DF−DarkFlame−-第七章-−5page






「くそっ」

 斬場は両手の刀剣をクロスして鞭の一撃を防ぐ。
 ダメージは回避できたものの、衝撃で足元が地面を滑っていく。
 その背を小太りの男が飛び越していく。
 広げた両手の黒い炎が雷の帯へと変換され樹連を貫く。
 しかし、まるで何事もなかったかのように樹連はそちらへと鞭を振るう。

「げっ」
「掴まれ」

 炎術の”馬”を全力で駆けさせたDFが、雷を放ったDFを片手で捕らえ引き寄せる。
 鞭は雷のDFの片腕を掠めて通り過ぎていく。

「っ!」
「大丈夫かっ」
「平気、まだ片腕をやられただけさ」

 その言葉通り、かすっただけのはずが腕の肉がごっそり削られ骨が露出している。

「手負いと思うな! 気を抜くと一瞬で散る事になるぞっ!!」

 斬場の声に、馬の二人はもとより周囲を囲むDF達が頷く。
 場は膠着状態だった。
 完全に樹連の逃げ場を押さえ、後は相手のエネルギーを削り取るだけのはずだった。
 しかし、樹連の勢いは衰えない。
 いや、それどころかますます勢いを増してやいないか?

「宿木。あなたの炎術でずっと焼かれっぱなしなんでしょ?」
「………」

 返答がない、八識が振り返ると宿木の顔色が心なしか青い。

「まずいかも知れません」
「まずい?」
「私の炎術が食われて…います」
「なっ?!」

 慌てて樹連を見ると、先ほどよりも宿木の《付着》の炎術が張り付いている箇所が減っていっている。

「まさか、同族食い?」
「ありえないはずなんですけどね」
「なぜ? 禁忌にされてはいるけど、実際刃烈は食らっていたのでしょう?」
「あれは特別ですよ。逆に聞きますけど、我々は犬、猫の魂を食らう事が出来ますか?」
「無理…よね」
「ええ、禁忌以前に我々は生まれ付きの人食いであって同族を食うようには出来てないんですよ。私の知る限りでは刃烈、それ以外になると熱烈な刃烈の信望者で昇華を放棄してまで刃烈の炎術を真似ようとした奴がいたんですが、出来るとしたらそれくらいでしょう」
「でも、樹連はあなたの炎術を食った」
「ええ、食らい取り込み。そして、それだけです」
「それだけ?」
「ええ、人間がガラスを飲み込んでも消化出来ないように、取り込んだ炎気、炎術はそのDFに滞留し続ける結果は」

 宿木は視線を樹連にやる。
 樹連は立ち尽くして哄笑している。
 その口の端から涎をたらし、目からは涙が流れおちていく。
 そして、その全身を金色の光がほとばしっている。

「容量オーバー。あれはもう樹連というDFじゃない。己が取り込んだ炎術に逆に精神を食われた生きた爆弾のようなもんです」

 斬場が剣で切りかかる、空いた片手にもっていた小太刀はすでにない。
 樹連は鞭を持っていない方の手をかざす。
 黒い炎が炎術の《小太刀》を具現する。
 それをもって斬場の剣を受け流し、がら空きとなった胴体へと手を伸ばす。

「斬場!!」

 八識が【燈火】の長とは思えないような高い悲鳴を上げる。
 しかし、樹連の胴体より放たれた無数刃は、斬場に届く前に掻き消える。

「離れますよ、斬場さん」
「篝火、お前っ。なぜ」

 斬場を救ったのは篝火の”寸断”の炎術。それは炎術で隔離された空間内外の炎気、炎術通過を無効にする。
 一端、樹連と距離をとり、斬場は篝火に詰問する。

「篝火、お前は自宅付近の被害の最小化が任務だったはずだ。お前が両親助けないでどうするんだ」
「…もう、必要なくなりましたよ」

 その言葉の意味を咀嚼して、斬場は歯噛みした。

「そうか」
「手遅れでした。父はすでに死んでいて、母も虫の息で」
「………」
「まだこの器に移って3年ですが、すでに気付いていたようですよ。オレが自分の息子じゃない事は。さすがに人食いの種族だなんて思っちゃいないだろうけど」
「なに?」
「天然系だと思ってたんだけど、親子の絆って凄いですね。外見は同じなのにちゃんと分かるなんて。でも、でもね。斬場さん。母さんは言ったんですよ。来てくれてありがとうって」

 そして、篝火は一筋の涙をそのままに樹連を見る。

「あいつ、倒せないんですか」
「膠着状態だ。下手に手を出せば炎術を持っていかれるようだ。ただ、見ての通り正気じゃなくなっている」

 斬場に興味をなくしたのか、樹連は鞭で無差別に周囲を破壊していく。
 泣きながら、笑いながら、もはや目的も目指す場所も脳裏にない。

「宿木、あれと同じ事。私に出来ると思う?」
「無理でしょう。仮にも3巨頭の一角だからまだあそこまでいけるんです。それにあんた【燈火】の長でしょう? 責任放棄しちゃだめですよ。私が言うのもなんですけどね」
「そうね」

 篝火がここに来た理由はだいたい推測出来る。
 それ以外にも失ったものが多すぎた。
 だが、一時の感情に流されてはダメだ。

「樹連はあのまま、生き続けると思う?」
「なんでも私に聞かれても困るんですが…。まぁ、もう食欲とかもぶっとんでそうだし、あれだけ炎術放出しっぱなしなら、いつかぶっ倒れますよ。まぁいつってのが分からないのが問題かもしれませんがね」
「そう」

 ならば

「聞けっ!、【燈火】の者!! 対象より距離を取り攻撃態勢を維持したまま待機、ただし指示あるまで攻撃を禁ずる!!」

 その声に従い、樹連の周囲にいたDFが離れていった。

「ようするに、くたばるまで見物って事ですか?」
「いたずらに犠牲者を出すよりマシって事だろう」

 一番、樹連に近かった篝火と斬場が後退し八識達と合流する。

「篝火、ご両親は──」
「…香典弾んでくださいね、八識さん」
「ええ、そうさせてもらうわ」

 さらに4人が後退しようとした時、全員が気付いた。

「なにっ」
「炎気? まさか新手?!」
「冗談であってほしいですね」
「篝火! 隔離して」
「了解」

 篝火が4人と、近くにいる仲間を”寸断”の炎術で隔離していく。
 だが、全体のカバーは不可能だ。

「来る方向にいるメンバーだけでいいわ、しかし何この炎気」
「あれが放っている元か。いや、あれが炎気そのものか?」

 それはまるで黒い霧、音もなく風向きも無視してこちらに流れてくる。

「まったく、本当に冗談であって欲しいですね」
「宿木?」
「なんで。なんでいまさら出て来るんですか、刃烈!」






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