二人を結ぶ赤い有刺鉄線 第一章 Missing−第07話






「はい、到着」
「……」
「まぁ、初めて見たらそうよね」

 美月が嘆息した。
 修平はただただ見とれていた。
 噂で家がお金持ちというのは聞いていたが、この目でリアル豪邸なるものを初めて見た思いだ。

「まぁ、無駄に広いのはそれなりに理由があるんだけど。友達つれてきてもみんな引いちゃうんだよね」
「……まぁ、そうだろうな」

 敷地外からでも分かる途方もない広さ。
 家屋自体は敷地に比べると小振りだが、それでも一般庶民である修平の家の何倍あるのか想像もしたくない。

「あれ? お嬢様?」

 門の内側から声が聞こえた。

「あっ、良美さん。帰ったよー」

 門を開けて、どう見てもメイド服な人が美月を迎える。
 そして、修平を見て首をかしげる。
 おもむろにぽんと手を叩いて携帯電話を取り出す。

「良美さん。ストップ、余計な事しない」

 美月は電光石火の早業で携帯電話を取り上げる。

「せっかく、お嬢様がボーイフレンドをお連れになったんですから。ご両親に報告ぐらいは」
「あのお花畑の二人にそんな話したら、ゴールインまで持ってきそうなもんでしょ!」
「別にいいじゃありませんか、速いか遅いかの違いですし」
「その違いが大きいのっ!」

 あの美月がメイドさんのペースに乗せられている。
 そして、話の内容からして美月の両親も只者ではなさそうだ。
 美月の強引さは実は家庭で日々鍛えたれた賜物ではないか、そう修平は思った。
 と、美月が修平の方を振り返る。

「送ってくれてありがとう。
 時間が時間だから夕食でも食べていってといいたいところだけど、今日はお父さんとお客さんがいるから――」
「旦那様なら喜んで歓迎すると思いますが。
 お客様にもちゃんとお嬢様の――」
「良美さんは黙ってて!
 とにかく、ちょっと今日は上がってもらうと面倒だから悪いけど」
「あ、ああ。元々そのつもりだったし」

 しかし、あの美月をしてここまで狼狽させるとは恐るべし北大路家。
 あるいは美月こそが北大路家のサラブレッドなのかも知れない。
 ……とりあえず一般人の修平には縁がなさそうだ。

「じゃ、また来週な」
「気をつけてねー」

 門越しに手を振る美月に応えてから帰路についた。





「おい、何してんだ、お前」

 家に帰ると玄関前に亜矢がいた。
 気温もだいぶ下がっている、随分前からいたのだろう。顔色もよくない。

「とにかく、中に入れ。いや、お前誕生日パーティじゃなかったのか?」
「うん、ちょっと抜け出してきた」
「ちょっとってお前」

 そして、修平は気付いた。
 亜矢の首にかけられているペンダント。三日月に腰掛けた妖精の意匠。
 石もついてないくせにパソコン新調用の貯金を全て張るはめになったプレゼントだ。

「気にいったか?」
「うん、ありがとう」
「そうか。貯金を叩いた甲斐があったよ」

 修平は亜矢の頭を撫でた。
 亜矢は少し嬉しそうだったが、急に表情を改めて修平を見た。

「ねぇ、あの人と本当に付き合ってるの?」
「あー、まぁ、な」

 本当は付き合ってるフリだと言ってしまえば良かったのかも知れない。
 だが、加太の尾行つきであっても、美月とのデートが楽しかったのも事実だ。

「そ……か」

 伏せられた顔からその表情は伺えない。

「じゃ、帰るね」

 顔を上げた一瞬だけ、目に涙が浮かんでいたのが見えた。
 胸がチクリと痛んだ。






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