が焼け爛れ、片手にいたっては末端は溶けて棒のようになっている。
 それでも、まだ命があるのは奇跡に近かった。

「まさか、あの斬場とぶつかるとは…ね」

 かつて噂に聞いた”同族狩り”の斬場。
 どこのグループにも属さず、DFでありながら何故かDFのみを殺し続けた異端。
 【燈火】の軍門に下ったという話は聞いていたが。

「ふふっ、”同族食い”ほどじゃなかったわね。噂なんてあてにならな──」

 再び、咳き込みながら吐瀉物を撒き散らす。

「どっちでも同じか。私には荷が勝ちすぎたわ」

 もう少し早くあの炎術の《剣》の意味に気付いていたら、こうなる前に退いていただろう。
 やぶれかぶれの奥の手が思った以上に効果を挙げたためにここまで逃げこめたが。

「終るのか、私は」

 この器はもう持たない。あらたな器が必要だ。
 だが、どうやって調達する? もう一歩も動けないというのに。
 人目を避けてここまで来たがそれが裏目に出た。

「ちくしょう。せせら笑うだろうな、奴は」

 同じ”同族食い”に忠誠を誓ってはいても反目しあっていた。
 盲目的に従っていた奴、昇華を捨て可能な限り炎術の形態を近づけ”同族食い”を理解しようとした彼女。
 こんな形で決着がつくのか。

「い、きゃぁぁっ!」

 え?

「な、何コレ。え、生きてる? 生きてるの?!」

 ウェイトレスらしい服を着た少女がすぐそばで真っ青になっている。
 扉を破った音に気付いてここまできたのか?
 なんて、

「なんて、なんたる重畳」
「ちょ、ちょっとまってて下さいね。人を呼んでっ、違う、その前に警察、じゃなくて救急車っ、救急車っ!!」

 少女は混乱のあまり携帯を取り出したまま、ボタンを押そうとして何度も頭を振っている。

「きゃっ」

 少女の悲鳴は、変死体と見紛わんばかりの状態の女性がかろうじて形を保っている手で彼女の足を掴んだからだ。
 その姿からは想像できないほど、強く硬く指が皮膚に食い込む。

「え、え、何々、何なのっ」
「あなたは何もしなくていいのよ──」

 ただ、そこに居さえすればいい。

「…うそ」

 それは唐突に起きた。
 女性の身体が突然発火したのだ。なんの火元もなく。
 だが、それだけではない。その炎は黒く、まるで意思を持つように燃え続ける女性の上をゆらゆら揺れている。
 少女は後ろにさがろうとした。
 しかし、片足が動かない。
 視線を向けると未だしっかりと掴んでいる女性の手。
 そして、黒い炎はまるで腕が導火線のように、燃える面積は狭くなっているはずなのに勢いを増しつつ彼女に近づいてくる。

「いや…いやよいやよ、うそ、うそだ、こんなのうそだよ…」

 これから、何が起きようとしているのか。
 朧気ながら少女が悟った時には、すでに黒い炎は彼女を包み込む寸前だった。

「こんなのうそよぉぉぉぉっ!!!!」

 少女が完全に黒い炎に包まれたとき、少女を掴んでいた手ごと女性の肉体はぐずぐずとその形を崩していった。






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