DF−DarkFlame−-第六章-−6page






 八識の言葉通り、校舎の一角が破壊されていた。
 職員室だ。
 もし八識の圧力がなければ、今頃警察や野次馬でごった換えしていただろう。
 室内に足を踏み入れるとあちこちに、かつて人間だったものがころがっている。

「こっちが先に着いちゃったか…」

 健太郎は魔獣から降り、智子を床に横たわらせる。
 もう血はあまり流れてなく、顔色も蒼白になっている。

「間に合ってくれよ」

 そして、魔獣と共に校舎の外に出る。

「その間、守るから」

 家から炎術の塊である魔獣で移動してきたのだ。
 それを追って来るのも予想出来た。
 いや、それ以前に八識が言っていたように網を張っていたのか?
 外には4人のDF。
 しかも一人は宿木だ。

「散れっ、そして誰かがやられても、絶対に気をとられるな。次は自分になるぞ」

 宿木の指示に他の3人のDFは従い広く散らばる。

「あんたにはいい迷惑でしょうが、私達も命がかかってましてね」

 それが合図だった。
 あらかじめ打ち合わせ済みだったのか、3人のDFは足を止めず炎術を放ち続ける。
 魔獣が一人を追うと、追われた方は逃げに徹し、残る二人が健太郎にむけて炎術を放つ。
 やむなく魔獣を解除し、向かってくる炎術に対して防御に集中する。が、

「ぐっ?!」

 炎術を弾いたはずが、黒い炎が二の腕に燃え移る。

「宿木かっ」

 消そうにも、次々と炎術が放たれてくる。
 的を絞らせず、ひたすらこちらを消耗させるつもりらしい。

「そうはさせるかっ」

 なによりやっかいなのは宿木だ。
 今は貼り付けられたのは一箇所だけだが、増えていけば消耗のスピードは加速する。
 彼さえいなければ一人ずつ倒すのも難しくないはずだ。
 3方向から放たれた炎術を、まとめて炎術の引き裂き霧散させる。
 と、同時に視界に宿木を捕らえた。

「食い──」

 背後で炎気が巨大に膨れ上がる。

 しまったっ!

 樹連の炎気だった。
 宿木に向けていた具現化を解除して、智子を守ろうと再度炎術の《魔獣》を具現化しようとする。
 視界がぶれた。
 樹連の炎術の《鞭》の直撃を受けたのだと理解した時には、宙に弾かれ地面に叩きつけられた。

 手加減…されたのか?

 健太郎はヨロヨロと立ち上がる。
 鞭の直撃にくわえ、半分具現化しかかっていた炎術をつぶされダメージは小さくない。
 だが、樹連が本気の攻撃を加えていたら、肉体のどこか欠損しているはずだ。

「まさか、そっちからきてくれるなんてね」
「そちらこそ、なんで学校にいるんだ」
「一度襲った場所にまたいるなんて思わないでしょ。【燈火】もここを集合地点にでもするつもりだったのか、人除けしてたみたいだし、都合がよかったのよ」

 室内には樹連、その足元に智子がいる。

「あら、このコ。ここの屋上にいたコよね? 死んだの?」
「や、やめろっ」

 樹連が智子の胸に刺さったままの壁の破片を足で踏もうとしたのを必死の形相で止める。

「このコがあなたの弱点ってわけ。もっと早く知りたかったわ」
「空気読まずにすいませんが、私からも質問いいですかね」

 怒気のこもった宿木の声。

「あら、なにかしら」
「あれはどういう所存で?」

 宿木が親指で指差した方には先ほどまで健太郎を襲っていたDFが一箇所に集まっていた。
 いや、正確にはある一人の元にあつまったというべきか。
 片方の腕から先、膝から下が欠損している。

「邪魔な位置にいるのが悪いのよ。離れていれば当たらなかったはずよ」
「任務に忠実に、あんたの指示通り牙翼を追い詰めた功労者のはずですがね。牙翼には手加減できたんだ、あいつを外す余裕もあったはずじゃねぇんですか?」
「あら? 牙翼には聞かなければいけない事があるから生かしておいたのよ。でも、そいつには何の用事もなかったの。残念だったわね」
「…もはや任務とすら呼べなくなったというのに、最後まであんたに尽くしてこの仕打ちはないんじゃないかと。私はそう思いますがね」
「アタクシは捨て駒に尽くされる覚えはあっても、気にかける覚えはないわね」

 瞬間、宿木の炎気が膨れ上がる。
 しかし、それを健太郎が手で制す。

「やめてくれ、宿木。彼女を巻き込む」

 樹連と智子の位置が近すぎた。
 勿論、樹連はわざとその位置にいるのだ。

「さて、本題に入りましょうか。まず確認だけど、牙翼。あなたはこのコを巻き込まず、また私がこのコを殺すよりも先に私を倒せる?」

 健太郎はゆっくりと首を振った。
 元々炎術のスピードでは圧倒的に樹連の方が上なのだ。
 重症の智子を人質にとられては手のだしようがない。
 樹連は満足そうに頷いて

「最後のチャンスよ、牙翼。刃烈はどうなったの? ちゃんと答えればそれがどんな答えであれこのコは見逃してあげる。わざわざここに連れてきたって事は助けるすべがあるって事でしょ? 大方【燈火】だろうけど」
「…分かった、答えるよ」

 樹連は喜色の笑みを浮かべた。
 健太郎は智子を見、そして樹連の目を見据えて言った。

「刃烈なんてDFはもうどこにも存在しない」

 樹連は笑みを浮かべたまま、炎術の《鞭》を振りかざした。

「確かにこのコの命は約束したけど、あなたの無事は約束していなくってよ」
「分かってるさ、元からそのつもりだったのだろう」

 それでも智子が無事ならそれで良かった。
 樹連が智子を殺さない保障はないが、重傷の智子をわざわざ糧とするとも思えないし、そもそも智子の事など、樹連にとって視界の外なのだ。

「え?」

 樹連の首筋から勢いよく血が噴出した。
 きょとんとした表情で彼女が出血元をみると大きなガラスの破片が刺さっていた。
 さらに目で追うとそれはガラスの端を両手で押し込んでいた。
 智子の両手だった。
 樹連にとって視界の外だった彼女は、意識を取り戻し立ち上がって、床に落ちていたガラスを樹連に突き刺したのだ。
 我に返った樹連は智子を突き飛ばし、首からガラスを引き抜いた。

「このっ!」
「智子っ!」

 同時だった。
 健太郎が放った炎術が樹連を吹きと飛ばしたのと。
 樹連が放った炎術が智子を弾き飛ばしたのと。
 樹連の炎気は遠ざかっていく。
 逃げたのだ。
 智子はまだ生きていた。
 健太郎の炎術でわずかに樹連の炎術がそれて直撃に至らなかったのだ。

 それでも尚、それは致命傷だった。

 健太郎の背後で【紅】のDFが身構えたが、宿木が手で制した。

「どうします。どうやら私達はあんたと戦う理由がなくなっちまいましたが」
「僕にもないな。もうすぐ【燈火】が来るはずだ。去ったほうがいいよ」
「助言ありがとうございます。それではこれで失礼します」

 宿木は目で合図して負傷した仲間を残った二人に担がせ、その場を去った。

「けんたろー?」
「智子っ?!」

 奇跡か智子の意識はまだ辛うじて残っていた。

「もうちょっとがんばって。八識さんが傷を治せるDFを連れてくるって」
「ううん。もう、限界…だよ」
「な、何言っているんだよ。智子。まだ生きてるんだ。もう少しで」
「本物の健太郎が言ったなら、がんばれたかも知れないけど」

 時間が凍りついた。

「な、何言って」
「恵がね。言ってたの。健太郎達が来る前。DFって人間の身体を乗っ取る生命体だって。乗っ取られた人はとっくに死んでいるんだって」
「っ?!」

 あの時からっ?!
 ずっと知られていた?!

「でも、身体は間違いなく健太郎なんだから。健太郎がこの世に残した形見なんだから、せめて抜け殻でもいい。愛してあげようって思ってたんだ」
「………」
「でもさぁ、けんたろー。もっと前に死んでたんだよね。半年も前に。私気付かないまま。酷いよね。けんたろーは私の事スキだって言ってたのに。私もダイスキだったのに」

 もう智子の目の焦点はあってなかった。
 声にも抑揚がなくなってきている。

「いまさら、悔やんでも悔やみきれない。でもけんたろーの身体は生きているんだ。例え中身は違っても、それはけんたろーの形見だから。一生懸命アイそうとがんばったよ」
「と、智子」
「でもね」

 智子の目が見開かれた。相変わらず焦点の定まらない瞳のままで。
 ただ、声だけが少し大きくなった。

「あんたはその唯一の形見を投げ出そうとした。壊そうとしたんだ」

 それは智子を救う為の行為だった。
 だけど、そもそも自分が前畑健太郎の身体を乗っ取らなければ、こうなってはいなかったのではないか?

「だから、絶対ユルサナイ。けんたろーの中にいるあんたをぜったいゆるさな──」

 まるでコップから水があふれるように、智子の口から血が零れた。

「と、も、こ?」

 分かっている、分かっている、分かっている。
 自分はDFだ。分かってしまう。
 身体にはまだ魂がかすかに残っている。
 しかし、それは言わば生命の余熱。
 もう、どうしようが消えてしまうもの。

 前畑智子は今、死んだのだ。






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