DF−DarkFlame−-第四章-−4page






「だぁ、むしゃくしゃするっ」

 智子は頭をかきむしり勢いよく分厚い本を閉じた。
 途端に司書にじろっと睨まれる。図書室にいる生徒は智子しかいないから目立つことこの上ない。

「前畑さんっ、図書室では静かにっ」
「うわちゃっ、すいません」

 慌てて頭を下げる。
 普段強気の智子も司書には逆らえない。そんな事をすれば図書室に出入り禁止になるからだ。

「いったいなーに? 普段は静かな前畑さんがさっきからイライラして」
「あはははっ、いやちょっと」

 智子は愛想笑いでごまかした。
 説明しようにも智子自身が自分の感情を理解出来ていないのだ。

 たくもうっ、これも健太郎のせいだ。そもそも昨日はなんだって恵と一緒にいたのよ。恵は自分が誘ったみたいな事言ってたけど…

 考えれば考えるほどイライラは募っていく。

「あー、やめやめ」

 閉じた本を手に、それがあった本棚へ移動する。

「あら、今日はもう終わり?」
「いーえ。ちょっと休憩」

 肩を竦めて智子は図書室から出た。

「あ、前畑さん。今日はここ午前中で終わりだから。それまでにカバンを取りに来てね」
「そうなんですか? 分かりました」

 背後から追いかけてきた声に即返事をする。

「どっちみち、健太郎の補習は午前中だけだから一緒だけど」

 さてどこへ行こう?
 特に目的もなく出てきた為に、図書室のある棟を出た瞬間に途方にくれた。
 すぐ図書室に戻るのもなんだか嫌だったが、この学校で他に時間が潰せる場所はそうはない。

「食堂でジュースでも飲んでるか」

 夏休みでもクラブ活動等がある為に、食堂は常時解放されている。
 噂では昼時でもさすがに閑散としているらしいが。

「あれ?」

 見知った生徒を見かけて智子は足を止めた。
 恵だ。
 反射的に壁にへばりつくようにして隠れてしまった。別にやましい事は何もなかったのだが、恵が一人ではなかったからだ。
 どうやら陸上部と思わしき男子生徒と一緒に校舎の裏側へと行ってしまった。二人ともこちらには気付いてなかったようだ。

「むむっ、怪しい…」

 野次馬根性フルスロットルで二人の消えた方へと早歩きで追いかける。
 そもそもなぜ恵が昨日今日と学校にいる?
 昨日は忘れ物、今日はバイトが休みだったとの事だが。

「さてはオ、ト、コ、か?」

 もはや図書室でのイライラの原因など忘却の世界へと旅立っていってしまっている。
 二人の消えた先にあるのは封鎖された非常階段と体育倉庫。

「あ、怪しすぎ」

 単に陸上部が部活につかう用具を持っていくだけなのかも知れないが、今の智子の頭にはヨコシマな考えしか浮かばなかった。

「結構、カッコイイ奴だったじゃない。恵の奴、いつの間に…て、あれ?」

 校舎の裏側を覗き込んで智子はキョトンとした。
 誰もいない。そんな馬鹿な。
 タイミングからして来た道と反対側の道を出ていったとしても背中くらいは見えてもいいはずだ。
 しかし、その疑問はすぐに氷塊する。体育倉庫が微かに開いている。

「おやおや。暑くないのかな」

 智子は内心舌なめずりしていた。
 もしも陸上用具を持っていくだけなら閉めるのは外に出た時でいいはずだ。
 という事は…

「恵に反撃するネタゲットだね」

 さすがに覗きまでするのは趣味が悪すぎる、というか絶交されるだろうな。
 さて、どうしようと悩んでいたその時。
 体育倉庫の中から物音が鳴った。さらにもう一度。
 智子はゴクリと唾を飲み込んだ。
 何かおかしくないか? どう考えても今の音は跳び箱やそれに類する大きなものが落ちたり壁にぶつかったりした音だ。
 何か変だ。中で何をやっているのか? 何をしたらあんな音を立てるのか。
 心臓の鼓動が少しずつ早くなっていく。嫌な予感がさらにそれを加速する。

「ははっ。あいつら、な、何やってるのかな」

 一歩、また一歩と少しずつ音を立てないような足取りで体育倉庫に近づいていく。
 人を呼んできた方が良くないか? そんな考えがちらりと智子の脳裏を過ぎるが、これが単なる智子の考えすぎだったらと思うと、その結果が引き起こす騒ぎについて恵に謝っても謝り切れない。
 幸い体育倉庫の戸は閉まる手前の状態で止まっている。一瞬見て離れれば中の人間には気付かれない可能性が高い。
 頭の中で見つかった時の言い訳の考えながら、智子は体育倉庫の戸の透き間を覗き見た。

「………」

 始めは暗闇に目が慣れていないせいだと思った。それぐらい視界が不明瞭だった。
 だが、少し変だ。なぜ恵の姿がはっきりと見えるのに、それ以外が霞んで見えるのだ?
 ゆらゆらと景色が揺れて、それではまるで炎が引き起こす陽炎のようではないか。
 本当はそれが何か理解している。そして、理解などしたくなかった。
 あるはずがない。ありえるはずがない。
 恵は中学の時から知っている。物静かでごく一般的な人間だったはずだ。

「あら、智子。どうしたのー?」

 勢い良く戸が開かれた。
 呆然としていた智子は、すぐ目の前に恵が来ても対応出来なかった。
 今、智子が目を奪われているのは恵ではなくその背後。
 踊る黒い松明。それはすでに散らかっている体育用具に躓いて壁に激突して跳ね返り地面に叩きつけられる。そして、声に鳴らない悲鳴を上げる。
 それは人間だった。恐らくは恵と一緒にここへ入った男子生徒。もう、肉が崩れ初めて誰と判別するのも困難だったけれども。
 そして、それを包むのは黒い炎。
 知っている。
 大切な従弟を苦しめるもの。
 それは体育倉庫内を覆い尽くしていたが、不思議な事に焦がし溶かすのは男子生徒だけだった。

「どうして…そんな…馬鹿な事って」

 智子は黒い炎の流れを追った。それは全て一箇所から流れ出ていた。
 恵の足下。その影から吹き出ていた。そして恵以外の全てを包み込む。

「恵、あんたまで…」

 疑う余地はない。これは恵のやった事。
 恵もまた健太郎と同じだったのだ。
 だが、認めたくない。そんなはずはない。そんなはずはないのだ。
 恵がこんな事をするはずがない。恵がこんな酷い事をするはずがないのだ。

「見られちゃったねー。こうなったら仕方ないねー」
「…え?」

 首を傾げるように、困ったような笑顔で恵が言った。
 智子はそれが何を意味するのか、何を言っているのか。熱を足下から感じた瞬間まで気付く事はなかった。






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