DF−DarkFlame−-第四章-−21page






「あらかじめ断っておきます。僕は前畑健太郎です、昔も今も。そしてこれからも」

 藤華興信所の事務所。今この部屋にいるのは三人だけだった。
 一人は八識。
 一人は斬場。
 そして健太郎。

「…かまわないわ。人間、前畑健太郎が知っている事を教えてくれるのなら、ね」

 皮肉ともとれる八識の物言いに斬場はもちろん健太郎も眉一つ動かさなかった。

「そうね、まず確認しておかなければならない事があるわ」
「確認しておかなければならない事…ですか?」
「ええ」
「DFと言う存在について。どこまで覚えて――いえ、どこまで知っているのか」

 健太郎は微かに目を伏せた。
 以前に八識は言った。黒い炎を操る存在、それがDFだと。
 だが、それが偽りであると今の健太郎には分っている。
 健太郎は人差し指を突き出し、その先にろうそくの灯のような小さな黒炎を灯す。

「これが、僕です」

 ある日、突然使えるようになった黒炎。
 炎術を破られると受けるダメージ。
 豹変した吉田恵。
 全てはたった一つの真実に起因する。

「前畑健太郎なんて人間はもうどこにもいない、ここにいるのは…」

 どこにも救いのない真実が全てを生んだのだ。

「前畑健太郎の体に寄生するバケモノです」

 人間の魂を糧として、人間の肉体を乗っ取る、意思を持つ黒い炎。
 それこそがDF。DarkFlame。

「どうしてそんな事になった?」
「簡単な話です。器を完全に破壊されて、器無しで自分を維持出来ないようなダメージを受けて。そこへたまたま不幸な人間が通りかかった…。それだけの話です」
「そうなった元凶はどうなった? 刃烈はどうした?」
「…知りません」
「知らない?」

 斬場の眉が跳ね上がる。とぼけるなとでも言わんばかりの表情だ。

「やめなさい、斬場。でも、健太郎君。器を換えるだけの余裕があった状態で相手がどうなったか分らないというのは私も納得できないわね」

 健太郎は静かに首を振った。

「刃烈がどうなったかは僕の口からはなんとも」
「器を換えたダメージのせいと言う事?」
「それも僕には…」

 八識はため息をついた。そして、今にも身を乗り出そうとしていた斬場を目で制する。

「いいわ、刃烈の事は気にならないと言えば嘘になるけど。それ以上に牙翼、いえ健太郎君を確保出来たほうが大きいわ」
「爆弾を抱え込んだとも思えるがな、俺には」
「それは【紅】からの亡命を受け入れると決めた時に折り込み済みでしょう? それにいまさら彼を放りだした所で事態が好転する訳じゃないでしょ? 聞き分けなさい」
「別に反対するつもりはないさ。ただの愚痴だ」
「…愚痴なら壁に向かって言ってなさい。いくらでも聞いてくれるわよ」
「一つ、僕からもいいですか?」
「あら、何かしら?」

 健太郎からの問いかけに八識が首を傾げた。斬場もムスッとした表情で壁にもたれかかって目を閉じているが、確実に聞き耳を立てている。

「器の…確保。それと糧について」
「…そうね。【燈火】に来るDFにとって何よりも興味のある事よね」

 健太郎の持つ知識では【燈火】はDFと人間との共存を願うサイドであると言う事は知っていても、その実態については多くを知らない。
 ただ、むやみに人間を狩る事だけは禁止しているとだけしか。

「DFは人間の肉体と魂を必要としている。肉体は私達を収める器として。魂は存在を維持する為の糧として。そして、それ自体は【燈火】のDFも例外ではないわ」
「そうでしょうね」

 自分達はそういう風に生まれついてしまった。人間が人間である事を止められないように、DFはDFとしてしか生きられない。
 だが、ならばなぜ自分達は人間に近い自我を持っているのだろう?
 人間とはかけ離れた心ならば、こんなに苦しむ事はなかったろうに。

「ただ、私達が他のサイドと違うのはグループのメンバーにあるルールを科しているからなの」
「ルール?」
「ええ、狩る人間についてのね」
「犯罪者だけ?」
「すでに聞いているのね、その通りよ。より正確に言えば法が裁けない類の人間を狩る事が多いから、一概には犯罪者とは呼べないかも知れないけどね。それが以前言っていた裏の仕事」
「他にも死期の近い人間の場合もあるな。いくつかの病院に潜り込んでいる仲間がいるからな、そっちの情報には不自由しない。八識の今の器がまさにそれだ」
「斬場の言う通りよ。この器は末期の癌で苦しんでいた女性のものよ。彼女は遺書を残して失踪したと言う事になってるわ」
「それが…共存ですか」

 健太郎が自嘲気味に言葉を漏らす。
 やはり【燈火】でもかわらない。自分は狩る側。人間は狩られる側。

「そうだな。偽善とすら呼べないシロモノだ。だが、俺達がDFである限りどこかで妥協するしかない。さもなくば…自ら滅びを望むか、だ」
「…斬場さんはどうして【燈火】に?」
「妹がいた」
「…え?」
「無論、この器のだ。器が安定するまでの仮の生活だったはずだったんだがな。ただでさえ病弱な奴だった上に両親はすでにいないとまできてはな。情が移ってしまったらしい。気付けば離れられなくなってた」
「…その人は?」
「…俺に心配かけたくなかったんだろうな。何かと一人でやろうとして、そして一人の時にDFに狩られてしまったよ、体まで乗っ取られてな。あの時ほど自分の存在を呪った事はなかったさ。【燈火】に来る以前は狂ったようにDFを殺してまわっていたよ」
「みんな似たようなものよ。生まれついての人食いの種族。こっち側に来るのは誰もが何かのきっかけあっての事。メンバーの中には家庭を持つ者もいるわ。勿論、自分の正体を明かしている訳ではないけど」
「結局の所、共存なんてお題目はただの奇麗事だ。俺達は物事を都合の良い方へ解釈しているだけ。身近な人間を生かし、見知らぬ他人を食らう。ある意味最低の集団とも言えるかもな」
「そうね、自らの本能に忠実に生きている他のグループの方がよっぽど正しいのかもね。それでも私達は以前のようには生きられない」
「ああ、戻れやしないさ」

 以前のように。
 そう、彼等の言う通りだ。
 戻れはしない。前畑健太郎になる以前には。
 もう前畑健太郎として生きるしかない。

「出来ればずっと忘れていたかったですよ。僕がDFだって事。これは、罰ですか? 智子の――いや、前畑健太郎に関わる人間から彼を奪った事に対する」
「…だとすると、私達は生まれついての罪人よ」
「DarkFlameが地獄の業火に焼かれる、か? 洒落がきいてるな」
「そちらの方がよほどマシだった…。僕はこれからも前畑健太郎として生きていかなければならない」
「それが嫌ならその器を捨てるんだな。もっとも新しい器がいるだろうがな」

 突き放すというよりもどこか投げやりな口調の斬場に、健太郎は静かに首を振った。彼にも健太郎が感じている感情に覚えがあったのだろう。

「これからどうするつもりだ?」
「…別に。何も変りはしませんよ」

 健太郎は無理につくったとは見えない笑顔を見せた。

「これからも前畑健太郎として生きていくだけですよ」



第四章 完






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