DF−DarkFlame−-第五章-−3page






「ありがとうございます。このお礼は改めて。いえ、お手間をとらせて何もなしという訳にもいきませんわ。ただ、ちょっと今はたてこんでおりますのでまた後日連絡させて頂きます」

 電話を切り疲れた表情で椅子に座り込む。

「どうした。さっきからやけに外側の電話が多いな」

 斬場が所長席の書類を弄びながら聞いた。
 この場合、外側とは【燈火】関係以外の事をさす。

「牙翼関係ですよ。他にないでしょ」

 半ズボンに半そでのシャツ一枚のすがたでアイスキャンディーを舐めてる篝火が気のない返事をする。

「そう言うお前はなんでここにいるんだ?」
「合宿中に呼び出したの斬場さんでしょ。いまさら戻ったら部活の先輩に脱走の罰になにされるか」
「そんなもの、夏休みが終ればいやでも部活の先輩とやらに顔を合わすんじゃないのか?」
「そーなんですけどね」
「二人とも、この事務所は仕事場であって雑談の場ではないんだけど」

 横目で二人をにらみ付ける八識。

「特に所長席でふんぞり返っているそこ。かわりに交渉して下さる?」

 そそくさと席を変える斬場。

「まったく、健太郎君の学校のフォローで大変なんだから」
「フォローって?」
「ほら、例の器を替えたDF、あれが学校の教師、生徒を何人も食らったらしくてね。ちょっとした騒ぎになってるのよ。それの火消しと、後は補習が出来る状態じゃないから出席日数の関係で留年にならないように裏から手を回しておいたの」
「ずるいなぁ。オレもやってよ、八識さん」
「あんたは両親健在でしょうが。真面目に勉強なさい」
「オレ、一回大学卒業してるんですけど」
「今は中学生でしょ。ちゃんと両親安心させなさい。健太郎君にはさっさと高校卒業してもらって、斬場と【燈火】の二枚看板になってもらわないと」
「ちょっとまて。【燈火】の加入を奴は承知したのか?」
「まぁ、はっきりと言質をとった訳じゃないけど、元々【燈火】に移籍という話だったし、いまさら他のグループや流れのDFになる事もまぁ考えられないでしょ。智子ちゃんの事もあるし」
「ウチは偽善だけど、まだ偽善なだけマシってところですか?」
「そんな所ね、他に人間との共存なんてお題目掲げてるところでもない限りは【燈火】に入るしか道はないのよね」
「で、その噂の当人はどうしてる? 補習がないという事は学校には行ってないのだろう? なら、いっそ何か仕事を回したらどうだ」
「今はあまりこっちから積極的にアプローチかけたくないのよ。精神的に不安定だろうし。ついでに言えば、今現在はデート中」
「デート? あの嬢ちゃんとか?」
「そ、泳ぎにいくから水着を買いに行くそうよ。邪魔したら馬に蹴られるわ」
「おいおい、冗談じゃないぞ。樹連がテリトリー内をうろついてるこんな時に」
「家にしばりつけておくわけにもいかないでしょ。監視は大幅に増やしたわ、健太郎君に了承済みで。記憶喪失状態ならいざ知らず、今の彼に監視兼護衛付きで正面から挑むほど樹連も愚かではないでしょ。もっとも、いつまでもあんなのにテリトリー内をうろつかれるのもたまったものじゃないけど。ん? なに?」

 斬場の表情が気になって問いかける。

「勝つのが目的ならたしかに牙翼、いや、健太郎だったな。奴もそうそうやられはしないだろう。だが、樹連の目的は牙翼に勝つことか?」
「…違うわね。刃烈の所在。…確かにそれは考慮漏れだったわ」

 勝つ為ではなく、情報を引き出すため。
 その為には正面から戦う必要も、全力が必要でもない。
 駆け引き、例えば人質。
 ただの脅しであれ、今の健太郎の精神状態は極めて不安定だ。
 初歩的な罠にすらひっかかる可能性もある。
 そもそも、健太郎の精神状態を考えて智子と出かける事を許可したのだが。
 八識はすぐに携帯電話を手に取った。
 しかし、電話帳欄を開く前に電話がかかってきた。
 相手は健太郎の監視の一人だ。

「はい、八識。…確かね?」

 声のトーンが下がる。
 斬場がゆらりと立ち上がる。
 八識の指先から小さな黒い灯火が放たれ、壁に貼られた地図の一点で止まる。

「【紅】のDFと思わしき炎気が数人分、健太郎君の後を付けてるそうよ。樹連はいないようだけど、炎気を抑えて近くにいる可能性も考えられるわ」
「俺が行く。監視には到着まで手を出さないよう伝えておけ。状況に変化があったら逐次知らせてくれ」
「今のところ健太郎君を付けてる連中に襲い掛かる気配はないそうだけど」

 斬場は鼻で笑った。

「【燈火】のテリトリーに侵入して時点で容赦する理由はないな。もっとも容赦が必要なのが俺とは限らんがな」
「どういう事? 斬場さん」

 篝火の言葉に答えず、斬場は事務所を出て行った。






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