DF−DarkFlame−-第六章-−5page






 今日の夕飯は簡単なもので済ますわね

 そう言った智子は今、鉄鍋でチャーハンを炒めている。
 将来は栄養学を学んだ上で定食屋でも開きたい、等と冗談っぽく言っていたが、彼女のレパートリーの広さと料理の腕を知る健太郎としては、本気なんだろうなと思っている。

「智子」
「ん? 何?」

 料理を続けながら振り向きもせず返答する彼女の背に向かって健太郎は言った。

「何があっても、智子の事は守るから。ずっと」

 一瞬、ほんの一瞬だけ智子の手が止まったがすぐに何事もなかったかのように動き出す。
「何よ、それ。愛の告白のつもり?」
「そう思ってもらってかまわない」

 返事はない。黙々と料理を続け、やがて出来上がっていったものを皿に盛っていった。
 それらをお盆に載せてテーブルの上へと置いていく。
 まずは健太郎の分、そして自分の分を置いて、後は自分が座るだけの状態で動きを止めた。

「智子?」
「あのね。本当は──」

 いったい、何を切り出そうとしたのか。伏せた顔からは読み取る事は出来ない。
 そして、それを知る機会は永遠に失われた。

「なっ?!」

 家の周囲から炎気が噴出した。
 あまりにも大規模な炎術の炎気に当てられて、微弱な炎気を読み取れなくなってしまっていたのかもしれない。
 ここまでの接近に気付かないとは。
 警告の声も上げる間もなく、壁を、窓を、ドアを突き破って黒い炎が襲いかかる。
 複数方向からの同時攻撃はさすがに防げない。
 だが、それだけだ。黒い炎が健太郎を包み込むが

「食い破れ」

 その言葉と共に幾条もの炎の牙が、包み込む黒い炎を切り裂き霧散させていく。

「智子っ! 逃げ──」

 言葉を失った。
 炎術は全て健太郎に向けて放たれていた。
 だから大丈夫だと思っていたのに。
 突き破られた壁の破片、埋め込まれていた鉄筋、そして食器類の陶器ガラスの破片等、様々なものが智子の身体に突き刺さっていた。
 特に壁を突き破った炎術の勢いが強かったのか、壁の破片の大きなものが心臓近くに、鉄筋がわき腹に突き刺さっていた。
 散らかった床をゆっくりと赤く染まっていく。

「よくもっ!」

 再び高まった炎気に、健太郎は炎術の《魔獣》を具現する。

「蹴散らせっ」

 再び四方から放たれた炎術は魔獣の声なき咆哮にかき消される
 そして、魔獣は外へ飛び出した。
 悲鳴と断末魔が次々と上がる。

「智子っ」

 身体に手を触れる。
 まだ暖かい。
 だが、このままでは死ぬ。
 健太郎には医学的な知識はないが、DFとして智子の魂が弱っていくのを感じ取れた。
 どうすれば。
 凍りついた健太郎だが、視線に入った電話器を見て我に返る。

 そうだ、【燈火】ならもしかして…

 一縷の望みを込めて、八識の携帯番号を押す。

「はい、やし──」
「健太郎です。【燈火】に器の、いや人体修復の炎術の使い手はいませんかっ?」
「いるわ。何があったの?」
「【紅】の襲撃をうけました。僕は無事ですが、智子が巻き込まれて。もう時間もあまりありません」

 智子の倒れている付近はすでに一面赤く血で染まっている。

「智子ちゃんは動かせる?」
「動かすのは可能だと思います。ただ、あまり良くないと思える状態ですが」
「そこにいたままだと、また襲われかねないわ。それに健太郎君の居場所がばれたって事でしょ」
「はい、そうですが」
「それに人がいる場所ではこっちも早く移動できそうにないわ。学校へ向かって。警察や消防署には圧力かけて、そこからは人を遠ざけてるから。そこで合流しましょう。校舎で樹連が破壊した場所があるからそこにいて。あなたの炎術の《魔獣》、智子ちゃんを乗せる事は出来るわね?」
「はい」
「人目はこの際、気にしなくていいわ。魔獣で移動して。こっちも大至急、治癒系炎術の使い手を連れて行くわ」
「お願いします」

 電話を切ると、健太郎は魔獣を呼び戻した。
 家周囲にいたDFは全て倒したはずだ。
 智子を担ぎ挙げると、彼女は苦しそうに呻いたが意識はもうないようだ。
 魔獣に彼女をのせ、健太郎もその背に乗る。

「いけっ」

 壁に空けられた穴から飛び出し、学校の方向へむかって、飛び出した。
 何事かと集まっていた見物人の顔が恐怖に染まるが、それにかまわず、魔獣は家の壁をけり屋根に登る、虚空へ向けて跳躍すると翼を大きく広げた。
 飛ぶ事は出来ないが、ハングライダーのように滑空する事は出来る。
 こうして、健太郎達は障害物のない空をまっすぐ突き進んだ。






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