二人を結ぶ赤い有刺鉄線 第二章 Release−第03話
ナースステーションで外出の手続きをとってから、エレベーターで一階まで降りる。
「よっこいしょ」
そう言ってハンドグリップを押す修平に美月は難色を示す。
「その掛け声やめてよ、私が重いみたいじゃない」
「そんな事ない。美月はむしろ、もっと肉つけた方がいいくらいだよ。
最近痩せてきてるように思えるけど」
「良美さんの料理が恋しいだけよ」
「なるほど」
美月の場合、食べ物に関する制限などないのだろうが、さすがにあの味を経験した人間には病院食では食がすすまないだろう。
「でも、無理してでも食べろよ」
「分かってはいるわよ」
ロビーをぬけ、出入り口の自動ドアをこえて、病院敷地内の通路に出る。
唐突に美月が問いかけてくる。
「ねぇ、修平君。私って重い?」
「さっきも同じ事聞かなかったか?」
「そう言う意味じゃなくて」
美月は背後で車椅子を押す修平を見なかった。
意味は分かった。
「……重くないよ」
嘘だ。
修平はただの一介の高校生だ。どれほど好きな人間であっても、その人間の人生を背負える、そんな器の持ち主ではない。
それでも、美月が聞くのなら何度でも嘘を吐き、それを貫き通すだろう。
あの日からこの身を縛る見えざる有刺鉄線が、全身を突き刺そうとも。
「ありがとう」
美月は笑顔で振り向いた。
聡い彼女の事だ。嘘だなんて百も承知だろう。
それでも彼女は笑ってくれる。傷つく修平の心を癒すため。
「で、今日はちょっと遠出したいな」
「おーい。もう外出届けに帰る時間書いちゃってるぞ」
「いいじゃない。いつも遅刻だし」
「いや、それはその内外出禁止になるんじゃないかって、いつもヒヤヒヤしてるんだけどな」
「大丈夫よ。パパとここの院長って知り合いだし。
実はこの病院設立にもかなり出資してるのよ」
「初めて知ったよ。だからVIPルームだった訳か。
いくらお金持ちだからって変だと思ったよ」
「そうよね。普通は政治家とかが使うのよね。
でも、院長先生は仮病の人間に使わせるよりよっぽどマシだって言ってた」
「まぁ、そりゃそうだ」
二人は声を合わせて笑った。
外門を抜けて道路に出る。
「さて、どっちへいけばいいのかな。お姫様」
「いつもは土手の方だから反対側」
「車道が多くて危ないんだけどな」
「こら、ナイトがそんな気弱でどうするの」
「へぇへぇ。お姫様の仰せのままに」
はじめて行く道、初めての光景。
美月の表情が目新しい風景に笑顔を絶やさない。
すぐ真横を近くの学校の運動部と思われる一群が掛け声と共に走り抜けていく。
その後ろ姿をまぶしそうに美月は目を細めた。
もう美月には望めないもの。
それでも現実から目をそらさない彼女を修平は強いなと心から思った。
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