二人を結ぶ赤い有刺鉄線 第二章 Release−第01話






「もっと遠くに行こうよ」
「無茶言うなよ、またナースに叱られるぞ」

 修平は言葉では反対しつつも、車椅子のハンドグリップを押していく。
 すれ違うのはガウン姿の入院患者やナース、介護の人達だ。

「ちょっと、冷えるか」

 修平は自分のジャケットを脱いで、美月の肩にかける。
 ついでに腿にかけていた毛布の多少ずれていた所を直す。

「ありがと、修平君」
「どういたしまして」

 その美月の笑顔に対して修平も笑顔で返す。
 やがて、病院の門を潜り外へ出る。
 美月のお気に入りの散歩コースは土手の小道だ。
 ふいに美月が空を見つめる。

「どうした?」
「雪」
「え?」

 美月の言葉通り、少々季節外れの雪が降って来た。
 もっとも積もる程ではなさそうだが。

「どうりで冷えると思った」
「修平君、寒くない?」
「自分の心配しろよ」
「私は平気よ」

 そして、両手を広げる。
 雪を迎え入れるように。

「ケチっぽい。もっと降れー」
「お、おい。暴れるなって、危ないから」

 だが、修平の忠告もむなしくはしゃいでた美月は

「あら?」

 体勢を崩して、車椅子から転げ落ち土手をすべり転がった。
 修平が、血相を変えて追いかける。
 美月は土手の途中で止まっていた。

「あははははは」
「あははじゃない。危ないだろう」
「心配性だよ、修平君」
「美月が楽天的すぎるんだ」

 そう言って美月を抱え上げる。
 転げた拍子に一緒に落ちたジャケットを再度彼女の肩にかけ、毛布を拾い上げる。
 土手を登り、慎重に美月を車椅子に戻す。
 そして、腿に毛布を折りたたんでかぶせる。

「修平君、気にしすぎー」
「………………」

 毛布の下、腿から先の部分。そこから先が失われていた。





 加太に背を押されトラックに轢かれた美月は命だけは助かった。
 それは、ぶつかる寸前に逃げようと動いた彼女の運動神経の賜物だった。
 だが、それでも狂った男の悪意は成就した。
 腿から先、それをトラックのタイヤが轢き潰した。
 犯人の加太は警察に捕らえられた時点で正気ではなく意味不明な事を呟いていたという。そして、取調べも進まないまま留置所で自殺した。
 それは美月から憎む相手すら消えてしまった事を意味した。

「美月をっ! あの子を見捨てないでくれ! この通りだ!!」

 病院で、修平に向かって美月の父親は人目も憚らず土下座をして頼み込んだ。
 だが、元々修平に美月を放っておけるはずはなかった。
 あの時、もう少し早く加太の存在に気付いていれば、こんな事にはならなかった。そんな想いが修平に絡み付いて放さない。
 結局、あの日別れるはずだった二人は今だ繋がったままだった。






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