DF−DarkFlame−-第五章-−5page






「本当に信用できるの?」

 斬場が散らかした書類の束と格闘している八識を尻目に、篝火は退屈そうに目の前にあるパソコンのマウスを無意味に動かしている。
 少しは手伝いなさい、そう言いたげな目で睨みつつ八識の手は次の書類を探っている。

「それは、健太郎君の事?」
「他に誰がいるの、八識さん」
「そうね」

 手を止めて、篝火からマウスを取り上げる。とりあえず目障りだったらしい。

「信用するしないの問題ではすでにない気がするけども」
「彼は何かを隠している、でしょ?」
「…みたいね」
「隠し事があるとわかって受け入れるの?」
「お互い様でしょ? 私達も彼がまだ記憶を失っている時にDFとは何かを教えなかった」
「事情も状況も立場も同じゃないでしょ。彼がまだエースかジョーカーか分からない状態だったんだし」

 八識はクスッと笑った。
 篝火が首を傾げると。

「斬場も良くいってたわ、エースかジョーカかって」
「あー、あれ。斬場さんの口癖だし」
「あら。初めて知ったわ」
「頭が戦闘モードの時くらいしか言わないからね。で、話を戻しますけど」
「問題は隠し事があるかないか、そういった事ではないわ。そうでしょ?」
「いかに【燈火】の利益になるか、あるいは不利益になるか、ですか?」

 これは八識さんの口癖だけどねー

 頷く八識を見て、篝火は心の中で呟く。

「現在のところ牙翼、いえ健太郎君をこちらが取込んだという情報が小康状態を生み出す事を期待してるの。牙翼というカードがある限り、もう向こうは安易に【燈火】のメンバーに手を出せない。下手に追い詰めれば、牙翼が牙を剥く可能性があるから。こっちも安易に【紅】を発見しても手を出さないようテリトリー巡回組みに連絡しておいたわ。元々戦闘向きでないDFの集まりだもの、対外的には見栄を張れる程度の戦力しか残されていないというのが現状だからね」
「…否定はしないけど。最後のはもうちょっとオブラートに包んで欲しい気がする」
「ここが普通のグループなら他のグループに下るなり同盟を組むなり手の打ちようもあるけど、私達はそういう訳にはいかないでしょ? その普通のグループからドロップアウトした集団なんだから」

 まったくその通りだった。
 他のグループに行ったとしてもはやなじめるはずもない。
 ここは異端者が最後に集う砦なのだから。

「今となっては問題は健太郎君じゃないわ。実質、牙翼が健在という事は大幅に刃烈の生存の可能性を低下させたと言っても過言じゃない」
「【紅】の撤退を期待してる?」
「それがベストね。損害はお互い様だもの。本格的なグループの潰しあいにまで発展するとも思えないわ。あっちはただでさえ敵が多いし」
「…八識さんがベストって言葉を使うとたいていは現状がベストを望めない事が多い気がするんですけど」
「否定しないわ…。【紅】が何を考えて最後の三巨頭である樹連を投入してきてるか分からないから。おまけに実際相対して彼女の尋常じゃなさを実感してるからね。おとなしく退いてはくれないでしょうね」
「三巨頭の不在を他のグループにリークするって言うのはどうです。元々、情報戦がウリでしょ、ウチって」
「確かに【紅】に敵対してるグループに情報を流せば、【紅】も樹連を呼び戻さざるをえないでしょうけど…。その後が…ね。抗争中の相手におかしな言い方だけど下手に恨みを買う真似はしたくないのよ。グループの規模が違いすぎるしね」
「消極的すぎるなあ」
「仕方ないでしょ。そりゃ斬場クラスが何人もいるなら他にも手があるかも知れないけど、実戦で切れるカードが少ないのよウチは。かと言って戦闘能力の高いDFがこっち側に来る事なんて滅多にないしね」

 肩を竦めて八識は机に戻った。
 人間社会で共存という信条を抱えて生きていく以上、やる事は山のようにある。
 DF本体は存在を維持するのに人間の魂だけを食らうだけで済むが、器を維持するには食事という手段をとらざるを得ない。
 特に《燈火》では器の維持は重要な問題であり、使い捨て感覚の他のグループと違う。
 食事以外でも、十分な睡眠と休息、定期的な検査やメンテナンス。
 その為にかかる金がケタ違いに多いのだ。
 当然、金が勝手に増えるはずもなく、何らかの手段で稼ぐ必要がある。
 故に裏の仕事の他に、他のグループではほとんど見られない表の仕事がある。
 この事務所でも少なくはあるが、裏にかかわりのない探偵まがいの仕事も引き受けている。依頼人の多くは自分達がヒトではないものに依頼しているなどと夢にも思っていないだろう。

「ねぇ、篝火」
「ん?」

 何かを思いついたかのように八識はポツンと呟いた。

「健太郎君。食事はどうしてるのかしら」
「…さぁ。大方あのお姉ちゃんにでも作ってもらってるんじゃないの」
「何を言ってるの。そうじゃなくて私達の食事、糧の補給の事よ」
「普通に考えたら…摂ってないと考えるのが自然かな。だいたいあの器に入った当初は自分を人間だと思っていた訳でしょ」
「ねぇ、篝火。もしもの話だけど…」
「もしも、あいつが糧の補給を拒否したら?」
「…篝火、あなたはどう思う?」
「どうって言っても? 人間の魂を食う意思がなければ無理矢理食わす訳にもいかないでしょ?」
「それはそうだけど」
「すでに器の魂を食らっている上、その周辺にいた人間の魂まで食らってるみたいだし、当分はもつでしょ。少なくとも今の騒動が片付くまで右往左往するような事態にはならないじゃないかな。その上で人食いのバケモノとして生きるか、それとも…どちらを選ぶかは彼の自由だと思う」
「【燈火】の長としては前者を選んで欲しいけど。悩ましいわね、彼の苦悩を考えると」
「オレ達の誰もが通る道。八識さんにも覚えがあるでしょ? その上でオレ達は選んだ。そして今度は彼が選択する番。そこへ口を挟む権利はオレ達にはないよ」

 ふいに着信音が事務所内に鳴り響いた。
 机の上に置いてあった携帯電話を八識が手に取る。

「はい、こちら八識。もう着いたの?」

 相手は斬場だった。

「分った。とりあえずそのまま待機していて頂戴。ええ、出来ればまだ手を出さないで頂戴。本当に樹連がいないなら何か変だわ」
「しかし、このまま【紅】を放置するつもりか? やつらにしてもこっちの炎気を掴んでいるようだぞ」
「まぁ、それだけ数送りこんでたらね。威嚇の意味もあったんだけど。その上でなお健太郎君に接近しようとしている魂胆が見えないのが不気味ね」
「とりあえず、いちいちちょっとした変化があるたびに連絡してられん。これからの判断は俺にまかせてもらうぞ」
「仕方ないわね。私としても打開策がある訳じゃないしね。ただ、もし【紅】が逃げをうつなら深追いはしないでね」
「追い詰めるなという事か?」
「ええ、それに樹連との戦闘は出来るだけ避けたいの」
「避けようと思って避けれるような奴には思えないがな」
「そこはそれこそ、現場の判断にまかすわ。増援が必要なら連絡して」
「分かった」

 携帯電話を切って、ため息をついた。。

「たかが、人間ではないというだけでなんでこんなに苦労するのかしら」

 ホントウにDarkFlameっていうモノは…






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