二人を結ぶ赤い有刺鉄線 第一章 Missing−第04話






 午後の授業。
 その最大の敵は眠気である。
 ちらっと見ただけで、頭が揺れている者。夢の世界に入っている者もいる。
 健二は堂々と爆睡中だ。
 そして、修平はというと眠気と戦いながら、必死に意識をつなぎとめていた。
 前回、前々回と着実に学年順位を落としている。
 特に順位にこだわりがある訳ではなかったが、順位が下がるほど追い抜いていった人間がいると思うと、負けたくないという気持ちが働いた。
 が、そんな気持ちとは裏腹に睡魔という強敵は絶えず攻撃の手を緩めない。
 修平の頭が揺れ始めたころ、後頭部に何かが当たった感触で我に返った。

「?」

 後頭部をさするが何もない。
 何が当たった?
 ふと、視線を下に落とすと、丸めた紙が落ちていた。
 これがあたったのか?
 教師に見付からないよう用心しながら紙を拾い上げる。
 どうやら、ノートを千切って丸めたようだ。
 広げて、思わず斜め後ろの北大路のほうへ振り向く。
 彼女は修平へウインクして軽く手を振った。
 間違いなくこの紙片は彼女のもののようだ。

『修平君へ 放課後さっきの場所に来てね 美月より』

 ご丁寧にデフォルメした自画像まで書いてある。しかも地味にうまい。
 おいおい、さっきの件の口止めか?
 どうやら、災難はまだ終っていないらしい。





「つまり、付き合ってるフリをしろって事か?」

 校舎裏でいきなり美月に付き合ってと言われた時は慌てたが、ようするに加太を諦めさせる為に修平に恋人役をやって欲しいという事らしい。

「すると、付き合ってる奴がいるってのは嘘か?」
「大嘘、許婚がいるという噂も根拠レス」

 美月はないないと手を横に振る。

「でも、お前なら相手いくらでもいるだろう?」
「事情説明しなくちゃならないじゃない。
 それに実際に付き合うんじゃなくてフリをして下さいって頼みづらいし」
「……待て、俺ならいいのか?」
「君はすでに事情しっちゃったし、それに速水君って物事頼みやすそうだったから」
「便利屋かよ、俺は……」

 思わず視線が明後日の方向へ向く。

「それとも付き合ってる相手がもういる? あのいつも一緒にいる子とかさ?」

 上目遣いに両手ををあわせる美月は、犯罪的に可愛かった。

「あ、亜矢とは単に家が斜向かいで幼馴染なだけだよ、妹みたいなもんだ」
「じゃぁ、問題ないじゃない」

 ぱぁっと美月が笑顔になる。
 えっちらおっちらとトラブルの予感が這い上がってきている気がした。
 が、それらを込みにしてもその笑顔は凶悪すぎる。
 確かに下手な奴に頼むとフリのはずが加太の二の舞になりそうだな。

「仕方ない。分かった分かった協力するよ。期限は?」
「加太が諦めるまで……かなぁ」
「よーするに未定ってことね」
「いーじゃない。こんな可愛い彼女が出来るんだからっ」
「自分で言うなよ」

 とは言うものの悪い気はしない。
 修平自身は誰かと付き合った事はなかったし、その予行演習だと思えばいいのだ。
 ついでに才色兼備を地でいく北大路と付き合っているという優越感にしばらくひたるのも悪くはない。
 例え、それが偽りのものだとしても。

「じゃぁ、よろしくね、はやみ――じゃなくて修平くん。私の事は美月ってよんでね」
「呼び捨てかよっ」
「もちろんよ、付き合ってるんでしょ?」
「了解、きた――じゃないわ、美月」

 美月の差し出した手を、一瞬の逡巡の後、一息はいて握り返した。
 その手はとても柔らかく暖かかった。

「じゃぁ、初デートは今週末でよろしく」
「いきなりデートかよ?!」
「普通、付き合ってたらするもんじゃない?」
「……すまん。誰かと付き合った事ないからその辺のバランス感覚はわからん」
「あら、私もよ」

 あはは、と笑う美月に若干の先行きの不安を感じる。
 何か、彼女に振り回されそうな。
 二人はその後、携帯のアドレスを交換して別れた。
 そして、この時点で修平は亜矢の誕生日パーティーの事をすっかり忘れていた。






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