二人を結ぶ赤い有刺鉄線 第一章 Missing−第03話
昼休み。弁当を食べてすぐ、教室を抜け出す。
亜矢の襲撃をかわす為だ。
しかし、その甲斐も無く校舎裏に出たところでつかまってしまう。
こいつ俺にGPS仕込んでないか?
そう疑いたくなる察知能力である。
この能力の一部でも勉強に傾ければ、赤点スレスレも回避できるだろうに。
「しゅーちゃん。ちょっと待ってよう。何で逃げるの」
「お前が付きまとうからだ。お前が教室に突撃してきた日には、午後はずっとからかわれるんだぞ」
「えー、なんでー」
首を傾げる亜矢。
言っても無駄だと修平は悟る。
「で、用件はなんだ?」
「え?! なんでわかるの?」
「お前が何か言いたいことがあるときはいつも俺の袖をもつだろう」
これも小学校から変わらないクセだ。
「わー、しゅーちゃん、すごーい。名探偵だ」
「いいから、早く用件を言え」
「えっとね、週末だけどね」
「ああ、お前の誕生日だな。心配するな。プレゼントは用意するから」
「わーい。じゃなくってっ。誕生日パーティーするからしゅーちゃんにも来てほしいの」
「……おまえな。高校生にもなってまだやるつもりなのか」
「うん、変?」
修平は沈痛な表情で目尻を押さえた。
昔から亜矢の価値観と現実との乖離を気にしてはいたが、今更更正など無駄な努力な事も長い付き合いなのでよく分かってる。
「……分かった、行くよ。どうせ、毎年だったからな」
「わーい」
「用はそれだけか?」
「そうだよ?」
「じゃ、俺も教室に帰るから、お前も帰れ」
「えー」
「えー、じゃなくて。もう昼休みも残り時間少ないだろうが、ほらとっとと帰った帰った」
「ぶー」
亜矢は膨れつつも、修平に追い立てられるように帰っていった。
「さて、俺も帰るか……ん?」
人の気配が近づいて来る。
まさか、今の会話を聞かれた?
咄嗟に古くなって使われなくなった焼却炉の後ろに隠れる。
ん? あれは北大路? それに……
校舎の影から出てきたのは美月と加太だった。
今朝のラブレターの返事でもするつもりか?
とりあえず、さっきの話を聞きつけて来た様子ではないようなのでホッと胸を撫で下ろす。
しかし、続く美月の突き刺すような声で心臓が跳ね上がる。
「いい加減にしてよねっ!」
恐る々々覗き込むと、プレゼントを突っ返す美月とそれを両手で拒否する加太の姿があった。
だが、美月は加太が受け取らないと悟るや否や、プレゼントを投げつけた。
それは加太の胸に当たり、落ちそうになるのを反射的に受け止める。
「あんたのラブレターに対する返事は、もう随分前に断ったはずねよ? にもかかわらず何度も何度も。
何度言ったら分かるのっ。私はあんたと付き合う気はサラサラないのっ」
「そ、そんな事言っても」
ある意味たいしたものだ。
美月が本気で怒っているのが見て取れるだろうに、未だに加太は媚びるようにへらへら笑っている。
「だって、美月は」
「勝手に名前で呼ばないでっ」
「き、北大路さんは誰とも付き合ってる訳じゃないじゃないか。
だ、だったら君が振り向いてくれるまで諦めきれないよ。君は僕のマドンナなんだ」
マドンナって……古臭いというかセンスがないなぁ。
内心そう思いつつ、修平は普段内向的でほとんど喋らない加太がいつになく饒舌なのに少し驚いていた。
今日のプレゼントも初めてじゃなかった訳ね。
加太の努力は買うがどう見ても、第三者の視点から目がないように思えた。
それ以前に、美月はただでさえもてるのだ。今だ付き合ってる相手の噂がないのが不思議なくらいだ。
加太には申し訳ないが、美月ではどう考えても役不足だ。
「あいにくと、付き合ってる相手はいるわよ」
いるのかよっ!
内心で突っ込みつつ、修平はもしかしてまずいところに出くわしてしまったのかも知れないと思い始めた。
「だ、誰。誰なんだ。誰だよ、そいつ」
詰め寄ろうとする加太を軽やかにかわして、
「あなたに言う義理があって? とにかく、もう二度とこんな事しないで頂戴。次は返すんじゃなくんて捨てるわよ。それも教室のゴミ箱にね」
おいおい、それはちょっと酷いんじゃないか?
そうは思ったが付きまとわれている美月の心情はそれほどまでに苛立たしさに波打っているのだろう。
「じゃぁね」
そう言って、こちらへ向かってくる。
修平は焼却炉に張り付いたが、その甲斐もなく通り過ぎる美月と目が合った。
まずいかな、修平はそう思ったが、美月は一瞬だけ目を丸くしただけで何事もなかったかのように通り過ぎていった。
助かった……のか?
そっと加太の様子を見ると、しばらく呆然としていたが、やがてとぼとぼと美月とは別ルートで校舎へと戻っていった。
「ふぅ」
ようやく誰もいなくなって焼却炉から離れた。
「それにしても北大路と加太があんなことになってるとはなぁ」
ふと、加太の立っていたところにプレゼントの箱が残っていた。
落としてしまったのか。捨てたのか。
好奇心で中を空けて、凄まじく後悔した。
「かーだー。洒落になってないぞ、これは」
中身は指輪だった。それも種類は分からないが石が入っている。
これは北大路でなくてもドン引きだろう。
さすがに北大路に同情したくなってきた。
とりあえず、ラッピングはしょうがないとして、箱は元に戻しておく事にした。
こんなものをネコババしたら呪われそうだ。
予鈴のチャイムが鳴る音が聞こえた。
「お、やべ」
慌てて修平は教室へと戻った。
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