二人を結ぶ赤い有刺鉄線 第二章 Release−第09話






 美月が事故にあってから修平にとって週末から週末までの時間が永く感じられた。
 だが、今週だけはまるで昨日の今日のように感じれた。

『修平君を繋ぎとめる絆』

 そう言った時の美月の目、あれは依存の目だった。
 修平という存在の為に自分が存在する。
 それはたぶん、両足を失うという途方も無い不運から自分を保つ為の美月なりの自己防衛だったのだろう。
 だけど、あの言葉を聴いた時、修平には見えた気がした。
 いつか夢に見た有刺鉄線、その一端が美月に結ばれているのを。
 頼られるのは良い。それで自分が傷つくだけならばいくらでも耐える。
 だが、あの目はもっと奥深い業に思えた。
 そして、それは美月の為とあらゆるものを投げ捨て美月に尽くした修平がもたらした結果だ。
 美月はただ、修平の”献身”に応えただけに過ぎないのだ。
 だが、どうすれば良かった。あの時に正解なんてあったのか?
 両足を失った美月に、いまさら亜矢が好きだから別れようなんて言えたか?
 人目を憚らず土下座をした美月の父親に、出来ませんなんて言えたか?

 言える訳がないだろう? だって、俺は凡人だ。
 結果論なんていくらでも言える。
 自分の行為が引き起こす結果を予期できるほど人生を悟ってなんていない。

 ふいに達郎の言った事が頭をよぎった。
 父親の目とそっくりだ、と。
 美月は? 美月は気付いていないのか?
 それとも本当は気付いていて、それでも修平を慮って気付かないフリをしていのか?

「おい」

 急に肩を叩かれて、バネ仕掛けのように身体が跳ね上がった。

「ちょ、お前、リアクション派手すぎやろ」

 健二だった。
 ここは教室、今は授業の合間の休憩時間だ。

「悪い、考え事してた。何か用か?」
「用って程でもないんやけどな。それよりお前、顔色悪いぞ」
「最近、夢見が悪くて良く眠れてないだけだよ」
「毎週、北大路のところ行ってるんやってな。だけど、根詰めすぎんなよ。
 逆に北大路の重荷になったらどないすんねん」
「……ああ、そうだな」
「暗いぞ、お前……」
「だから、夢見が悪いせいだって」
「ふーん、どうしたもんかなぁ」

 健二はがりがりとぼさぼさ頭をかく。
 何か言いたい事があるようだが、修平の様子に迷っているようだ。

「なんだよ。言いたい事があるなら言えよ。中途半端な態度をとられるとかえって困る」
「まぁ、たいした事じゃないんやけどな。お前、最近おチビちゃんと会ってるか?」
「亜矢の事か? いや、美月の件があってから滅多に会わなくなったけど、それが?」
「……んー」

 健二は暫く考え込んだ。

「やっぱり、やめとくわ。忘れてくれ」
「おいおい」
「お前が言うたやろ、中途半端はあかんて。
 いい加減な事言うてさらに辛気臭い顔されたらかなわんわ。もうちょい、はっきりしてから改めて言う事にするわ」

 ひらひらと手を振って教室を出て行った。
 どうでもいいが予鈴がなるぞ、と心の中で言ったがどうせエスケープするつもりなのだろう。
 だが、亜矢?
 健二と亜矢。正直接点が見付からない。なぜ、健二が亜矢の事に言及する?
 そして、すぐに思いなおした。
 健二が言っていたではないか、はっきりしてから言うと。
 今は美月の事だけ考えよう。






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