DF−DarkFlame−-第五章-−6page






 男が女性の買い物に付き合う場合の話である。
 もっとも勘弁して欲しい場所はといえば、10人中9人が女性の下着売り場をあげるのではないだろうか?
 そして、残る一人の選択肢には女性の水着売り場も確実に入っている。
 そう確信した。
 今現在、前畑健太郎は難しい決断を迫られていた。

「根性なさすぎ。たかが待っているだけでいいと言ってるでしょ。試着する時間も待てないの?!」
「む、無茶言わないでよ」

 回りの視線を気にしながら逃げ腰で健太郎は反論していた。
 刺すような視線というよりも、絡み付くような視線。
 やましい事は何もないが皆から注目を集めている気がする。
 女性だらけの売り場で健太郎はどこまでも浮いていた。
 本当は健太郎以外にも男性の客はいるのだが、なまじうろたえているだけに無駄に目立つ。
 すぐ近くに店員がいたが、口元に手をあてて顔を伏せている。よく見ると肩が微妙に震えている。
 楽しんでいる。
 絶対、あの店員楽しんでいる。
 今すぐにこの場から逃げたかった。

「あんたが行ったら誰が荷物を持つのよ」
「だから僕が戻ってくるまでに買って待っていればいいじゃないか」
「いやよ」
「どうして」
「だって、…だもの?」
「え? よく聞こえなかった」

 モゴモゴと小さく言った彼女に健太郎は聞き返した。

「だって…一緒に、いたいもの」

『一緒に』の部分だけ大きく、後は前よりも小さくなっていた。
 遠くで大学生くらいの女性達がニヤニヤとしながら囁きあっている。
 頬が熱くなるのが自分でも判る。
 だめだ、限界だ。

「と、とにかく他の売り場を一回りしてくるから。それまでに決めてて」
「あ、ちょっとっ」

 ぎょっと慌てる智子を置いて、健太郎は早足で水着売り場を突っ切った。
 エスカレータを早足で駆け抜けて、階段前に設けてある喫煙コーナーで一息をつく。
 もしも追いかけられていたら一発殴られるのを覚悟したが、どうやら不承々々ながらも一人で選んでくれるらしい。
 ホッと息を吐いて目を上げると紙コップタイプの自販機が目に止まった。
 ポケットから小銭入れを取り出して百円玉を入れて、氷抜きのボタンを押してから銘柄はなんでも良かったので一番左のアメリカンのアイスのボタンを押した。
 口に含むとあまり苦く感じないのは万人向けにしてあるからだろうか。
 それとも単に自分が味の区別がつかないからだろうか。
 本当にコーヒーが飲みたかった訳ではない。
 精神安定剤替わりだ。
 口に含む度に頭が覚めるのを感じる。

 5人、いやあっちを含めると6人。【燈火】がこれだけいる中であえてここまで来たって事は何かあるんだろうな。

 後を付けられているのは気付いていたが、すぐに襲ってくる気配がないのでいままで放置していた。
 智子がそばにいるのに戦う訳にもいかなかった。
 目的は間違いなく自分だろう。
 それに【紅】の炎気の中に覚えがある炎気が一つあった。

 彼か、だとすると十中八九、罠で来ると見ていいだろう。どうする?

 迷ったのは一瞬だけだった。
 脳裏を過ぎったのは学校の屋上での一戦。樹連の攻撃に晒された智子の事。

 二度とあんな事はさせない

 まだ少し中身を残したまま紙コップを握り潰した。その手をそのままごみ箱の上にもって行く。
 手を開いた時に落ちたのは紙コップではなくただの灰だった。






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