DF−DarkFlame−-第五章-−2page






「牙翼を見つけた?」

 宿木の問いに対して樹連ははっきりと肯いた。

「器があっていないみたいね。炎気の質が極端に変わっていたわ。あれでは今まで見つからなくて当然よ」
「間違いないんですか?」
「あの昇華の型を他に持っているDFがいるのなら話は別だけどね」
「…だとすると状況は最悪じゃないですか」
「最悪? なぜ?」
「なぜって? 牙翼が見つかり、今だ刃烈はみつかっていない。答えは一つじゃないですか?」

 怪訝そうに首を傾げる男を樹連は軽蔑した目で見る。

「今まであなたは何を見てきたのかしら」
「…どういう意味か説明してもらえませんかね。この阿呆にも分かるように」

 あきらかに気を悪くした宿木の様子を気にした風もなくつまらなそうに説明する。

「今まで敵地であるこの街に私達がいるのは何の為?」
「それは…刃烈と牙翼を探す為、でしょう?」
「そう。私達はこの街に入ってからずっと二人の炎気を探していた。なのに当人の炎気はもとより戦闘の痕跡すら掴めなかった。これがどういう意味か分る?」

 しばし、宿木は熟考する。

「…まさか、刃烈の《捕食》の炎術?」
「そう。あの方の炎術。全てを食らい尽くす炎。もしも牙翼が刃烈を倒しているのならば、少なくとも戦闘の痕跡位は見つかるはずよ。見つからないのはつまり《捕食》の炎術が炎気すらも食い尽くしているからよ」
「ならば、なぜ私達の前に姿を現さないです?」

 一瞬、返答に詰まった樹連は視線をそらした。
 それはまさに彼女の疑問であったからだ。

「分らないわ」

 正直に言った後に付け加えた。

「あるいは相打ちに近い状態だったのかも。そして、牙翼と同じく器を換えた…」
「それにしたって私達から姿を隠す理由はないでしょう?」
「…器を換えれば当分の間は力が衰えるわ。そんな姿を見せたくないのかも」
「プライド高い人でしたからねぇ。あなたと同じく、おっと」

 殺意すら感じられるキツイ視線を浴びて宿木は一歩下がった。

「それに見合う力は持っていたわ。だからこそアタクシ達を含めた《紅》のメンバーが来ているのでしょ」
「だが、結局のところはですね。何の手がかりもないという事に変化はないって事じゃないですか?」
「手がかりならあるわ」
「え?」
「牙翼よ」
「牙翼が? 見つけ次第制裁しろとか上から無茶振りな命令はありますがね、どっちにしろ刃烈の保護が優先と言ったのはあなたでしょ? まぁ、私としても牙翼の相手なんてごめんこうむりたいですが」」
「それは今も変っていないわ」

 そう前置きして続ける。

「優先順位もそうだけど、いまや奴には【燈火】のDFがいるしね。ただ、刃烈と最後に接触を持ったのは間違いなく奴よ」
「…それは、どちらにしても牙翼との交戦は避けられないという事ですか? まさか素直に刃烈の事を吐くとは思えないですが」
「そうね。実際に私が聞いてもとぼけられたしね。ただ、同じ戦うにしても倒すのが目的の場合とそうでない場合ではやり方も難易度も変ってくるんじゃないかしら?」
「理屈は…そりゃそうかも知れないですが、ね」
「理屈で十分よ。今回の指揮は私がとる。上からの通達はそうだったはずよね」
「十分、承知の上ですよ。あなたが強引にねじ込んだ事も含めて、ね」
「何が悪いの? 力がすべて。それが【紅】よ」
「だから、力を失えば消えるしかない、と? 器を替えた牙翼も。あるいは【紅】も」
「別にアタクシにとって【紅】は絶対じゃない事は否定しないわ。恐らく刃烈が別のグループに移るなら私もそうしていたでしょうね。そうなったら上も困るでしょ? 【紅】が今の勢力を保てるのはあくまでアタクシと刃烈があってこそだったもの」

 あえて牙翼の名前を外す彼女に宿木は疲れたようにため息をつく。

「…分かりませんね。なぜそこまで刃烈に拘るんですか? 以前から力に固執していたあなたが対抗意識を燃やすならともかく。牙翼、刃烈が【紅】に来る以前のあなたはあれほど最強である事を自負していたのに」

 宿木の言葉に樹連は一瞬遠くを見る目付きになる。
 視線の先にはさして遠くない過去の光景が映る。
 自分が最強だと思っていた。
 破壊出来ぬものもないと思っていた。
 それをたった一人のDFがたやすく打ち破った。
 それが刃烈。
 同族食いのDF。
 本能が告げた。
 あれには敵わない、と。

「あなたには分らないわよ。永遠にね」
「そうですね。分りたいとも思いませんね、ええ」

 もううんざりとばかりに宿木は肩を竦めた。






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