DF−DarkFlame−-第四章-−12page






 二人は確かにそこにいた。
 屋上の中央で胸の下で腕組む恵と、周囲を常に黒い火花が飛び散って身動きが取れない智子。

「け、健太郎」
「こんばんわ、健太郎君」

 智子の無事な姿を見て安堵するが、すぐに恵に厳しい目を向ける。

「いったい、なぜこんな事を」
「なぜ?」

 恵は不思議そうに首を傾げた。

「むしろ、なぜ【燈火】と【紅】のDFが殺しあわないかのほうが不思議だけど」
「ぼくは【燈火】じゃない」
「…もうどうでもいいのよ。後は私の糧となってくれれば」
「糧?」
「ええ、どういうわけか【燈火】の包囲が消えている事だし、後はあなたを狩って取り込めばこんなダメージも吹き飛ぶわ」

 爛々と輝くような恵の瞳。
 言っている意味はわからないが、もう選択肢は一つしかないのは分かりきっていた。

「智子を放せ」
「実力でやってみせてよ。記憶障害とはいえDFでしょ。もっとも出来るものならねっ」
 瞬間、今までとは比較にならないほどの炎気が恵を中心として爆発的に広がる。
 記憶をよぎるのは教室での攻防。

 集中しろ。目に頼るな。炎気の密度を捕らえるんだ。

 健太郎は自らに言い聞かせる。
 右へ、左へ。
 独楽のようにクルクルと瞬間、瞬間に発生する黒い灯火をかわしていく。

「へぇ、やるじゃない。たった一度やりあったぐらいで私の炎術を見抜くなんて」

 そう言いつつも恵の口調は余裕があった。
 それに対して健太郎は言葉を返さない。
 そんな余裕がないからだ。
 恵の炎術の要。それは彼女特有の炎気制御能力にある。
 健太郎や健太郎の知る他のDF達は炎気を己の内で集約し黒い炎として放つのに対して、彼女はまず炎気を放ってから任意の空間でそれを集約し黒い炎と成す。
 言い方を変えるならば通常のDFとは逆のプロセスによって発現する炎術。
 故に彼女に対して、距離、位置の関係は無意味。
 彼女の炎気の領域に捕らわれればどこにいようと攻撃に晒される。

「でも、それだけでは私には届かないの。そうでしょ?」

 挑発するように笑う恵に対して、それに乗せられたかのように健太郎が炎術を放った。
 豹変したとはいえ親友に向かって容赦なく放たれた黒い炎に智子が声にならない悲鳴を上げる。
 しかし、それは恵に届く前に霧散する。まるで絞り潰すように恵の炎気が包み威力を殺いでいった。
 健太郎が苦しそうに呻く。
 智子は恵が何かしたのかと咄嗟に仰ぎ見るがそうではなかった。
 恵はただ、健太郎の攻撃を防いだだけ。そして、それだけで反撃になる。
 斬場の時もそうだった。

「不用意ね。力は予想を遥かに超えていて正直驚いているけど、そんなまっすぐな使い方では逆手にとられるだけ。同じまっすぐでもあの斬場みたいに具現しているならともかくね」
「…斬場さんを知っているの?」
「知っているどころじゃないわ。今こうしてこの器に入る羽目になったも、あなたを糧にしなくてはいけなくなったのも全て奴のせい。ある意味今の状況を招いたのは奴のせいと言えるわね。恨むなら奴を恨む事ね」

 器…何度も出てきた単語。
 器に入る? それは何を意味する?
 一つ予感がした。それはとても悪い予感。
 今までの情報、今まで感じてきた様々な感覚、そこから推測される結果。
 それはとても絶望的でそこから先へ進む事を拒絶する。
 なぜならば、それの意味する事は…

「健太郎っ!!」

 意識がそれていたのはほんの一瞬。
 そして、それを見逃してくれる相手ではなかった。
 智子の声で我に返ったときには逃げ道はなかった。
 四方八方よりせまり来る炎の網。
 闇の中でなお映える黒い炎。

「ぐっ」

 咄嗟に放った渾身の炎術が網の一部を引き裂く。
 その隙間に身を投げ出して包囲を抜けるが、次の瞬間には全身がきしむような激痛が走る。

「不用意ってさっき言わなかった? 忠告は聞くものよ」

 脱出の為に放った炎術が黒い炎の網にすりつぶされていく。
 先ほどの時よりダメージが大きい。
 八識の言葉がふいに思い浮かぶ。

『力を注げば注いだほど、反動もまた大きくなるわ』

 だが、全力でなければあの網を破れたかどうか。

「さぁ、いつまで耐えられるかな?」
「くっ」

 次々と火点が生まれる。
 足元から頭上から。
 背後から正面から。
 火点と火点が火線で結ばれ網と化す。
 もう一度全力で炎術を放って破られれば耐えられないかもしれない。
 ならばっ

「うわぁぁぁっ!」
「いやぁぁっ、健太郎っ!!」

 智子の悲鳴が耳を打つ。
 やはり加減した炎術は通用しなかった。
 網は破れず、放った炎術ごと健太郎を包み込む。
 皮膚が熱に食われていく。
 健太郎は無我夢中で手を振り回し地面を転がり火を消そうとする。
 だが、そんな事では黒い炎は消えない。
 そんな事は当に分かっていたはずなのにパニックでそこまで考えが及ばない。
 熱い熱いアツイアツイ。
 ただそれだけが頭の中を駆け巡る。
 耳に入ってくる嘲笑と嘆願の声すら届かない。






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