二人を結ぶ赤い有刺鉄線 第二章 Release−第02話






「じゃ、行って来るよ」

 週末になると必ず修平は病院へ通っていた。
 自責の念もあるが、顔を見せると美月が喜ぶのが純粋に嬉しかった。

「しゅーちゃん」
「亜矢……」

 これからどこかへ出かけるのか。
 以前の亜矢では見られなかった派手な服を着ている。

「またあの人のところに行くの?」
「ああ」
「週末はしゅーちゃん。ずっとあの人の所だね。
 しゅーちゃんだけの時間がないんじゃないの?」
「いいんだ。俺が好きでやっているんだから」
「そーだね。そうだったよね」

 じゃあね、と会話を打ち切り亜矢は去っていった。
 乾いた会話。
 亜矢との関係もあの日を境に変わっていた。

「いくか」

 過去を振り払うように頭を振って、修平は歩き始めた。





 美月の病室前に着くと、丁度美月の母親が出てくるところだった。

「こんにちは」
「あら、今日も来てくれたのね」

 修平を見ると嬉しそうに微笑む。

「あの子をお願いね」
「はい」

 荷物をまとめ、もう一度修平の方を見て頭を下げてから、廊下の奥に消えた。
 その様子はまるで、修平に何か危害を加えた加害者のようだ。
 父親もそうだ。
 美月が言っていたお花畑な両親はもういなくなってしまったのか?
 病室前で考え込んでも仕方が無い。
 病室の戸をノックして美月の病室に入った。





 病室に入ると、ベッドで半身を起こしている美月が複雑そうな顔で額縁を見ていた。

「なにそれ」
「お母さんの新作」
「それがなんでここに? 普通展示とか売るとかじゃないのか?」
「うーん。たぶん売れないと思うけどな、これは」

 そう言われると興味をそそられる。

「見せて」
「はい、ついでにそこの棚に飾っておいて」
「ああ、って、ちょっと待て。これは」
「だから売れないって言ったでしょ」

 美月はニヤニヤ笑っている
 それは花嫁を抱いたタキシード姿の青年の絵だ。
 しかし、そのタキシードの青年と花嫁の顔は、どこか修平と美月に似ていた。
 ……というよりも年齢を引き上げただけでどうみても当人だ。

「どうあっても、修平君を逃がしたくないみたいね。
 逃がしたら誰も引き取ってくれないものね」
「おい、冗談でもやめてくれ」
「……ごめん」
「美月は美月だ。あの時から変わってないよ」

 額縁を棚に立てかける。
 そのままだと滑り落ちる可能性があるので、重しを置いておいた。

「でも、これ。ナースとか先生とかにも見られるんだよな」
「いいじゃない。すでにナースも先生も修平君の顔を覚えているんだし」
「……なおさらじゃないか」

 といっても、隠す訳にもいかないので額を押さえて嘆息した。
 美月は修平に向かって手を広げ

「修平君、外に出たい」
「はいよ」

 修平が来るといつも外出をねだるので慣れっこだ。
 美月の身体を抱え車椅子に乗せ、腿の上に毛布をかぶせる。

「あ、修平君。その包みとって」
「ん? これか」

 ベッドの脇の小机に置いてあった包みを渡す。
 美月が中から取り出したのはカーディガンだった。

「ジャケット借りて修平君に風邪ひかれちゃ悪いもの。良美さんに頼んでおいたの」
「……料理人じゃなかったのか、あの人」
「編み物もするわよ。今度は自作のメイド服作るって、お母さんに弟子入りしてるみたいだし」
「何者なんだよ、あの人」
「さぁ」

 カーディガンは美月のサイズにぴったりだった。

「じゃぁ、レッツゴー」
「はいはい」

 テンションの高い美月を抑えつつ、修平は車椅子の後ろに回ってハンドグリップを握った。






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