DF−DarkFlame−-第五章-−4page






 イル…
 オボエガアルケハイ…
 ヤツラカ。

「健太郎?」
「ああ、ごめん。ちょっとボーっとしてた」
「大丈夫? 体調悪いの?」
「い、いや。そんな大したことないから」
「本当に?」
「う、うん。大丈夫だって、そんな顔しないで」

 道端でふいに立ち止まると、心配そうな表情で気遣う智子。ごまかす為に意識して笑顔を取り繕う。
 恵の一件があってから彼女は変わった。
 丸くなったというか、健太郎に対してどこか一線を引いている。以前のような遠慮ない言葉はなりを潜めてしまった。
 ただ、何かと健太郎の世話をやいたり体を気遣ったりと、そういった事はむしろ前よりもべったりといった感じだ。
 何が彼女を変えたのか?
 健太郎には分らない。きっかけは恵の事なのだろうが、それがどんな影響を彼女に与えて今の状況を作ったのか。

「いこう? 水着を買いにいくんでしょ? 夏休みの最後に備えて」
「うん」

 夏休み最後の数日に海にいく約束をした。
 最後といってももう夏休みの半ばは過ぎている。
 残りの日数は少ない。
 まだ宿題の多くが手付かずなのに、そんな話がどちらからともなく出たのはやはり現実逃避がしたかったのだろうか。
 たちの悪い悪夢はいまだ続いている。
 一つ、二つ、三つ、四つ…そしてもう一つ。
 感じる炎気は五つ。つかず離れずに後ろをついて来る。
 今すぐ襲ってくる気配はないらしいが。

「智子?」

 返事は返ってこない。
 彼女は健太郎の腕をとって、寄り添うようにぴったりと体を付けてくる。
 薄い布地を通して軟らかな感触と共に体温が伝わってくる。
 微かに曇ってはいるが真夏の日中だというのに、体は彼女の熱を求めている。
 だから痛いほど感じる。
 前畑健太郎がどれほど彼女を想っていたか。
 DFは器を替えた時、器の元々の人格に多くの影響を受ける。
 それは器を変えた際、周囲の人間に気付かれない為の本能的なものなのかも知れない。
 だが、いわば器の環境に溶け込む為のそれは時としてDF自身の自我すらも変えていってしまう。
 恐らくはそうして器の影響を受けすぎて取り返しのつかなくなってしまった者達が《燈火》なのだろう。
 健太郎自身も自覚はしている。取り返しがつかない事には。
 いつまでもこのままではいられない。
 器には器としての寿命がある。
 それ以上使い続ければ体中の組織が崩壊していく。
 一つの器を永遠に使い続ける事は出来ないのだ。
 ましてや今の器は慎重に自分に合いそうな人間を選んだわけではなく、たまたま通りがかった人間を奪っただけだ。
 長くはもたない。いずれ器を捨てる時が来る。
 だが、出来るのか? 彼女を悲しませると分っているのに。

「健太郎」
「え?」
「ずっと一緒にいようね。ずっとずっと、このままで」

 体を密着させながら智子が小さく言った。
 胸の奥がきしみをあげた。






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